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第一章 第一話


 人間の世界であるこの地上は常に狙われていた。

 地下に広がる魔界に棲む、悪魔という凄まじい存在に。

 彼らが使う『魔法』という名の人智を超越した能力は、この世界に住む人間を容易に駆逐していった。

 何しろ……一時期は地上の半分が悪魔の手に落ちたこともあるのだ。

 だが、地上の神々はそんな人間を哀れに思い、幾つかの救済手段を授けてくれた。


 ──一つ、聖剣。


 魔法を無効化し、悪魔に多大なダメージを与えるその武器は非常に重宝され、今や王族が大切に保管してある。

 非常に大切に保管される余り、悪魔相手に使われることは既に百年単位で記録にない有様だ。

 正直、実在する七聖剣の主な仕事は「王族のために権威を見せつけているだけ」と言っても過言ではない。


 ──一つ、神術。


 神々の力の一部を借りることで世界に奇跡をもたらすという超絶な技術である。

 事実、神への信仰がある者であれば、いざという時に悪魔を超越ほどの力を行使出来るのだ。

 ……しかし、これも地上に悪魔が減った現在、お布施だけで豊かな暮らしの出来る神官達は率先して悪魔と戦おうとしなくなった。

 だからこそ、彼らに訪れる「いざという時」そのものが減り……滅多に使われることがなくなった技術の一つではある。


 ──そして、最後の一つである……魔術。


 『魔術』とは神々に授けられたとも悪魔から盗んだとも言われる技術の総称である。

 魔術陣と呼ばれる図形の中に、独特の言語を用いた魔術式を組み入れることで、物理法則を超えた様々な効果を生み出すことが出来るのだ。

 長い歴史の中、人間は地上を狙い侵攻して来る悪魔に対抗するために、この魔術という技術を磨き上げた。

 ……それはもう必死で。

 魔術の素晴らしいところは、習得に個人差はあれど誰でも使えるという点だった。

 勿論、悪魔に対抗できるほどの人材は稀だったにしろ、人間の魔術技術の発展は凄まじい速度で進んでいった。


 そして、今、現在。

 大陸から悪魔はほぼ駆逐され、人間達の社会は自然と……魔術師による魔術師のための世界となっていた。

 この俺、ディン=ダーダネルスもそんな魔術師を志す一人だった。

 ……あの事件があるまでは。




「畜生がっっっ!

 凡人どもにこの天才を理解しろという方が無理なのかっ!」


 俺は目の前を流れる運河に向けて【爆裂呪(ハンド・ボム)】と呼ばれる魔術を叩きこみながら、腹の底からそう叫んでいた。

 別に運河に恋人を攫われたとか、父親の仕事を奪われたとか、そういう直接的な恨みがある訳ではない。

 ……ただ、何かに向けて憂さ晴らしの魔術を叩きこまないと俺の怒りが治まりそうになかったからである。

 そこまでの激怒に駆られていながらも、人通りの多い市街地や俺を追放したシューレヒム学園そのものに魔術を叩きこまない辺り、俺のこの天才的な思考を生み出す源たる理性は、未だに焼き切れて居ないという証明なのだろう。

