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第六章 第四話



「よし。

 これなら、いける!」


「ううう。

 この鬼っ、悪魔っ!

 ……もう、お嫁に行けない」


 重要サンプルの『魔術経路』及び『肉体構成』を隅から隅まで確認した結果、俺はあの邪神に勝利する術を見出すことが出来た。

 当然のことながら、『被服』などという邪魔な布切れは観察に不要だったため、何から何まで剥ぎ取った。


 ──何やら些細な抵抗を続けるマナを強引に押さえつけ、その全身を観察するのは酷く疲れたが……まぁ、その甲斐はあったというものだ。


 何故か重要サンプルがさっきから恨めしそうな声ですすり泣いているのが非常に心苦しいのだが、これも非常事態。

 ……尊い犠牲を払ったと思って諦めてもらおう。


(やはり、五重術式は必要か)


 頭の中で俺は破壊神ンディアナガルを撃破する方程式を練り上げ、必要魔力を計算する。

 尤も、今は緊急事態。

 正直なところ、かなり適当な計算式で……概算と呼ぶのも烏滸がましいほどいい加減な計算式だったが。


 ──それでも、こんな馬鹿な数字になる、か。


 俺は自分の脳裏に浮かんだ必要な魔力量にため息を吐いていた。

 その魔力量は今の俺……邪神カンディオナによって強化された俺の全魔力を用いてもとても足りそうに無い。

 ……最悪でもこの強化された魔力の大半を【接合共鳴(レゾナンス・コネクト)】を使って更に強化することが必要だろう。

 俺は【接合共鳴】を行うべく、相棒を求めて戦場に目を向ける。


「ナーナっ! また来たっ!」


「……だんだん、数が増えて、きた」


「くっ、私は食い止めるだけで精一杯ですわっ!」


 ……その間にも、戦況はかなり旗色が悪くなってきていた。

 ライは充電中、ナーナはその護衛、ミーティアはゴーレムで戦闘中という構図はかわっていないものの……

 ライは魔力の使いすぎで顔色が真っ青になり、ナーナはもはや身体中傷だらけ、ミーティアのゴーレムは再生が追いつかないほどの集中砲火を浴び、もはや崩れ落ちる寸前だ。

 そしてンディアナガルはカンディオナの結界によって受けたダメージが徐々に回復してきた所為か、動きが少しずつ良くなってきている。


(……このままじゃ、まずいな)

 

 一瞬で俺は戦況をそう理解する。


 ──そして、自分に打つ手がない、ということも。


 あの状況では【接合共鳴】のパートナーを誰か一人呼んだ時点で……このギリギリの均衡はあっさりと崩れ落ちるだろう。


 ──畜生っ!


 何か、手はないのかっ!

 俺は必死に何とかこの状況を打破する悪魔の閃きを求め、周囲を見渡す。

 ……だけど。

 そんな都合の良い話が転がっているほど、世の中は甘くない。

 そもそも……邪神の仕掛けた『偶然』の所為で、この村には人っ子一人存在していないのだから。


「うう、酷いよ、私だって女の子なのに」


 その時だった。

 不意に、足元でそんな声が聞こえてきたのは。

 ……その瞬間、思い出す。


 ──俺自身が最も得意とする魔術には『女の子』が必要だということを。


「くっくっくっく。

 やはり、『偶然』は俺の味方だな」


「ひぃっ!

 またっんんんんっ!」


 既に下着すら身につけていないマナを再度押し倒すと、俺は強引にその唇を奪う。

 同時に、胸に手をあて、【接合共鳴】を強制的に発動させる。


「ん~~~~~~~~~っ!

 んんん~~~~~~~~っっ!」


 何か声にならない叫びを上げながら、マナ=ンディアナガルが真面目に泣いているのを見て、俺はまたしても少しだけ心が痛む。


 ──が、まぁ、仲間を助けるためだ。


 ……多少の犠牲は仕方ない。

 生命維持活動と正当防衛は何よりも優先されるのが、魔術社会の法的解釈である。

 こんな緊急時に良心や社会通則なんぞに関わっている暇はない。

 そのお蔭で、【接合共鳴】は成功していた。


「……ぐっ。

 だけど、これなら!」


 マナとの【接合共鳴】によって生じた尋常ならざる魔力が、自らの身体をも滅ぼし始めた激痛に耐えながらも、俺は未だに泣き続けるマナを放置し、破壊神目がけて走り出す。

 走りながらも俺の周囲に魔術陣形成を開始する。


 ──まずは、術式を継続作動させる式。

 ──次に術式発生範囲・規模の指定式。

 ──発生した余剰魔力の吸収魔術。

 ──吸引魔力を術式に流す固定式。


 ──そして、基本となる魔力形質変異魔術っ!


 ……五重術式を一段ずつ、ゆっくりと練りながら考える。


(あとは、核に打ち込む楔になる何か!)


