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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第二話 シンデレラになれない少女
10/116

01





 移動した先は東北だった。


 同じく駅舎の地下にターミナルはあった。そこから二人して出た所に案の定、人がいた。咄嗟にMP5を取り出し、引き金を引こうと思ったが、それより先にWIZARDが手榴弾をバラまいた。結果、僕から相変わらず何とも言えない気の抜けるファンファーレが鳴った。


「私の勝ち」


「不愉快極まりないが、ここは素直に感謝しておくよ」


「ふふん!私がいて良かったでしょう?」


 一体全体何十の手榴弾をばらまいたのか。ターミナルの扉が空いた瞬間は真新しかった壁も地面も手榴弾が生み出した爆発でえぐり取られていた。そして、それを彩るようにそこかしこに血と肉片が散らばっていた。壁に耳あり、そんな馬鹿な事を思い浮かべてしまうぐらいに凄惨、と言って良い光景が生み出されていた。


「さ、行きましょう」


「ちょっと待ってくれ」


 言って、爆心地へと向かう。残念ながらサブマシンガンや拳銃、刀や槍といった武器は軒並み壊れていたが、弾丸は無事のようだった。周囲に散らばったそれを適当に掻き集める。もっとも、その全てが無事だったわけではなく、結局、集めた所で大した数ではなかった。


「シズに二つ名がついたらきっとスカベンジャーよね」


 そんな僕の行動を呆れたように見ていたWIZARDの言葉に納得した。


 確かに、と。


「限りある資源の活用だ」


「戯言よね」


「NEROにも言われたな、それ」


「あのガキと一緒にしないでよっ!?」


 仮想ストレージの中へと弾丸を移動させる。仮想ストレージ内のアイコンに示された数字が20程増え、ついで新しいアイコンが産まれた。


 『.357マグナム』、2発。


「WIZARD、君の事が更に嫌いになった」


「ちょっと、なんでよっ!?何にもしてないのに好感度が下がるとかどんな糞ゲーなのよっ!」


 人の事を糞ゲー呼ばわりする相手の問いに答える義理もなく再度、357マグナムのアイコンを見つめる。これがあるという事はコルトパイソンやデザートイーグルなどがある事の証明でもある。より正確に言うならば、この場に居た者がそれを持っていたという事でもあった。


「なによ、酷いわね。無視してくれちゃって!」


「これを使える銃の設計図を探したいところだ……」


「これまた無視したわねっ!?でも、了解よ!探しましょうっ!一緒に冒険しましょう!」


「どこにあるか分かって……いるわけないか」


「当然でしょう。分かっていたらそれこそ糞ゲーよ。面白くないじゃない。さ、行きましょう」


 レベル上げついでに武器の設計図やその素材を探す、なんともゲームらしい。それが少し楽しいと思った。


 だから、気付かなかった。この世界では無意味な存在であるソレをこんなにも早く成し遂げているとは思いもよらなかった。


 ターミナルを『占拠』していた彼らが『集団』であった事に。


 ギルドが結成されているとは、思いもよらなかった。






―――






 駅舎から地上へと上がれば、そこは開けた空間だった。


 崩れ落ちた陸橋が交差していたそこは、元々はバスターミナルだったのだろう。現実のココはテレビで見るぐらいで来た事はない。元の風景を想像しようとしても無理だった。


 そんな瓦礫に塗れたバスターミナルを揃って歩く。僕よりも少し背の低いWIZARD。女性としては多少高いといったところか。確か、妹もこれぐらいの背だったように思う。見目でいえば、コレの方が良いが、格好よさは妹の方に軍配があがる。


 そんな戯言を浮かべながらバスターミナルを抜けて、地面に落下している標識を頼りに南下を始めようとした所だった。


 耳に音が響いた。


 或いは、それを人の気配と呼ぶのだろうか。WIZARDも気付いたようで、視線を動かし、周囲を見渡していた。だが、何もいない。何もいないが、確かに僕達が見られているような、そんな感覚があった。


「鬱陶しいわね」


 ぼそり、と呟くWIZARDに無言で頷く。手にMP5を装備し、リロードと小さく呟く。


 戦闘の準備をしながら、ざり、ざりと態とらしく音を立てながら割れたアスファルトの上を歩く。


 路肩には壊れた車、倒れた標識、折れた電柱。崩れ落ちたビル、そんなものを避けながら歩いて居れば、漸く姿を現した。


 武装した男が二人。


 ハンドガンと槍。そんな和洋折衷な装備に自然、苦笑する。似合っていない。


「そこのカップル。観光かい?」


 向かって右側に立つ肩に槍を掛けた軽薄そうな成人男性がWIZARDの胸元に目を向けながら声を掛けて来る。そして、もう一人がハンドガンをちらつかせながら僕達の動きをけん制していた。動かば撃つ、と。


