第三章 第四話
「ふふん。
そんな小細工が何になる?
ワシが貴様らを逃してやるほど、優しい爺に見えるかの?」
俺たちが逃げられないのを承知の上だろう。
ピーターという名の人形遣いは挑発混じりの笑みを浮かべながら嘲笑を浮かべていた。
「見える訳ないでしょうが、このクソ爺!」
そんな見え見えの人形使いの挑発にあっさりとかかり、ミーティアは大声で怒鳴り返す。
その姿を見ていると本当に口の悪いだけの一〇歳児くらいにしか見えないのだが。
(……しかし、どうする?)
相棒の怒鳴り散らす言葉を聞きながらも俺が周囲を見渡す限り、この辺り一帯はゴーレムだらけだ。
木製の手抜きゴーレムから、陶器製の戦闘力に欠けるタイプ、頑丈なストーンゴーレムに、戦闘用のアイアンゴーレムまで。
簡単なゴーレムの中に強いゴーレムを混ぜることで、魔力の使用量を抑えつつも『質による脅威』と『数による脅威』を両立させている辺り、なかなか上手い使い手である。
「さて、観念して滅ぶが良い、ミーティア=ミッドガルド」
「あら、若い二人の逃避行を邪魔する、聞き分けのない爺様って感じですわよ、ピーター」
「抜かせ、ワシと三つしか違わん癖に!」
「そちらも、臨終する予定を何年延長してますの?」
瀬戸際に追い込まれたというのに、ミーティアは敵とそんな軽口を叩く余裕があるらしい。
その事実に俺は少しだけ安心する。
ミーティア=ミッドガルドという一〇歳に満たぬ外見の少女は、実はあの爺さんの年齢よりも長い間、この戦いを続けてきた女傑なのだ。
──この状況でも、必ず何らかの手立てを持っているに違いない!
そう思って俺は隣の頼れる相棒を振り返る。
俺の予測どおり、彼女はこの状況に至っても笑みを絶やさず、堂々としたその立ち居振る舞いは微塵も揺らいでいない。
……額を流れている汗は、脂汗では断じてなく、逃げ回って疲れたからだと信じたい。
「ディン、貴方、【魔力吸引】は使えまして?」
「あ? ああ」
組んだままの俺の左手を握りつつ、ミーティアは小声でそんなことを尋ねてきた。
俺は当然のように頷く。
──天才であるこの俺が、その程度の魔術如き、使えない訳がない。
「なら、私の魔力を使って、あのゴーレムを蹴散らちなさい!」
「了解したっ!」
ミーティアの命令に、俺は大声で頷く。
……なるほど。
会話の中でさり気なく腕を組んできたのは、こういう意図があったのか。
彼女の知略を認めた上でも、この俺の天才としてのプライドは彼女の命令を受け入れることに難色を示したのだが、魔術を使いたい放題使えるという誘惑には勝てなかった。
「喰らい、やがれっ!
全力全開、【火炎呪】」
取りあえず、自分たちを物理・魔術共に有効な障壁で覆った直後、大規模な火炎魔術を展開。
障壁魔術はショートカットから展開。
こんな大威力の火炎魔術は俺のショートカットにはないものの、ショートカット内にある【火炎呪】の魔術式を若干アレンジ、威力と範囲を極限まで大きくしたものである。
正直、天才でありながらも魔力量が人よりも若干少な目の俺は、普段はこんな無駄に魔力を使うような真似はしないのだが……
──今は無限の魔力が隣に座っているんだから、こういう使い方も悪くない。
周囲に並ぶ家々の壁を焼き焦がしながらも、俺の放った魔術は確実に周囲のウッドゴーレムを焼き尽くす。
「うぉおおおおっ!