 周囲を見渡す俺は、ソレをすぐに見つけていた。

 

 ──先の戦いの最中に『偶然』大地に突き刺さったままの、既に亡きデュノア=デュラハンの黒き長剣。


「悪いが、借りるぞ!」


 かつての好敵手に断りつつ、俺は地に突き刺さったままの剣を引き抜くと、その剣を中心に魔術陣を重ねていく。

 速度よりも正確さを重視した俺の魔術は、いつものように素早い魔術構成は出来ないものの……何とか陣を形成し終える。


「神殺しの剣ってところだな」


 黒き長剣は、俺の魔術印が多重に輝く金色の剣に色を変えていた。

 正確には高圧縮された魔術陣の所為で、輝いているように見えるだけではあるが。

 その金色の剣を抱え、俺は戦場に復帰する。


「待たせた!」


「何やってたんだ、てめぇ!」


「遅いですわっ!」


「……疲れた」


 仲間からは怒声が返ってきた。

 勿論、待たせたのは事実であり、俺は返す言葉もない。

 いや……それ以上の謝罪の言葉など必要ないだろう。

 何しろ……待たせた成果は俺の腕の中にあるのだから。

 そのまま、邪神カンディオナの使徒三名はすぐさま破壊神ンディアナガルから離れると、俺の元へと終結する。

 破壊神ンディアナガルもある程度は疲れていたのか、俺達を追撃して来なかった。


 ──いや、恐らくは攻撃してこないのを幸いと思っているのだろう。


 何しろ、アイツにとっては回復すればするだけこの戦いが有利になるのだ。

 ……無理に追撃などせず、ただ回復を待てば良い。

 回復しきった後ならば、俺たちなんて歯牙にもかけずに葬りされるのは、 別にヤツの過信でも驕りでもなく、歴とした単なる『事実』に過ぎないのだから。

 だけど……弱者は強者によって常に食べられている訳じゃない。

 弱肉強食を覆すという奇跡を可能にしてきたのが、人間の知恵であり道具であり……今こうして俺が手にしている『魔術』なのだから。


「コイツをヤツの核にぶち込めば、勝てる」


「……核?」


「心臓みたいなものですわ。

 今ならば、左の脇腹からが近いみたいですけれど」


 剣を抱えた俺の言葉に、三人の仲間たちは理解したのか頷く。

 こんな命のかかった戦いだと言うのに、細かく説明すらしていない俺の策に何の疑いもせず、顔に希望を浮かべる彼女たちを見て……


 ──くそっ。そんな場合かっ!


 つい涙腺が熱くなった俺だったが、奥歯を噛むことで必死にその衝動を抑え込む。

 まだ破壊神ンディアナガルは健在で……俺たちの命の危機はまだ終わった訳じゃないのだから。


「だけど……問題がない訳じゃない」


 希望の色を浮かべた仲間たちを諌めるように、俺は言葉を続ける。

 ……そう。

 魔術は成功した。

 だけど……その魔術を作用させることこそが至難の業、なのだ。

 

 ──何しろ、俺の作り上げたこの新魔術を発動させるには……あの化け物の内部深くにある核の近くにこの剣を叩き込まなければならないのだからっ!


 つまり……あれだけの巨体を誇る破壊神の胸骨を破壊し、敵の追撃と再生を防ぎながら、触れただけで身体を崩壊させるヤツの身体の中へと飛び込み、核の近くへとこの剣を叩き込まなければならないのだ。


 ……無茶にもほどがある。

 俺のその説明を聞くと、ライもミーティアもナーナも笑う。


「あたしが切り裂く役だな。

 適任だろ?」


 太刀の輝きを見せつけながらライは笑う。


「私のゴーレムが囮になりつつ、傷の再生を防げば良いのですわね」


 黒き鎧のゴーレムを盾と剣を打ちつけながら、ミーティアもライと同じく自信満々の笑みを浮かべていた。


「……なら、私が突っ込む」


 ナーナは相変わらず表情一つ変えようとしない。

 だけど彼女は……触れるだけで肉体が破壊される魔力を放っている、あの破壊神の体内に飛び込もうと言うのだ。

 それでも顔色一つ変えていないのだから……彼女も自信があるのだろう。


「俺はその魔術を構成することに全てを賭けたっ!」

 だから、後は任せるっ!」


 役割分担が決まった三人の背中を押そうと、俺は大きく叫びを上げる。

 ……いや、知らず知らずの内に声が湧き出て来たのだ。


「俺たちを虫けら程度にしか思っていないあの化け物にっ!

 俺たち人間の意地を見せつけてくれっっっ!」


 その俺の叫びに彼女たちは頷き合う。

 そして……彼女たち三人は破壊神の方へと視線を向け……


 ──向け、ない?


 ……そう。


 役割分担も決定したというのに、彼女たちは何故か……誰も敵の方へ飛び込んでいかなかったのである。


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