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第二章 第三話


「そ、そう言えば、ライ。

 お前は、何を、願ったんだ?」


 ……どれだけ走っただろうか?

 体力の限界を感じた俺は薄汚れた白塗りの壁に体重を預け、必死に酸素を取り込みながら、先を急ごうとする相棒の脚を止めるためにそんな質問をしてみた。

 俺の限界に気付いたのか、それとも質問に答えるためだろうか。

 ライは脚を止め、頭を少しだけ掻くと……一つ息を吐き出して俺とは反対側の壁にもたれかかる。

 あれだけ走ったというのに、彼女は息も切れていない。


(化け物か、コイツ)


 俺は内心でライの体力に舌を巻いていたのだが、彼女はそれに気付いた様子もなく、口を開こうとして……閉じる。


 ──言葉を捜しているのだろうか?


 彼女はまた唇を開き、閉じ、開いて、閉じて。

 その間、俺たちの周囲には俺の呼気と心拍音だけが空気を振動させていた。


「あたしは、最強を目指して、剣術を学んだ」


 そのまま、俺の早まった鼓動が百を数える頃、ライはようやく唇を開いた。


「だけど、あたしの故郷は未だに魔族との戦闘が頻繁に起こる過酷な土地だった。

 いつ命を落とすか分からない。

 死ねば、それまで積み上げた鍛錬は全て水泡と帰す」


「それは……そうだな」


 昨日の、豚悪魔に襲われた瞬間を思い出しながら、俺は頷く。

 ……俺の才能も頭脳も、あの時に俺が死んでいたら全てなくなっていた訳だ。

 死とはそれだけ残酷で、無情。

 それがこの世界の掟で……誰も避けようのない唯一の事実でもあった。


「あたしは、自分の限界を知りたかった。

 ……途中で死にたくなかった。

 自分が何処まで強くなれるのか知りたかった」


「不老、不死か」


「……ああ」


 俺の声に頷くライ。

 その顔は、どこか自嘲気味な笑みを浮かべている。


「あの邪神と契約する前、戦いで大怪我を負ったあたしはそう思っちまった。

 そう願ってしまったんだ」


 左の乳房の下辺りに触れながら嘲うライ。


「あの時のあたしは……死ななきゃ、いずれ剣術を極められると。

 そう……思っていたんだ」


「……いや、普通だろ?」


 彼女の言葉に、俺は普通に言葉を返す。


「え?」


「そりゃ、叶えたい願いがあって、死にそうな目にあったのなら……誰だって死にたくないって願うだろ?」


 俺の言葉がよほど不思議だったのか。

 ライは幽霊でも見たかのような表情で俺を見つめている。

 その視線が妙にくすぐったくて、俺は頬を掻きながら言葉を続けた。


「俺だって、あの豚に殺されそうになった直後なら、不老不死を願ったよ、間違いなく」


「……ってことは、あんたの願いは違う訳だ」


 俺の下手くそな励ましの言葉は、通じたのだろうか?

 少なくともそう尋ねてきたライの表情に自嘲の色はなかった。

 ……それなら、ま、少しはマシだろう。


「何? 言えないような願い?」


 ……例え今、こうして聞かれたくない質問をぶつけられることになったとしても。


「俺は……その、俺の魔術理論の証明を願った」


「……へ?

 たったの、それだけ?」


 言葉を捜しつつ何とか吐き出した俺の返事に、ライは首を傾げる。

 俺の願いが、この戦いの対価になるほど重要かどうか図りかねているのだろう。

 ただ一つだけ……俺の願いを「それだけ」と言われるのは納得いかなかったが。

 俺にとって、自らの才能を認めてもらうと言うのは人生の全てを賭けるに値する、今までの学生生活の全てだったのだから。

 それでも……嘘偽りな真実を語ったのだ。

 もし理解されなくても仕方ない。

 ライ相棒が自らの願いを正直に話してくれたからこそ……


 ──誠意には誠意で応える。


 俺は、それが誇り高き魔術師としての生き方だろうと信じている。

 である以上、他の選択肢など俺には存在しなかかった。

 ……例え、その返答が「藪を突いて蛇を出す行為」だと理解したとしても。


「で、その魔術理論って?」


 ──ぐっ。


 ……やっぱり聞いてきた。

 これだから、出来れば俺は自分の願いを口にしたくなかったのだが。


「それは、その、だな」


 あの魔術理論を正直に話すと、また引っぱたかれそうだと判断した俺は、何とか言葉を捜す。

 実際、理論的には問題は無いのだが、一度ああいうことをしてしまった相手が目の前では、幾ら正しい理論でも無性に説明しづらいというか。


 ──今ならば、何となく分かる。


 ……あの貴族の女が俺をいきなり引っ叩いた理由が。

 異性を意識するというのも良し悪しだった。

 昔の俺ならば堂々とその実用性と効果、そして対価の少なさを語っただろうに。


「しっ! 何か来た!」


 俺がしどろもどろしている最中に、突然ライが叫んだ。

 その声に顔を上げた俺の視界には、人間と同じくらいの大きさの、頭の無い鋼鉄の騎士が三体ほど映っていた。

 手に巨大な楯と十字の形をした槍を構えたその鋼鉄の騎士達は、俺たちの行く手を塞ぐように並んで立っている。


「~~~~っ!