危なっ?」
一緒に枯れ木のような爺さんも巻き込みかかったが、あの馬型ゴーレムは結構性能が良いらしく、悲鳴を上げながらも一瞬で魔術効果範囲から逃れやがった。
……いや。
褒めるべきは俺の魔術効果範囲を一瞬で見抜いた爺さんの眼力か。
よく目を凝らして見ると、爺さんの両腕から魔力で練られた糸が、馬の各部へと繋がっている。
どうやら、アレだけは直接操っているようだ。
「──っ!」
……っと、考察に気を取られてはいられない。
まだゴーレムは残っている。
【火炎呪】に強い陶器のゴーレムたちは俺の魔術効果を平然と突破し、陶器の棍棒を振り下ろしてくる。
「その程度っ!」
だが、俺もシューレヒム市の魔術学園で『天才』と呼ばれていた人間だ。
先ほど形成した魔力障壁が、振り下ろされた数多の陶器の棍棒を弾き返す。
──これなら、防げるんだがな……。
俺は眼前で弾き返された陶器の棍棒に安堵のため息を吐きつつも、気を抜くことなく戦場を睨み付ける。
速度的にセラミック→アイアン→ストーンの順番で早いらしく、陶器のゴーレムが迫ってきた現状でも、他のゴーレムとはまだ距離があった。
だが……幾ら俺の障壁が強固でも、アイアンゴーレムの槍や剣、ストーンゴーレムの巨大な拳の直撃を喰らえば、いつまでも耐えられる保証はない。
つまり、障壁で陶器のゴーレムを防げたとしても、安心していられる状況じゃないのだ。
「次! 行くぞっ!」
次に俺が放ったのは、ショートカットの五。
──【冷凍呪】だ。
……効果範囲は俺の周囲、冷却威力だけを強化したアレンジ版だった。
そのお蔭か、俺の魔術を受けた陶器のゴーレム達は、その身体にヒビが入り始める。
「上手いっ!」
ミーティアが賞賛の声をあげるのを聞いて、俺は唇を幽かに釣り上げる。
俺の意図した通り、急激な温度差に晒されたセラミックゴーレム達は非常に脆くなり、俺の障壁に攻撃を加えるだけでボロボロと自壊していく。
(全自動はこういう場合、弱いんだよな)
流石は俺。
……伊達に稀代の天才と呼ばれた訳ではないのだ。
「まだまだっ!」
流石に限界が来た俺は、繋いでいる左手からミーティアの魔力を吸い上げる。
一瞬で身体に魔力が広がって行くのが実感できた。
【接合共鳴】と違って気持ち良くもないどころか、あくまで他者の魔力は異物でしかない以上、身体中を異物感が襲う。
あまり無茶をすれば、俺は拒絶反応によって倒れてしまうだろう。
(けど、今はそんなことすら、気にすらならないっ!)
だけど、そんな異物感への嫌悪よりも遥かに強く、「まだまだ魔術を放てる」という欲求が俺を突き動かしていた。
……好きなことを好きなだけやりたい放題出来る感覚。
その感覚に、俺は逆らえない。
「次は、これだっ!」
またしても俺は魔術式を描くと、躊躇なく放つ。
今度のも初級魔術を二つ組み合わせただけのもので……魔術で編んだ網を創る単純な魔術と、衝撃波をぶつけるだけの単純魔術の同時発動である。
俺は一瞬で七つの網を構築し、衝撃波でその網を吹き飛ばす。
狙いはすぐ側まで迫っていたアイアンゴーレム達。
この距離なら外れる訳もない。
【魔力網】の直撃を喰らったアイアンゴーレムは全て近くの壁に縫い合わされた。
「ちょ、ちょっと! 次を早くっ!」
ミーティアが叫ぶのも無理はない。
幾ら天才の俺が最速で魔術を構築していても……相手の絶対数が多いのだ。
対処がどうしてもギリギリになる。
「そろそろチェックメイト、じゃな」
ピーターの言葉どおり、俺たちの三方からストーンゴーレムが迫ってきており、その内の一体は目前まで迫ってきていて、その巨大な拳を俺たち目がけて振り下ろそうと……
「……くっ」
その間にも、俺はショートカットを三つ作成。
【力場生成】魔術と、【氷結魔術】、【爆裂魔術】を組み合わせた魔術を構築する。
【力場魔術】によって片方が詰まった筒を作る。
その中に【氷結魔術】で氷の弾丸を生成。
そして、筒の中で【爆裂魔術】を破裂させることにより、氷の質量と【爆裂魔術】の威力に指向性を持たせるという凶悪な魔術が完成する。
要は力場で砲身、氷で砲弾を作り、【爆裂魔術】で砲弾を吹っ飛ばすという、先ほどの宿で思いついた新しい魔術だ。
──これくらいの威力が無ければ、ストーンゴーレムは砕けない!
