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第二章 第四話

「……いざ」


「……尋常に」


 二人が挨拶を交わすかのように、そう呟いた、その直後。


「~~~っ!」

 

 ライの太刀が揺らいだと思った瞬間……その騎士の長剣とライの太刀が交差していた。

 魔術師である俺の眼には、何が起こったのかさっぱり分からない。

 俺の眼で理解できたのは……ただその一瞬の結果だけだった。

 長剣と太刀を交差させた二人は、次の瞬間には距離を取ったかと思うと、今度は先ほどより半歩だけ離れたところで立ち止まっていた、という結果のみ。

 ……いや、立ち止まった訳ではない、らしい。

 二人はそうして足を止めつつも、お互いの隙を狙うべく剣を交え合っているのだろう。

 両者が剣をぶつけ合っている証のように……二人の間に火花が散る。

 そして、周囲に広がるのは、石畳を叩く鈍い音。

 金属と金属が軋みあうような鈍い音。

 甲高い金属音。

 息遣い。

 空を斬る音。

 ……幾つもの音が路地裏中に響き渡る。


(……早すぎて、入りこめない)


 その戦いを目の前で見ていた俺は、本当に見るだけしか出来なかった。


 ──正直、何がどうなっているのかすら分からない。


 ただ、薄暗い路地裏に火花が光るのが見えるだけだ。

 噂に聞いていた剣戟の音というのは、実は甲高く響くような音ではないらしい。

 打ち合う度に響いてくるのは、もっと鈍い感じの音だった。

 ライの技量か、黒騎士の技量かまでは分からないが、武器にダメージを残さないように、衝撃を受け流しているのだろう。

 ……この、俺の目にも留まらないほどの高速で撃ち合っている実戦の最中に。

 すると、もう一つの甲高い金属音は……ライの太刀が黒騎士の装甲を削る音だろうか。

 徐々に高速での斬り合いに目が慣れてきた俺は、戦況が分かり始めた。

 俺の見る限り、剣速・体捌きではライに軍配が上がっている。

 狭い路地裏ということも、長剣を持つ黒騎士にとって不利に働いているのだろう。

 ……だが、黒騎士はその鎧をもって太刀を受け流すことで、限られている己の手数全てを攻撃へと回しているようだ。


 ──戦況は五分五分。


 いや、現状では手数が多い分、僅かにライが優勢だろう。

 ……だけど。

 剣術に詳しくない俺の目から見ても、激しく動き回っているライの体力が先に無くなるだろうことだけは予測がついた。


「殺鬼流・四。【四つ鳩(よつばと)っ】!」


「くっ。更に出来るようになったか!」


「お前もなっ!」


 殺しあいながらも、笑い合う両者。


(手を出すのは……無理か)


 幾ら目が慣れてきたとしても、目の前の戦いは人間の限界とも言える速度で繰り広げられている。

 ……俺が手を出せるような状況ではない。

 このまま続ければ、ライが不利になると分かり切っていたとしても!


(ちぃっ。魔術経路が治りきっていればっ!)


 見守るだけしか出来ない俺は、そう歯噛みする。

 ……だが、それが言い訳でしかないことは、自分がよく理解していた。

 魔術とは効果範囲を魔術式により固定し、放つものだ。

 相手の動きが見えない状況で使えるものではない。

 ましてや、仲間であるライと目まぐるしく立ち位置が入れ替わり続けるこの状況で、ライを巻き込まずに魔術が使えるはずも無い。


(って、俺は何を考えている?)


 俺は、自分自身が魔術の限界を認めるような思考をしていることに驚いていた。

 ……事実、俺は今までの人生を魔術の万能さを追求するために歩んできたのだ。

 その人生全てが瓦解するような感覚を感じながらも、俺は目の前の壮絶な戦いから目を離せない。

 ……何も打つ手がないと言うのに。


「ぐっ!」


「そろそろ、限界か?