 尤も、このシューレヒム市自体、運河を中心として発達してきた都市であり、運河の周辺には幾つも家々が立ち並んでいるため、俺の爆裂魔術は非常に迷惑極まりないだろうが。


「……お、おい、あれ」


「ああ。魔術師(ウィザード)だよ。

 関わるな、アイツらはマジでヤバい」


 数十発の魔術を放ち終えて肩で息をしている俺に向かって、爆裂音に興味を引かれてやってきた野次馬からそんな声が投げかけられる。

 更には、周囲の家々からは迷惑そうな視線が幾つも俺に突き刺さっている。


 ──だが、そんな反応も仕方ないのだろう。


 魔術師……この大陸を常に狙い続けてきた悪魔に対抗するため、人類が極めた魔術という能力を使いこなす存在のことだ。

 人類よりも上位種である悪魔に対抗するために生み出された魔術という技術は、一言で言ってしまえば「人類の枠を跳び越して常人とかけ離れる」ための技術なのだ。

 我々魔術師が一般人から恐れられるのも無理はない。

 勿論その能力を使いこなすため、天賦の才に慢心せず、数々の学問を修め努力を重ね……そうしてようやく魔術師という社会のエリートになれるのだが。

 基本的にこの大陸は魔術師の使う魔術によって文明が発展してきている。

 周囲の白い街並みも魔術による建材で作られているし、この運河だって魔術で作られたゴーレムによって建造されている。

 だからこそ魔術師とは社会の先導者であり、社会における上位者である。

 その代わりに悪魔の侵略や災害時に強制的に動員されるなど、その責務も大きいのだが。

 そしてこの俺、ディン=ダーダネルスも魔術師を目指すシューレヒム学園の生徒として、学園屈指の優秀な成績を修めていた。

 のだが……


「この俺を追放するなどっ!」


 今自分が何故ここにいるかを思い出した途端、俺の口から怒りのあまり声が漏れてしまう。

 その理由を一言で言うならば……『この天才である俺が提唱した素晴らしい魔術体系を周囲の人間の知能では理解出来なかった』というだけの話である。

 何しろ、世界を変革するのは間違いない俺が提唱した新魔術の理論を、級友はおろか生徒の誰一人、いや教師でさえも理解しようとしなかったのだ。

 あまりにも理解力の無い学園の連中に痺れを切らした俺は、その有用性を見せ付けようと……魔術に全てを捧げると公言していた名門魔術師家系の令嬢に『少しばかりの協力』を願い、術式を組もうとしたところで……


「……まだいてぇ」


 思いっきり横面を張り倒され、『謂れの無い罪』を着せられて、俺は学園を追放されたのである。

 ようやく水面が静まった運河には、この俺の短い黒髪と知的な黒い瞳が印象的な、端整なマスクが写っている。

 ……尤も、今は左頬の紅葉模様が情けないことになっているが、まぁ、それは良いだろう。

 俺が身にまとっている黒い詰襟の制服とズボンに、黒地に金糸の模様が描かれたマントは、魔術学園の中でも最高位である証拠だった。

 ……ついさっきまでは。

 平民出身というハンデによって魔力総量が貴族平均よりも劣っていたとは言え、俺の才能は大陸最高峰と名高いシューレヒム学園内でも最高を誇り……

 『俺一人の頭脳で大陸の文明は十年進む』と噂されていたほど、だったのだが。

 結局は名門魔術師出身ご令嬢の一声であっさり追放されてしまうほど、その地位は脆かったという訳だ。


 ──下らないこと、この上ない。

 ──人類の発展こそ、魔術師(ウィザード)が志す全てだというのに。


 そういう訳で、思い描いていたエリートコースから弾き出された俺は、運河のほとりで荒れていた……という訳だった。

 そして、この国の法律には「国家が認定した魔術師以外は魔術を用いてはならない」とある。

 つまり……魔術師の学園を放り出された俺は、もう魔術を使うことさえ許されない。

 退学と同時に課せられる魔術を封じられる儀式からは咄嗟に逃げたのだが、所詮俺は一学生に過ぎず、金もなければ国家権力から逃げるコネも技術もない。

 ……数日後には役人が押し寄せてきて、俺の魔力を封じてしまうだろう。

 だからこそ俺は苛立ち紛れを兼ねて魔術との別れを名残惜しみつつ、運河目がけて無数の【爆裂呪(ハンド=ボム)】を放っていたのだった。


「……ん?」


 そんな時だった。

 不意に運河の上流から、金色に輝く布が流れてきたのは。

 ……いや、輝いているのは布そのものではない。

 魔術を極めている人間にだけ分かる、魔力の輝き。


「よっと」


 興味を惹かれた俺は、特殊な技法によって瞬時に転移魔術を作成。

 空間を繋げることでその布を掴み、引っ張る。


「……ただの、布、じゃないな」


 長さは俺の身長より少し長い位で、幅が女性の肩幅くらいだろうか。

 布自体の色は黄色、布地は絹に似た柔らかい手触りの、何となく高級な布地である。

 だが、問題はそんな形而上ではない。

 金色に輝いて見える魔力は、この俺にも瞬時に解析出来ないほど高密度で圧縮されている。


「何だ、こりゃ?