「ディンっ!」
「間に合えっ!」
拳が振り下ろされるのと、俺の魔術が放たれたのはほぼ同時。
俺の新型魔術とゴーレムの拳がぶつかり合い。
──だが、勝者はいなかった。
「ぐぅううううっ!」
「ちぃっ!」
確かに俺の理論は完璧だった。
氷の砲弾はストーンゴーレムの拳ばかりかその本体と、射線上でもがいていたアイアンゴーレムと、そしてそこから一直線の家屋まで破壊して吹き飛んでいったのである。
……問題は、反動だ。
【爆裂魔術】の威力を【力場魔術】によって指向性を持たせるという無茶をするため、【力場】で爆裂を抑え込んだのだ。
……しかも、他人の魔力を使って、だ。
その違和感を押し殺しながらの強引な魔力消費に……俺の魔術経路は耐えられなかったらしい。
一瞬で右腕の魔術経路が焼き切れ、腕の毛細血管が破裂する。
(他人の魔力を瞬時に、膨大に使いすぎたっ!)
幾ら補給が無限に出来るからといって、魔力を使うのは俺の身体に他ならない。
そして、俺の身体にとって他人の魔力は異物でしかないのだ。
……である以上、そんな異物を利用して能力以上の無茶をすれば、その反動を喰らうのは当然とも言えた。
【接合共鳴】なら多少の無茶をしても魔術経路は『自分の魔力の延長』と見做してくれるので、ここまで酷いことにはならないのだが……
──無茶をし過ぎたかっ!
血に染まった自分の右腕を見て、俺は自分の愚かさに舌打ちを隠せない。
……速い話が、俺もまだまだ若い、ということなのだろう。
──好き放題魔力を放てることに我を忘れてはしゃぐとは……
知識と知性を司る魔術師として、情けないことこの上ない結果である。
「ちょ、ちょっと!」
俺の右腕が血に染まったのを見て、ミーティアが焦った声をあげていた。
……だけど。
──まだ終わった訳じゃないっ!
「危ねっ!」
「きゃっ」
俺は右腕の激痛を頭の隅に追いやりながら、繋がった左腕を全力で引き寄せ、ミーティアを抱き寄せる。
一瞬後に彼女のいた場所が巨大な拳に占拠された。
──まさに間一髪である。
だが……ミーティアを一時的に助けたところで、別に状況が良くなった訳ではない。
ストーンゴーレム二体に囲まれ、アイアンゴーレム達がそろそろ網から解放され始めている。
「くそっ!」
逃げ場はない。
魔術経路が焼き切れたから、もう右手で魔術は放てない。
……つまり、先ほどのような大規模魔術を連射することは不可能。
(術者を狙うか?)
不意に思いついたその考えを、俺は一瞬で却下する。
ゴーレム達はピーターに操られている訳じゃない。
爺さんの魔術公式を見たから分かっているが、あれは幾つかの条件付けを決定して、自動的に動いているだけだ。
現に遠くから勝利を確信した笑みを浮かべてこちらを見ている爺さんは、既に魔力を使おうともしていない。
彼が両腕から魔力の糸を用いて直接操っているのは、あの馬のゴーレムだけのようだ。
──いや、違うっ!
よく目を凝らして見ると、全てのゴーレムに対して一本だけ魔力のラインが通じている。
恐らく、アレは……
それを見た瞬間、この天才たる俺は、勝利のための魔術と、その魔術を発動するための時間稼ぎを思いついてしまった。
「くっくっくっくっく。
は~はっはっはっはっはっ」
「ちょ、ちょっと、ディン!
ついに狂いまして?」
隣の少女がぎょっとした顔をして聞き捨てならない叫びをあげるが、生憎と俺の知性は論理を放棄した訳ではない。
それどころか、俺は完全な現状把握を行った上で十分な勝算を見つけたからこそ、さっきまでの必死な自分が滑稽極まりなく、自嘲しているだけに過ぎない。
──ただし、この策が成功するかどうかは、ちょっとした賭けになるんだがな。
笑いながらも一しきり考え終わった俺は、ピーターという名の人形使いに俺は顔を向け、口を開いた。
「もう退いてくれないか?
この戦い、お前の負けは決定した!」
「「なっ?」」
慈悲深く発したつもりの俺の意図を理解できなかったらしく、爺さんも隣のミーティアも共に驚愕に目を見開き、まるで【精神崩壊呪】によって脳が焼き切れた人間を見るかのように俺の顔を眺めていた。
「ほぉ、面白いことを言うヤツじゃ。
この状況から、貴様はどういう逆転の一手を打つつもりかな?」
恐らくは俺の言葉が興味深かったのだろう。
ピーターの合図一つで、俺たちに向けて拳を振り上げていたストーンゴーレムも、俺たちに向かって歩を進めてきたアイアンゴーレムたちも動きを止めた。
(やはり、存在したかっ!)