 ライ=イカズチノミヤ!」


「まだまだっ!」


 だが、俺が歯噛みしている間にも戦いは続いて行く。

 どうやら徐々にライが押されてきたらしい。

 路地裏に響く音に、ライの激しい呼気が混ざってきた。


(おかしい。

 ……何故、治安維持部隊が襲ってこない?)


 戦いからは目を離せないまま、自分の限界を認めた俺の思考は、助けを求めるようにそんな疑問を導き出していた。

 幾らゴーレムナイツを簡単に撃破したとは言え、相手は犯罪者から市民を守る治安維持部隊なのだ。

 彼らにも譲れない矜持があり、犯罪者を見逃す訳にもいかないハズなのに。


(まさかまた、知らず知らずの内に結果内に引っ張り込まれた、のか?)


 昨日の豚悪魔との戦闘時に街の人と一切遭わなくなったのを思い出す俺。

 そこまで考えた時だった。


「くっ。結局、この技しかない!」


「くっくっく。相互の技量が互角ならば、やはりそうなるよな」


 要らぬことを考えていた間に、戦いは既に最終局面を迎えていた。

 ライは太刀を左肩の前で直立させたまま、そこから真下に振り下ろす一撃に全てを賭ける攻撃型の構え。

 対する黒騎士は長剣を担ぎ、身体を捻る。

 恐らくあの姿勢は最大速・全膂力をもって長剣を袈裟斬りに振り下ろす、渾身の技。

 対峙する二人の間に漂う空気は、今まで以上に重苦しい。


 ──遠くから見ている俺ですら、この場から逃げ出したいような感覚に陥ってしまうほどに。


「あたしのこの一撃で全てを終わらせてやるさ」


「ふん。やれるつもりか、ライ=イカズチノミヤ?」


「ああ。今度こそやってみせるさ」


 二人の会話が変なのは、恐らく何度もやりあっているからだろう。

 ライが不老不死である以上、決着なんてつかないのだから。

 

(ん?)


 その時に覚えた違和感。


(確か、昨日の戦いでは、ライの怪我はそのまま残っていなかったか?)


「た、タイム! タイム!」


「「は?」」


 そう思い当たった俺は慌てて叫びながら、仲裁に入る。

 ライも黒騎士もその闖入は予想外だったようで、さっきまで漂っていた突き刺さるような空気は微塵も感じられない。


「何だ、無粋な魔術師よな」


「おいおい。ディンよ~。

 剣士同士の一騎討ちに割り込んでくるなよ」


 ……何か、非常に空気が読めない人扱いされたし。

 こんな人間を超越したサムライと、頭部が独立している不思議クリーチャーに。

 だが今はそれどころじゃない。


「最後になるかもしれないんだ、別れの言葉を交わすくらい構わないだろう?」


「おい、ディン!

 お前は何をっ!」


「む。確かに。

 それも騎士の情けか」


 俺の言葉にライは柳眉を立てて怒鳴ってきたが、意外に黒騎士は話が分かるらしく、長剣を立て掛けたまま、少しだけ離れて行ってくれた。

 ……どうやら好きにしろとのことらしい。


「……お前、何を考えているんだ?」


「聞きたいことがあってな」


 ライの剣幕はかなりのものだったが、知的好奇心に突き動かされていた俺は、そんなことに全く気が回らない。


「お前の不老不死ってどんな形で実現されているんだ?」


「あ? ああ。

 運良く死なないんだよ、毎回毎回」


 ライの答えはどうも要領を得ないものだった。

 ……俺は首を傾げる。


「……運良く?」


「ああ。邪神カンディオナの属性は【運命支配】。

 よく分からないが、何故かそういうものらしい」


「つまり、今までライは運良く死ななかっただけ?」


「ま、そうなるな。

 契約してから二十回以上死に掛けたけど、まだ運良く死んでないし」


 総合すると、ライ自身は普通の人間と変わらない。

 ……ただ、運良く死なないだけで。


「まてまてまてまて!

