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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第一話 少女の見た世界
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プロローグ




 轟音。


 一発の銃声が辺りに鳴り響く。


 雷鳴の如きそれを作り出したのは僕の右手が掴むクロムモリブデン鋼の塊。鈍色に輝くその銃身から漂う硝煙の匂いに自然と鼻が鳴る。とても良い匂いだった。だが、ちらりと弾丸の向かった先に目を向ければ、今度は自然と嘆息する。


 本来であれば、この武骨な存在が射出する鉛の塊は肉を抉り、血を流し、魂を喪失させる。人間だったものを魂の抜けた器へと、穴の空いた肉の塊へと変える。その姿を想像すれば昂ぶりすら感じる。他者を殺す事に快感を覚えるような性癖は持ち合わせていないが、けれど、その結果にはとても興味を持っていた。特に、今、弾丸を撃ち込んだ相手のソレは。


「シズぅ?そんな豆鉄砲みたいな鈍ら銃で私が死ぬわけないでしょう?」


 掛けられた声は撃った先から。


 傷一つ無い女がそこに居た。


 確かめるまでもない事だった。分かりきっていた事だった。しかし、その想いに反し、視線は右手に掴む拳銃へと。


 Cz75ショートレイル。


 旧チェコスロバキア製の世界最高のコンバットオートと称されるオートマチック。一般に拳銃が流通していないこの国とて、拳銃マニアならば誰もが一度は触りたいと願う拳銃。ダブルカラムマガジンでありながらも握りやすく設計されたグリップは、しかし、僕の華奢な腕には相応しいとはとても言えない代物だった。その事が少し残念でもあった。


 このCz75に大型拳銃のようなマンストッピングパワーはない。


 しかし、だからといって至近距離から顔面を撃たれて死なない人間はいない。だが、事実、至近距離から顔面を撃ち抜かれても、この女は死んでいない。死体を僕の前に晒してはくれない。


 腰に手を宛て、私怒っていますとばかりの態度を取ってはいるものの、その表情を見ればふふんと自慢げに笑っていた。肉を抉り、人を殺す弾丸を受けて尚、この女は笑っていた。


 悪魔や化物の類というわけではない。灰色―――いや、銀髪の長い髪を持ち、白いローブを肩に掛けた姿だけを見れば魔女のようにさえ思える容姿ではあったが、彼女は間違いなく人間だった。世間一般でいえば、美麗な、と言っても良いだろう。誰が見ても、と加えても差し支えない。


 初雪の如き白い肌、肩まで伸びた銀髪、まさに宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳、すらりと伸びた鼻、僅かに笑みを浮かべた薄い唇、得意げに歪められた柳のような眉。どの部位を見ても美麗だと感じるものだった。そして、セーラー服に似たタイトな服からは、その大きめの乳房を強調するかのように服の胸元が開かれ、乳房で出来た谷間が覗く。腰から尻に至る体のラインを強調するよう履かれたタイトスカート。白い足を覆うのは黒いタイツと同色のハイヒール。腰に手をあてた所為で雑然と歪んだ適当に羽織っている白いローブ。そんな姿が尚更に彼女の見目を助長させる。


 その姿は酷く官能的で、彼女自身それを分かっているのか、胸の谷間を見せつけるように僕を上目遣いで見つめていた。


 そんな彼女の額にCz75の銃口を当て、再度引き金を引き絞る。


 マガジンが空になるまで何度も、何度も。いつしか硝煙の香りが辺りを埋め尽す。その香りに再び鼻がなる。やはり、良い香りだと思う。


 けれど、そんな香りを充満させた所で案の定、女には傷一つ付くことはなかった。彼女のにこやかな表情が崩れる事はなかった。


「シズぅ、こそがしいわよ。私を殺したかったらもっとレベルあげなさい」


 それがこの世界(VRMMORPG)のルールだった。


 体感型ネットワークゲーム、いまや巷を探せばどこにでもある様なそんな代物。物珍しくもないゲーム、その一つがこの世界だった。


 悪魔によって荒廃した日本列島を舞台にしたVRMMO。荒廃していなければ現実と一切遜色がなく見えるその造詣は見事ともいえる。


 曇天模様の空は遠く、見渡す限りが廃墟だった。崩れ落ちたビル、倒壊した大手スーパー、家屋も、学校も、公園も、港も、神社も。ありとあらゆるものが壊れていた。敷設されたアスファルトもひび割れ、歩くのにも一苦労だ。何も壊れているのは人工物だけではない。崩れた山は民家を押し潰し、川は破堤し付近の土地を水の下へと誘う。湖には悪魔が跋扈し、そこに住んでいた生物は軒並み死滅している。海も同じだった。穢れ赤茶に染まった海は奇怪な魚達の住処となっていた。