 ……見たこともない文字配列?

 七重の式を並列配置した魔術なんて、人間に可能な術式じゃないぞ?」


 俺がその黄色い布を眺めながら、そんなことを考えている時だった。

 その布の魔術式が幽かに揺らぐ。


【妾を呼ぶか?】


「~~~っ!」


 脳内に突如女性の声が響き渡る。


 ──伝心の魔術。


 シューレヒム学園では日常的に使われていた、そう珍しくもない魔術である。

 ……だけど。


「布を媒介にしているというのに、これほどの魔力を感じさせるだと?」


 俺が驚いたのは、布を経由して伝心の魔術を成功させるというその技術。

 そして……その声に込められた魔力の桁違いの大きさだ。

 ……天才的な魔術師である俺をして、たかが伝心の魔術で怯ませるほどの、凄まじい魔力。


【妾は邪神カンディオナ。

 そなたの望み、叶えようぞ?】


「ばか、なっ!」


(地上を狙う悪魔たちが信奉すると言われる、邪神カンディオナ?

 そんなの……神話時代の伝説だろ?)


 俺は思わずそう内心で呟く。

 だが、俺の魔術師としての理性は、その声を放つ存在を邪神だと認めていた。

 ……こんなとてつもない魔力波長、人間に出せる筈がないのだから。


【富を望むか?

 力を望むか?

 永遠の命を望むか?】


 俺が躊躇している間に、邪神カンディオナの問いかけは進む。


【ただし、願い相応の代償は頂くが】


(~~~っ!)


 それは、一つの契機だった。

 邪神とは悪魔たちの総帥。


 ──即ち……人類の敵。


 その認識は人類全てに共通するものだったし、子供のころから両親に幾度となく聞かされ、魔術学園でも延々と聞かされてきた。

 言わば人間社会の常識である。

 だが、俺が幾ら人類のためと主張したところで、人類は……魔術師社会は俺を認めなかったのだ。

 ……魔術師名門とかいう、ふざけたプライドの所為で。


(だったら、見せ付けてやろうじゃないか!)


 ──俺の完璧な魔術理論を。

 ──俺という存在の必要性を。


【どうする? 若き魔術師よ?】


 俺を挑発するような、邪神の問いかけが脳内に響く。

 その瞬間、俺の望みは決まっていた。


「俺に、俺の魔術理論を実践する場を寄越せっ!」


 手に持った布目がけて、渾身の声で叫ぶ。


「悪魔召喚だろうと、魔界と地上を繋げる行為だろうと、神を殺す冒涜だろうとやってやる!

 俺は、俺の理論を証明したいっ!」


 その叫びは邪神と呼ばれる存在にどう聞こえたのだろう。

 若干の沈黙の後……


【……面白い。

 貴様を、妾の四人目の戦士として迎えよう】


 布は、そう答えたのだった。


(……四人目?)


 邪神の声に俺が首を傾げた瞬間だった。

 俺の手の中にあった布が、突然幾つもの魔術陣を展開し始めたかと思うと……俺の身体に巻きついてくる。


(何だ、この術式はっ?)


 全く理解出来ないその魔術陣を見た俺は、不気味に身体に巻きついてきた布から逃げることも忘れて見入ってしまう。


 ──難解且つ複雑。


 ……いや、そんなレベルではない。

 俺の使う人間の魔術は基本的に、発動における自分を中心ゼロとした三次元座標とエネルギー量、ベクトル方向、影響時間を決定するような数十の魔術公式からなる一重の平面的な魔術陣を起動する。

 ソレが魔術のルールであり、基本だ。

 術効果を増すために二つ三つの魔術陣を重ねることもあるが、それは魔力と演算力に優れる『本当に常軌を逸した連中』による特殊な例でしかない。


(……だが、これは)


 空間平面に書き出す一重の魔術陣ではない。

 それを七重に重ねて相互に作用させることで、平面ではなく立体で魔術陣を完成させている。


 ──まさに次元が違う神の業。


 辛うじて俺が解析できた術式から推測すると、どうやらこれは……


(因果律そのものを、歪めている、のか?)