天才である俺の推測通り、自動で動く筈のゴーレムたちの動きを止めたのは、ピーターがゴーレムたちに対して緊急停止を行うためのラインを用いたからだった。
そして、その糸の存在は……俺にとって救いの女神、ダンジョンでの道標に等しい存在である。
──何しろこの『ハッタリ』で計算と魔術行使に必要な時間が稼げたのだから。
老人が俺の言葉を無視してストーンゴーレムの攻撃をそのまま続行していたのなら、俺は間違いなくひき肉と化していたことだろう。
……だが、こうして俺の策は成功している。
後は……ピーター=パペットマスターに打ち勝つのみ!
(元々の公式が分からない以上、破壊すべき術式の選定は不可。
範囲は爺さんの馬を巻き込むところまで。
……すると、使用しなければならない魔力は【爆裂呪】三〇発程度)
瞬間で俺は概算を終える。
そして、そんな魔力は、俺一人の全魔力容量では足りないことも同時に計算出来ていた。
幸か不幸か……ここ数日の酷使のお蔭で、俺は自分の限界というものを凡そのところ把握している。
幾ら隣にある無限の魔力庫から限界まで吸い上げても、魔術を使う俺自身の限界を超えているのだから意味がない。
それに……
(……間違いなく、今の俺の魔術経路ではそんな負荷に耐えられないだろう)
そう考えた時点で、俺は隣の相棒に目を移す。
外見こそ幼くはあるが、彼女の全身は膨大な魔力で覆われている。
生半な外部からの干渉程度では、この絶大な魔力に弾かれてしまうのが容易に予想出来るほど、その魔力は凄まじい。
(恐らく、彼女が魔術を行使できないのは、その魔力によって魔術経路が肥大化し過ぎているから)
言わば……筆先が拳ほどの幅をした純金製の筆を使って、緻密な魔術陣を描こうとするようなものだ。
腕はその重量を支えるだけで精一杯となり緻密な線など描けないし、そもそもその太い筆先では式など描けず真っ黒に潰れてしまうだろう。
……だからこそ、彼女の魔術はどう頑張っても意味を為さないだ。
──ならどうする?
……答えは簡単で、外部から魔術公式を与えてやれば良い。
(まいったな、こりゃ)
全ての状況が、俺に『ソレ』を使わそうとしている。
今日ミーティアと議論していて思いついたばかりの、新たな魔術公式を。
……即ち──【接合共鳴】の新型を。
(もしかして、これも邪神カンディオナの操る偶然か?)
俺の願いが叶っていると言うのだろうか?
だとしたら、この戦いは最高だ。
少なくとも俺がこの戦いを終わらせる方程式さえ導き出せば、勝てるのだから。
──まさに、天才である俺のためにあるような、最高の舞台!
「で、如何するつもりかな?
ただのハッタリではあるまい?」
俺の沈黙に痺れを切らしたのか、ピーターは尋ねてくる。
その表情から未だに笑みが消えていない辺り、さっきの言葉なんてただのハッタリで、俺たちが本当に何かを出来るとは思っていないのだろう。
──その傲慢な油断こそが、コイツの敗因になるとも気付かずにっ!
「……ああ。
こうするんだよっ!」
「はい?」
叫びながらも俺は、左手で結ばれたままの相手を強引に引き寄せていた。
その突然の行動にミーティアは疑問の声を浮かべるものの、知ったことか。
「んっ? んんんんんんんん?」
そのまま俺は少女の小さな唇を奪う。
右手が使えないので、左手で二十七番目のショートカットを作成し、彼女のドレスの裾から強引に左手を入れる。
何かミーティアが暴れようとしたので、仕方なく血塗れの右手で強引に押さえつける。
勿論、怪我している訳だから激痛が走るが、そんなことを言っている場合ではない。
左手から感じる感覚は、ライに触れた感覚とはあまりにかけ離れていた。
ライのは膨らみそのものが手を押し返す感覚なのだが、ミーティアのは膨らみが足りない分、皮膚全体が俺の掌を柔らかに押す感覚と言うか。
……そもそも、触れても困らない程度のサイズなので、心音の確認も容易かった。
(~~~っ。【接合共鳴】、開始!)
掌の感覚に要らぬ考察を加え始める自らの思考に対し、俺は理性を必死に振り絞り、思考回路を強引に魔術に引き戻す。
そのまま俺は、その膨大な魔力を吸出してちっぽけな自分の魔力と共鳴させた。
生憎とミーティアの魔力が凄まじ過ぎるため、俺の秘奥義である【接合共鳴】の価値が薄れているのだが。
(だが、俺の狙いはそこじゃない!)