 それがこの世界だった。


 もっともそんな設定の世界もまた、過去を遡ればどこにでもあるような代物でしかない。


 このゲームが他と一つ違う事があるとすれば、この世界で死ねば、現実世界でも死ぬと言う事である。いや、これもまた巷の小説や何かを探せばどこにでもあるような代物か。ありふれた、と言っても良いだろう。古くは1980年代後半に出版された小説からそんなネタというのはある。現実と非現実の境を見失った青年がなんとやら、という話だ。まぁ、あれをデスゲームと呼ぶかどうかは微妙な所だが……。


 そのデスゲームとも違う事があるとすれば、


「それじゃ、最後の一人にはなれないわよ?」


 サバイバルだという事。


 生還出来る者はただ一人。


 赤の他人、親しき友人、愛すべき恋人、大切な家族、その全てが殺害対象。


 生きて現実に帰りたければ……死にたくなければ、殺さなければならない。


 故に、僕が現実世界に帰るためにはこの女もまた、殺さなければならない対象である。もっとも……


「リロード」


 ため息交じりに僕の口から一つの単語が生み出され、次の瞬間、Cz75の弾倉マガジン内に9mmパラベラム弾が生成される。


 この世界から与えられた僕の唯一の技能スキル


 リロードというかけ声一つで弾丸がマガジン内に補充される便利な技能。そして恐らくユニークスキル。


 今のところ5.7mm小口径高速弾と9mmパラベラム弾しか試していないが、銃を選ばず、例えば装弾数が多いマシンガンなどでも利用可能である。勿論メリットだけではない。作ったとしてもコンビニエンスストアでNPCから購入できる弾丸や悪魔を殺してドロップした弾丸より程度の低い弾丸でしかない。そういう意味では、この技能の最大の利点は、精神力(SP)の続く限り、弾切れがない事。例え攻撃力が低くとも戦闘が継続できる、それはこの世界で生きるには非常に大事な要素だ。


 とはいえ、である。


「だ・か・らぁ?」


「いや、もう止めるよ。どの道、今の僕にはWIZARDを殺す事が出来るとは思っていない」


 Cz75を腰の後ろにあるホルダーに差しながら、再度のため息と共にそんな言葉を紡ぐ。


 高レベルプレイヤーを殺すことは難しい。それはきっとどのネットゲームでも同じだ。高レベルプレイヤーのちょっとした攻撃であっても低レベルプレイヤーには厳しいものである。そしてその逆はスズメの涙程のダメージすら通らない。故に僕がどれだけリロード出来た所で彼女を殺し尽す事はできない。


 まして、この通称WIZARDと呼ばれる女は、先日聞いた限りでは僕と30レベル程違うという話だ。顔面に何発も弾丸を受けてもかすり傷一つ受けていない事を思えば、彼女のHPは僕の想像を絶するものだろう。ちらりと視界に映る自分のステータス画面に目を向け、再三のため息と共に彼女に視線を向ける。


 漸く僕がまともに目を合わせた事で、WIZARDは腰から手を離し、次の瞬間、いつの間にか手に持っていた手榴弾でジャグリングをし始めた。


「理解が遅くてついつい殺しちゃうところだったわよ?良かったわね。それとね、シズぅ。そこは可愛らしくウィズがいいわよ?」


 そう言ってくすりと厭らしく笑みを浮かべるこの女もまた、ユニークスキルの持ち主だった。僕と同じ類のスキル。程度の低い爆弾を生成する能力。爆弾とひとくくりに言っても種類は多い。作る事が出来る種類はスキルレベルによって違うとかそんな事を先日聞いた。現在はダイナマイトの粗悪品を作れる程度だと言っていた。それが本当かどうかは何とも言えないが……。