 なら、下手すると死ぬんじゃないのか?」


「そうかもな。

 ま、どっちでも構わないさ」


 俺の言葉を聞いたライは笑ってそう返すと、俺を押しのけて黒騎士の方へ向かおうとする。

 その顔は既に仲間に向けるものではなく、戦いに向かう表情に戻っている。


「腕が足りずに死ぬならそれまで。

 剣士ってのはそういうもんだ」


「おい! 前と言ってることが違うじゃないか!」


 俺は叫ぶが、多分ライ自身、嘘を言っているつもりはないのだろう。

 人間としてのライは死を恐れ高みを目指して生きて行く一人の人間に過ぎなくとも、サムライとしてのライは……多分、生死なんかよりも遥かに相手と切り結んで勝ちたいという衝動の方が強いだけ、なのだろう。

 ……ただ、それだけの話なのだ。


 ──俺にとっての魔術が、時々自分の生死さえも超える価値を持つように。


(~~~っ。

 だけど、そんなの容認出来るものかっ!

 コイツは唇を合わせても胸に触れても逃げ出さない、素晴らしい実験材料なのだ。

 逃がす訳ないだろ!)


 そんな言い訳を内心でしつつも、この俺に匹敵する技量を持った人間を死なせたくないというのが俺の本心だった。

 である以上……俺の取るべき行動は決まってくる。

 ライがあの黒騎士に勝利できるように補助すれば良い。


(ダメだっ!)


 防御強化、筋力強化、太刀の切れ味を強化……どの選択肢を選んでも、効果が無さそうに思える。

 障壁を張ったところで、あの黒騎士の剣はそれをあっさり貫通するだろう。

 筋力を強化したら、ライの身体バランスが崩れる可能性が高い。

 太刀を強化しても、ライ自身の剣が黒騎士に届かないと意味がない。

 第一、俺の魔術経路は万全でない。

 使い慣れた魔術なら兎も角、普段使わない魔術を構築するのには若干の不安が残るのも事実だった。


「分かったら、下がってくれ。

 あたしは……アイツと決着をつけたいんだ」


 必死に俺が悩んでいる間にも、話は終わったとばかりにライは俺を見向きもしない。


(誰のために悩んでいると思ってんだ!)


 その態度が癇に障った俺は、脳内でアドレナリンが溢れているのを感じ取り……


(……待てよ?)


 その瞬間だった。

 俺の天才的な理性を構築する脳みそが、この事態を解決させる方法を思いついたのは。

 ……そう。

 簡単なことだったのだ。


 ──俺の魔術が使えないならば、俺が魔術を使わなければ良いだけだ。


 幸いにもライはサムライ……確か彼らは魔力を刀剣に乗せて戦う技法があると聞く。

 身体能力を跳ね上げる技術なんかも持っているに違いない。


(下手に俺が手を出すよりも、あの膨大な魔力をライに委譲したならば……)