 ゴーレムナイツ!」


 その姿を見た俺は、思わず叫びをあげてしまう。


「何それ?

 あいつら、強いの?」


「大陸政府が実用化した、軍で用いられる人型では最強のゴーレムだよっ!」


 物を知らないライの問いかけに苛立ち、俺は少女へと怒鳴り返す。


「魔術抵抗印を描いた金属鎧に、何とかって騎士の剣術パターンを再現させているんだ! 

 情も無く言葉も通じない不死身の騎士っ!

 あんなヤツらに、勝てる訳がない!」


 叫びながらも、俺は軍という組織を甘く見ていたのを後悔していた。

 確かに都市の内部で大規模破壊魔術を放つ軍隊や繊細な命令を受け付けない魔獣部隊を出せるハズもない。

 考えてみれば……軍には対悪魔専用のゴーレム部隊なんてのも存在していたのだ。

 である以上、それを投入してくるのは……ある意味当たり前だった。

 ゴーレム部隊の対策を取っていなかった俺が迂闊だった、というだけの話である。


「で、弱点は?」


「胸部の魔術核を砕くしかない!

 だけど、魔術抵抗の高い金属性の鎧を貫くような魔術なんて!」


 絶望的な状況から逃げるための策を考えながら、俺がそう叫んだ瞬間だった。

 俺の言葉を全く耳に入れた様子も無く、ライが一歩前に出る。

 その動きが引き金となって、三体のゴーレムナイツが彼女目がけて襲い掛かる。


「──っ!」


 俺が息を呑んだその瞬間。

 ライ目がけて突き出された十字槍は、彼女の身体を捉えることはなく、空を切る。


「【{殺鬼流さつきりゅう】・参! 【三つ橋(みつはし)っ】!」


 次の瞬間、ライの左腕が霞んだかと思うと、ダンダンダンと石畳の床が鳴る。


「……おい。

 嘘、だろ?」


 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 ゴーレムナイツたちが、突然動きを止めたかと思うと、前のめりに倒れたのだ。

 金属音と共に、連中の鎧がばらばらに転がる。

 状況証拠から考えると……核を破壊されたため、各々の鎧を繋ぎ止める魔力が失われたのだろう、けれど。

 幾らなんでも、あの一瞬で核を破壊するなんて……

 その非現実的な光景を振り払おうと、俺は首を振る。

 ……だけど。


「おいおいおいおいおい、冗談だろ?」

 

 その時、ゴーレムナイツの胸部装甲に開いた三角形の穴が、俺の目に入ってしまう。

 つまり、ライはあの一瞬で三体ものゴーレムナイツの、胸部装甲を貫いたのだ。

 ……しかも、核を確実に貫くという正確さをもって。


「神業かよ」


 その非現実的な光景に、俺は思わずそう呟いていた。

 体術に関してはド素人の俺にとって、ライの剣術はまさに神業以外の何物でもなかったのだ。


 ──いや、人間の業とは思いたくなかったのかもしれない。


 魔術の粋を結集した一つの完成品であるゴーレムナイツ。

 その最強の存在を、ライは魔術を用いずにあっさりと倒したのだから。

 俺の中では、その光景は『魔術の敗北』にも思えたのだ。

 ……勿論、仲間の勝利や自分の身の安全を喜んでいるのも事実ではあるが。


「はっ。所詮は動きに魂の篭ってない人形。

 そんなに難しいことじゃない」


 だけど、俺の葛藤を他所にライはそう答える。

 そして事も無げに彼女は笑うと、路地の奥を向いて叫ぶ。


「本当の技ってのは、生きた相手に確実に決まる技だ。

 ……なぁ、デュノア!」


「同感だ、ライ=イカズチノミヤ」


 そんな声と共に、路地の奥から頭の無い黒い鎧が音も無く現れる。

 『ソレ』の印象は、まず黒だった。

 黒い全身鎧を着た『ソレ』は黒いマントを被っている。

 その黒い籠手が握っているのは人間を軽く二つに斬り裂けそうな黒い長剣で。

 そして、何よりも『ソレ』が人間ではないと断言できるのは、その首から上がない頭部だった。

 ただ、頭がない代わりだろうか。

 ……左腕には三つの角をつけた兜がある。


(ゴーレムナイツ? 

 ……いや、違う、な)


 その黒き鎧は、さっきのゴーレムナイツと似ているようで、雰囲気が全く違う。

 殺気とも呼べる圧倒的な気配を発している『ソレ』と比べると、さっきまでの鋼鉄騎士たちをライが「動きに魂が篭ってない人形」と称した理由が良く分かる。


「デュノア=デュラハン。

 ……逢えて嬉しいぞ」


「うむ。我輩も貴公相手ならば全てを出し切れるだろう」


 二人は俺の存在を忘れたかのように……いや、二人だけしか分からない何かで通じて合っているかのように対峙し、同じように構える。


「……いざ」


「……尋常に」


 それが二人の、戦いの合図だった。


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