 そんな粗悪品の爆弾によって何人が、彼女の経験値へと成り下がった事だろう。


 そのことが癪に障る。


 人を殺した事に、ではない。その殺し方について、だ。


「爆弾で人体を吹き飛ばして悦に入っているような人間と慣れ合うつもりもないし、そもそもこの世界でそんな事に意味はないはずだが?」


 どうせ、皆、殺さなければいけないのだから。


「その方が殺した時に楽しくない?慣れ合って隠れている集団を爆殺する時程楽しい事はないわよ?」


「前半は同意できなくもないけれど、後半は見解の相違だ。君の殺し方、僕は嫌いだ」


「知ってる、知ってる。大嫌いなのよね?私の事を殺したくなるぐらいに嫌いなのよね、この変態」


 瞬間、Cz75を腰から取り出し、口を開けておどけるように笑う彼女の、その口の中に銃口を突っ込み、トリガーを引き絞る。再び雷鳴の如き轟音が数度。が、それも結局意味はない。けほ、けほとWIZARDが態とらしく咳をしながら口の中から硝煙と弾丸を吐き出すだけだった。


「女の子の口の中を弾丸と硝煙塗れにするってどれだけ変態なのよ。……でも、だからこそよね。私、貴方の事好きよ?特に貴方の眼が好きなのよ。濁りきった上に腐った魚みたいで……それとも蟲とか無機物みたいとか言われた方が嬉しい?その瞳に何が映っているのか私とっても気になるわ。あと、そ・れ・と、爆破されて肉片となった大量の死体を見ても顔色一切変えなかった死体大好きな狂人という所がまた、たまらないのよ。高ぶるわ。滾るわ。御蔭で貴方に逢うたびに私―――濡れちゃうわ」


 舌舐めずり。喋りながら、語りながらWIZARDの頬が紅潮していく。白く細長い指先、傷一つ無い両手で己の頬を押さえ、身悶えする姿は容姿も相まって酷く扇情的だった。


「君は僕が殺すよ、WIZARD。それまで死なないように」


 あんな不愉快な殺し方をする殺人者は、絶対に僕の手で殺したい。いいや、寧ろ、この類まれな容姿の持ち主が死体となった時、どうなるのか。それを見てみたい。


「えぇ、その瞬間、楽しみに待っているわ」


 ひらひらと手を振りながら、WIZARDが去って行った。


 暫くして、戻って来た。


 何とも、しまらなかった。


 彼女自身どこかバツが悪そうにしていた。照れているといえば合っているだろうか。


「なんで話が終わっているのよ。違うわよ。用があって来たのよ、私。せっかく背中におっぱい当ててだ~れだって可愛くやってあげたのに、その返答が弾丸とか酷いわよね。殺されても文句言えないわよ?」


「何か?」


「ほんと、全く意に介さないんだから。真っ向から無視してくれるなんてね。この人でなし。大好き。……でね、シズぅ?何で例の子を殺さなかったの?」


 例の子、と言われて脳裏に浮かんだのは大きな鎌を手にした眼帯少女―――SCYTHEと呼ばれる彼女の事だった。まったく耳の早い事だ。いや、そもそも、あの場に誰かがいた気配はなかったのだけれど、誰からその事を聞いたのだろう。そういう情報はこの世界では千金だ。そいつは僕に気付かれずに僕を殺す事が出来るという事なのだから。寧ろ殺されなかった理由が知りたいところだ。


 対価としてWIZARDからその情報を得るのも良い。そんな打算的な関係。それは悪くないと、そう思った。


「殺し方が綺麗だったからね。今、殺すのは勿体ない。いずれ彼女も殺されるだろうけれど、その時殺すのは僕だよ」


「浮気という奴ね。感心しないわよ、シズぅ?」


「そんなものじゃない。これはただの執着さ」


「それが浮気っていうのよ?」


 などと鬱陶しい事を言うWIZARDから視線を逸らしながら、僕は彼女の事を思い出していた。






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