俺の魔力と相手の魔力が共鳴したことで、俺の魔力を彼女の魔術経路へと通し、彼女の魔力を俺自身の意思で使えるようにするというのが、この新型の改良点だ。
本来はライの雷魔術を、彼女の不運によって失敗させないように使うための技だったのだが……この際仕方ない。
共鳴を維持しつつ、ミーティアの魔術経路に侵入する。
共鳴した魔力で彼女の肥大化した魔術経路を抑えつつ、俺はその魔術経路を外部から操りながら魔術を描く。
魔術経路とは意志による絵筆。
俺の意識による魔術経路は、彼女の中に侵入しても肥大化することは無い。
「んんんんっ!」
同じ天才故だろう。
俺の意図に気付いたミーティアはもう抵抗しなかった。
目を閉じ、身体の力を抜いて俺の唇と左手を受け入れている。
「な、な、な、な何を?」
背後では爺さんが驚いた声をあげているが、知ったことか。
もう既に、貴様に敗北を確実に与え得る最強の魔術公式は出来上がっているのだから!
「放て! ミーティア!」
「ええ! 分かってますわよっ!」
後は、その魔術陣に向けて、ミーティア自身が膨大な魔力を流し込むだけだ。
「行きますわよっ!」
よほど長い間、魔術の使用を禁じられていたのだろう。
天才と呼ばれたこの小さな魔術師は、今この瞬間『魔術そのものを使用できない』という苦痛から解法されたのだ。
その小さな顔に満開の笑みを浮かべつつ、その小さな身体中から歓喜を迸らせつつ、ミーティアは魔術を放っていた。
「「しまったぁあああああっっっ!」」
人形使いが今頃その魔術効果に気付き叫ぶが、もう遅い。
……俺が編み出した【魔力崩壊魔術】は既に完成している。
そして、俺もほぼ同じタイミングで、爺さんと一言一句違わぬ叫びを上げていた。
──そう。
──俺にも誤算が一つあったのだ。
凄まじく長い間魔術を使えなかったミーティアが、『一撃の威力が全て』と考える彼女が、何処まで魔術陣に対して魔力を注ぎ込むかを俺が想定し損ねていたという、致命的な誤算が。
「じょ、冗談じゃないっ!」
その魔力量を一瞬で計算した俺は……計算できてしまった俺は、魔術を発動しようとしているミーティアを必死に止めようと手を伸ばす。
その膨大な魔力量によって俺の想定を遥かに超える……このシューレヒム市の半分を巻き込むような規模の魔術崩壊のための陣が描かれ。
「や、め、ろぉぉぉおおおおおっ!」
俺のその必死の制止も空しかった。
そもそも……一度発動した魔術が止まるハズもない。
俺が見守る中、無情にもその【魔術崩壊】陣は効果を発揮してしまっていた。。
魔術発動と同時に、魔術によって強化されることで自然にはあり得ない歪な形を保っていた建物が崩壊する音が周囲から響いてくる。
最新の『魔術強化による建築様式』とかいって流行っていた建物だったのだが、その歪な形が元の強度を取り戻した瞬間、重力に耐え切れずに崩壊してしまったのだろう。
(……恐らくはあの手の建築物は、明日から見られなくなるだろうな)
魔術によって心肺機能を補助している人が範囲に入らないように、人間の体内にまでは魔術影響が及ばないように工夫はしていたのだが、それでも威力が甚大すぎる。
(また軽く一桁くらいは賞金が増えたな)
何処か達観した気分で俺はその事実をすんなり受け止めていた。
──もうしょうがないと言うか何と言うか。
勿論、そんな家屋強化まで破壊するほどの【魔術崩壊】術式だ。
至近距離で直撃を受けたゴーレム達は完全に動きを止めたどころか、元の小さな人形に戻り、レンガ張りの路面に転がってしまう。
爺さん自身も馬を消失したことにより、地面に投げ出されている。
「ぐはっ!
こんな、バカな!」
「だから言っただろう?
……お前の負けだ、とな」
倒れた爺さんを見下ろしながら、俺は語りかける。
「さて、どうしてくれようか?」
「ぐ。ここまで、か」
倒れた爺さん相手に俺はトドメを刺すべく、魔術を編もうとした。
爺さんも覚悟は決めていたのか、俺に対し恨みでも憎しみでもなく、ただ一手で劣勢をひっくり返した俺への賞賛の表情を浮かべていた。
……その時だった。
「お待ちなさい。
そんなことをしても、無意味ですわよ?」