 結局、それは魔術の限界を認めた上で、彼女の剣術の方がこの場を切り抜ける力を持っていると認める行動に他ならなかったのだが。

 だが、そう認めてしまった以上、俺が選ぶべき選択肢はたった一つしかなかった。


「ライ」


「何だよ、いい加減に……」


 俺の問いかけに振り向いたライは、それ以上の言葉を発することは物理的に出来なかった。

 何しろ、発音器官が封じられていたのだから。

 ……俺の呼吸器によって。

 右腕でショートカットを発動。

 彼女の服装の襟元から右手を強引に差し込む。

 着物という形状の被服は、こういう時に非常に手軽でよろしい。


「んんん~~~!」


 ライは全く予想もしていなかったのだろう。

 抵抗らしい抵抗一つ出来ず、俺の為すがままにされている。


 ──【接合共鳴(レゾナンス・コネクト)】。


 ショートカットを少し変更させて構築する俺。

 具体的に言うと、ライの魔力を引きずり出し、俺の魔力と共鳴させるのが通常の【接合共鳴】なのだけど、今回はその生成した魔力をライの体内に注ぎ込む訳だ。


「き、貴様ら、何を?」


 黒騎士も突然俺たちが唇を重ね合わせたばかりか、俺の手がライの着物の裾を割って入っていくのを見て慌てた声を上げている。

 ……そりゃそうだ。

 さっきまで殺し合いをしていた相手が、今度は『生命と作り出す行為』の前置きをしているのだから。


「んっんっんっんっ!」


 魔力を体内に注ぎ込まれる感覚に、ライが奇妙な声を上げる。

 まぁ、これは異物が体内に入ってくるような感覚なのだから仕方ない。

 ……しかも、肉体的にではなく精神的であり、突き刺さる感覚ではなく溶け込むような感覚で。


 ──要するに気持ち良い部類に入るんだ、これが。


 俺がライの魔力を経口摂取する場合は、術式の邪魔だからそんな感覚は切ってあるが、今は状況が状況だ。

 ……そんな手間すら惜しい。


(しかし、ライとの【接合共鳴】は二度目になるが……)


 どうやら前回よりも共鳴率が良い。

 ……一度共鳴した所為か、それとも何か別の要素か。

 理論的にはあり得ないことが、こうして実践では起こるのが常というのを俺は経験則から知っていた。

 ま、だからこそ俺のような天才と言えども、理論だけでなく常に実験が必要なのだが。


「ぷはっ。

 い、い、い、いきなり、何をするんだ!」


 ようやく唇が離れた時、ライは真っ赤な顔をして怒鳴りだす。

 だが、その顔は怒っている感じではない。

 ……自分で気付いているのだろう。


 ──自分の身体中から魔力が溢れかえっているのを。


 そして、昨日の出来事とあわせ、俺の行動は彼女にその魔力を渡すためのものだったということも。


「……餞別だ、勝てよ」


「……ああ」


 俺の言葉に、左手を振りながら応えるライ。

 もう彼女はこちらを振り返りもしなかった。

 だけど、その背中は自信に満ち溢れ、足取りに迷いは見られない。

 絶対に勝利をもぎ取ってくると確信できる、彼女からはそんな風格が感じ取れた。


「ふふ。勝利の口付けというヤツか。面白い」


 律儀に待っていた黒騎士が、ライに向かって軽口を叩く。

 ……彼女の身体を覆う凄まじい魔力を知った上で、それでも尚あの騎士はそれを卑怯と言いもしていない。

 恐らくは、魔力の多寡なんて条件の一つにしか過ぎないと思っているのだろう。


「生憎、世間で拝められてる勝利の女神さまってのとは相性悪くてね」


 そんな黒騎士の認識を知った上でだろう。

 ライも負けずに軽口を返していた。

 まるで世間話でもしているかのような二人だったが、確実に二人とも戦闘態勢に入っている。


 ──空気が重い。


「この一撃は、貴様の鎧でも耐えられないだろうな」


「ふん。当たらなければどうということはないさ」


 そう言いながら構える二人。

 ライは一撃に全てを賭けるさっきの構え。

 違うのは太刀にとてつもない量の雷の魔力が込められている点だろう。

 ……太刀が蒼く帯電している。

 黒騎士は先ほどとは構えそのものが違っていた。

 手に持っていた頭を本来ある位置に乗せたかと思うと、頭上に長剣を振り上げるという、恐らくは全力の、大上段の構え。

 奇しくも、両者ともに似たような構えになっている。


「【殺鬼流魔剣(さつきりゅうまけん)(つい)墜雷(ついらい)】っっ!」


「喰らえっ!

 フルスラッシュ!」


 叫び声が上がり、両者が動く。

 動き始めてから両者が動き終えるまで、瞬き一つ分の時間すらかからなかっただろう。


 ──そして、その決着も。


「……馬鹿、な」


 その結末を見て、俺は思わずそう呟かざるを得なかった。


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