「なぁ、ターミナルから出て来たよな?あそこにいた奴ら、どうしたんだ?」


 答えの分かっている質問ほど無意味な事はない。だから、それは確認ではなく、宣言でしかなかった。お前らあいつらを殺したな、と。


「やっぱりそうか。……じゃ、大人しく、お前達は我らの審判を受けるんだ」


「我ら?」


 確かに気配とやらは彼ら以外にも感じる。この二人はあくまで交渉役というか説明役でしかないのだろう。しかし、ということは、である。


「ギルドか……まさか、こんな世界で、ね」


「その通りだ。我らがギルドLAST JUDGEMENTは、この腐った世界に産まれた唯一にして最後の正義。この世界に秩序を。すなわち―――殺人を犯した者には審判を」


 危うく噴き出しそうになったのは僕だけではない。WIZARDもまた肩を震わせて今にも噴き出しそうにしていた。一見軽薄そうな輩の口からそんな宗教家染みた言葉が出るから尚更だった。ロールプレイにしても酷い台詞だった。まして、この世界に秩序などと何の意味があるというのだ。偽善云々という次元の問題ではない。それはすなわち、この世界でずっと過ごすという事に他ならない。いつか誰かが助けてくれると、そんな夢物語を信じているのだろうか。そんなもの、ただの諦めでしかない。


「10人。この場にいる者の数だ。それを押しのけて逃げられると思うのなら、逆らってみると良い」


 その言葉と共に、残り10人が姿を現した。子供もいれば大人もいる。男もいれば女もいる。拳銃やサブマシガン、刀、剣、斧などなど色んな武器を手にしていた。当然、防具もそれぞれ違った。薄手の服や防弾チョッキ、その他諸々。そんな人間達に共通するのは僕達から視線を逸らさないという事ぐらいのものだ。


 さて。問題である。


 プレイヤーキャラを大して殺してないであろうプレイヤー達と、僕のレベル差はいかほどだろうか。集団で悪魔を狩ってレべリングを繰り返しているであろう彼らと僕のレベル差はどれぐらいだろうか。


「勝てると思うほど無謀なら、戦ってみるか?そこの少年。それと、そこの薄汚れた灰色の髪をした……は、灰色!?…ま、まさか……は、灰被りの魔女っ!?」


 WIZARDに加えて、そんな風に呼ばれているのかこの爆弾魔。言われた彼女を見れば、灰色と称された髪に隠れて、その表情は見えなかった。


 どうでも良い事だが、どちらかといえば、僕はやはり灰色より銀色だと思う。陽光に照らされ、輝くように、透き通るように白い銀色は、改めて見ても綺麗な色だった。


 一瞬の沈黙。


 そして一瞬後、地獄の奥底から発せられたかのような気味が悪い、吐き気を催すような低い、低い声が現世に響き渡った。


「灰被り?もしかして、私の事?この私をそう呼んだ?」


 顔を伏せ、更に銀髪によって表情を隠し、そう言った次の瞬間、


「あはっ!あはははははっ!」


 WIZARDが顔をあげ、肩を震わせたまま笑った。


 そんな彼女を見るのは初日のアレ以来のように思う。自らの作り出した大量の死人の上で舞う様に歩いていたあの時の彼女のようだった。


 キルカウントランキング1位。


 それが放つ笑い声に、目の前に居る存在がWIZARDその人だと理解した男達の行動は早かった。引き攣ったような表情が浮かんだかと思えば、腰砕けながら逃げて行こうとして、もつれ、倒れた。他に居た10名は会話が聞こえなかったのだろうか。慌てている2人の行動の意味が理解できず、一瞬呆とした後、ハンドガンを構えていた男が腕の振りで逃げろと指示した事を契機に、走り去ろうとしていた。


 そう、去ろうとして『いた』。


「―――逃がすわけないじゃない」


 笑っていた。


 嗤っていた。


 憎悪と共に、わらっていた。


 WIZARDがくるりと身を翻せば、ローブの内側からひゅん、と小さな風切り音が四方へと。そして次の瞬間、ぼん、と小さな音を立てて軽薄そうな男の頭が四散した。ハンドガンを持っていた男の腕が落ちた。今まさに逃げようとしていた他の者達の四肢が、腹が、背が、頭が彼女の生成した小型爆弾によって弾けた。


「ぁ……くっ」


 苦悶の声がそこかしこから沸いてくる。痛い、痛いという言葉が耳に触る。甲高い声、低い声、十人十色な声音が耳朶に響く。不愉快な音だった。だが、それもすぐに鳴りを潜める。