 あり得ないと首を振るいたくなるレベルではあるが、俺の魔術師としての知識が納得せざるを得ない解を紡ぎ出す。

 何しろ……召喚魔術の基本公式の一つに「その場にあり得ない存在を魔術によって召喚することで、どうしても生じてしまう因果律全体の崩壊を防ぐ」という式があるのだが、俺の知っている中ではその式の配置が一番近いのだ。

 それを否定するということは、俺の魔術師としての知識全てを否定することになる。


 ──例えそれが、今までの自分の常識を覆す規模の魔術であったとしても。


「くっ!」


 そして、光が満ちる。

 目を開いていられないほどの強烈な光が、俺に巻きついているその布から発せられているのだ。

 恐らく、真昼間だというのに運河周辺の全ての人間がその光の柱を見届けただろう。

 それほど凄まじい光の柱だった。


「……っと。

 終わった、のか?」


 そして、気付けば光は全く感じられなくなっていた。

 俺の身体に巻きついていたハズの布が、気付けば消えている。

 ……いや、違う。

 俺の身長ほどの長さだった布が気付けば小さくなっており、右手の手首に固結びで巻きついている。


「なんだ、こりゃ」


 不思議に思った俺が、その布を引っ張ってみるが……結び目そのものが溶接でもされたかのようにくっ付いていて、どうやっても解けそうにない。

 邪魔にはならないのだが、黒い制服に黄色い布じゃ悪目立ちが過ぎる。

 ……袖に隠すくらいは出来そうだが。


(これで、何か、変わったのか?)


 俺は首を傾げながら右手首の黄色い布と、自分の身体を交互に眺めるものの……特に何かの変化があった訳でもない。

 身体中に流れる魔力は今まで通りだし、この天才的な頭脳の回転もいつものままだ。


「ガセ、じゃない、よな」


 魔術師が普通の人類に比べ魔力耐性に優れていると言えど……あれだけの魔力を浴びて何もないとは思えない。

 そもそも解読不可能なほど凄まじい魔術式で組まれた魔術だったとしても、あれだけの魔力を発動させた術式である。

 ……必ず何か意味があるハズだ。


(要らぬ推測を重ねても仕方ないか)


 まだ分からないことは多々あるものの、運河の周辺から見渡せるほどの光と魔力である。

 恐らくカンディオナを信奉する悪魔からも丸見えだったのだろう。


 ──つまり、此処にいれば……必ずお迎えが来る。


 俺には何が何だか未だにさっぱり掴めないものの……その時に説明を受ければ問題ないだろう。

 治安維持部隊もあれだけの魔力が観測されれば、確実に飛んでくるだろうが、それよりはお迎えの方が早い。

 ……多分。


「お」


 俺の天才的な頭脳は相変わらず素晴らしかった。

 何しろ俺の推測通り……俺の立っていた運河の堤防沿いに転移の魔術陣が描かれ始めたのだから。

 人間が描く円形の魔術陣とは異なる、三角を二つ組み合わせた術式、つまり、悪魔の放つ魔法陣だろう。


「ふふ。悪魔がおいでなすったか」


 魔法陣から出てきたのは、二本の角が生えた豚の顔と、人間そっくりの身体をした悪魔だった。

 オークと呼ばれる下級妖魔に似ているが、多分違う。

 一般的に現れる人間とそう大差ないオークと比べても身体つきが桁違いに大きく、俺の身長の1.5倍近くある。

 ……体重に至っては軽く見積もっても3倍以上だろう。

 その上、頭には大きな二本の角が生えているし、人間なんて一撃で真っ二つに出来そうな大斧を持っている。

 何より……この天才である俺を迎えに来た悪魔がよりによって下級妖魔でしかないオークなんて……そんなバカな話、ある訳がないじゃないか。


「さ、俺はどうすれば良いんだ?」


 出てきたオークと目が合った俺は、肩を竦めながらそう問いかけてみたのだった。


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