 当然だ。


 WIZARDがそれで止まるわけもない。


 彼女の表情を見れば、明らかに『怒っていた』。


 いつも鬱陶しいとはいえ、そんな表情は初めてだった。彼女の触れられたくない琴線、それに彼らは触れたのだろう。『灰被り』というその言葉が。それが彼女にとって何の意味があるのかは理解できない。Ashという、まんま『灰』を意味する名を付けているくせに、何を怒る事があるというのだろうか。


 などと考えていた所為では、ない。この場に居るのが12人だと言われて素直にそれを信じたわけでは決してない。


 だが、油断大敵、いや、意識外からの攻撃に対処できるような人間などいるわけがない。


 どすん、という衝撃が足に響く。響いたと同時に、体が背中から地面に倒れた。ばたん、という鈍い音と共に痛みが全身を這う。


「シズぅ?何かあったの?……って。足どこやったのよ?」


「っ……彼岸」


「あの世じゃない。まったく……ちょっと待っててね。片したらちゃんと回復してあげるから、それまで生きているのよ?」


 そんな優しい御言葉に、手を振ってそれを断る。流石にそこまでの面倒をWIZARDに掛ける気はない。


「僕は君を殺すまでは死ぬわけにもいかんしね。それと……約束が果たせない」


「シズぅ?前者は嬉しいけど、後者のそれは浮気って言うのよ?」


 言い様、WIZARDが殺し損ねた者達の方へとローブを翻しながら駆ける。そして、それを追う様に僕を襲ったのと同じ―――超長距離から弾丸が飛来し、彼女の頭にぶつかり、


「あいたぁ!?」


 と彼女が鳴いた。


 もっとも、鳴いた程度であり、彼女にダメージは通っていない。


 狙撃用ライフルの攻撃だった。


 僕の右足を吹き飛ばした弾丸は地面にめり込み、その姿形から弾丸やライフルの種類は伺えないが、恐らく狙撃主は1500m程度離れた場所から攻撃しているのは間違いなかった。


 あまりにも優位過ぎる攻撃方法だった。


 認識外、視覚外からの攻撃。それの優位性など考えるまでもない。間違いなくデメリットはあるのだろう。タイムラグが大きい事や照準性能、或いは例えば、作るのに相当コストが掛るとか、弾丸が手に入り辛いとか。


 身を翻し、瓦礫の下へと身を寄せてそんな事を考える。考えながら、回復用に仮想ストレージから肉を取り出し、咀嚼する。


 見事に吹き飛んだ右膝以下。HPバーが3割程減っていた。部位によるダメージ表現の違いを思えば、頭に喰らっていた方がまだ傷口は小さかったのかもしれない。勿論、見た目だけだが。頭に100ダメージを受けた時と足に100ダメージを受けた時ではHPの減り具合は同じだが、怪我の程度は違う。頭が全損する場合をHP0とすれば、後は最大HPに対して相応の怪我になるぐらいだろう。


 そんな風に僕が回復に勤しんでいる間にもWIZARDが残りの人間を殺して行く。その光景を己が目で見ている狙撃主は何とも最低な気分に違いない。どれだけ攻撃しても死ぬ事のない存在に仲間達が殺されて行くのを見ている事しかできないのだから。


「しかし……」


 この状況、なんともヒモな気分である。嫌いな殺し方をする相手のヒモとはなんだかとっても気分が悪いものである。まぁ、そんな事でどうにかなる程プライドが高くはないのだけれど。


 とはいえ、それだけでは流石に、とCz75を取り出し、全方向無警戒なWIZARDの背から迫る少年の頭に狙いを向け、引き金を引く。


 どすん、という音と共に射出された弾丸が、少年の頭を削り、そこから噴出した血が、WIZARDの銀色の髪を赤く染めた。


「あら。ありがと、シズぅ」


 振り返り、にこやかに嗤う彼女の姿は……とても綺麗だと、そう思った。


 そんな彼女の死体はもっと綺麗に違いない。どんな手を使っても見てみたいと願うほどに。神々しい程に……綺麗に違いない。それを成すための力は今の僕にはない。それを成すための技量は僕にはない。レベルが同じだとしてもそれを成せるようには思えない。あるいはSCYTHEならばレベルさえ足りればWIZARDを美しく切り殺せるだろうか。


「それはとっても良い考えだ。けれど……」


 出来うるならば、それは自分で成し遂げたいと、そう思った。


 それもまた、執着なのだろう。


 殺す所を見たい彼女(SCYTHE)と、死んでいる所を見たい彼女(WIZARD)。


「なるほど、浮気かもしれない」


 そんな事を口にしている間に、WIZARDによる大量殺人は終わった。






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