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第三章 第三話

「……史上最弱の魔術師?」


 だが、俺は敵の容姿とか戦力とかよりも、隣にいる小さな女の子に向けられた言葉に気が向いてしまった。


 ──確かに魔力は凄まじい。

 ──魔術的知識もある。


 ……だが、俺は彼女が魔術の一切を使っているのを見たことがない。

 俺なんか、ちょっと遠くの物を取る時でさえ、空間接続魔術を使って楽しようとするのに、彼女はそれすらも使おうとしていない。

 ……現に今も。

 敵がゴーレムを使ってライを追いやっているこの瞬間でさえ、彼女は魔術を使おうとしていないのだから。


「何が嬢ですかっ!

 後輩の分際で!」


「いつまで学園の話をしておるっ!

 昔からワシの方が年寄りじゃて」


(~~~っ?

 あの老人の先輩って!)


 流石にそのやり取りは聞き捨てならなかった俺が、思わず問い返そうと口を開きかける。

 ……だけど。

 生憎と今の状況は俺の疑問に答えてくれるほど優しくないらしい。


「ふん。すぐにこれ以上減らず口を叩けないようにしてさし上げますわ」


「そうじゃな。

 我等は所詮敵同士。

 先輩後輩も年齢も何も関係ない」


 その言葉を合図に、ミーティアが左右の袖の中に両手を隠す。

 何が飛び出して来るか分からない、暗器使い独特の構えだろう。

 同時にピーターとかいう人形使いも懐に手を入れたかと思うと、小さな騎士の形をした人形を三つほど取り出す。

 あの人形に魔力を吹き込むことで、人間大もしくはそれ以上のゴーレムを現出させる……彼はそういう類の魔術師のようだった。


「出でよ! 我が騎士!」


 ピーターの叫びと共に、人形周囲に魔術式が浮かび上がる。


(すげぇっ!)


 俺は爺さんのその魔術式に思わず目を奪われてしまった。


 ──緻密且つ大胆。


 たった一つの強化式をベースに、自動操作公式を無理矢理組み込み、その上で拡大式と質量増加の術式まで組み込んである。

 それほど歪な魔術式だというのに、術式は安定しているし、魔力伝達に淀みもない。

 天才である俺のように常識に捉われることのない、自らが開発した自由な発想の魔術式ではない。

 基礎の上に基礎を大胆に積み重ねているソレは、幾たびの失敗と幾たびの挫折の上に経験を積み重ねた者のみが到達出来る領域の魔術である。


 ──一言で言うならばまさに『職人芸』以外にはあり得ない!


「バカっ!

 見とれている場合ですか!」


 突然左腕を引かれた俺は、その衝撃でようやく我に返る。

 振り返ればミーティアが腕を掴んで逃げ出そうとしている。


「おい! 戦うんじゃないのか!」


「ゴーレム相手に幾ら頑張っても無理ですわよ!」


 折角の芸術的魔術鑑賞を途中で逃した腹いせ混じりの俺の叫びに返ってきたのは、そんな至極真っ当な返事だった。


(そりゃそうだ)


 分かっていつつも、もう一つ尋ねてみる。


「暗器とやらは!」


「私の細腕で、金属製の相手に何が出来るって言うんですの!

 ライと違って私は頭脳派ですのよっ!」


「だなっ!」


 彼女と同じく頭脳派を自称する俺はミーティアの言葉に頷くと、彼女と共に窓から身を投げ出す。

 俺たちが泊まっていたのは二階だったため、着地時に少し足が痺れた程度で済んだ。

 そして見通しの良い廃墟の方角ではなく、被害を受けていない市街地を向けて走り出す。

 何となく成り行きで彼女と手を握ったまま。


 ──まるで駆け落ちものの劇のワンシーンみたく。


 名前が出たことで一瞬だけライのことが頭に浮かぶが、彼女は大丈夫だろう。

 ……だって、不死身だし。


「こっち!」


 ミーティアの先導に従って、俺たちは街中をジグザグに走り回る。

 真昼間の町の中心地を、無作為に全速力で走っているにも関わらず、相変わらず人影一つ見えない。

 邪神カンディオナの操る偶然が如何に恐ろしいかが分かる。


「前! 火系統!」


「了解!」


 角を曲がった途端、木で作られたゴーレムに出くわす。

 だが、さっきの鉄製のゴーレムと違い、明らかに手抜きのデザインだった。


 ──そしてそんな雑魚程度、幾ら理論派であるとは言え、天才たるこの俺様の敵ではない。


「喰らえ、【火炎呪(ファイア・ブロア)】」


 木製の人形は俺の放った炎の魔術に焼かれ、一瞬で灰と化す。

 だが、敵は一体だけでは無かった。

 俺の放った炎の魔術に惹かれたのか、一〇を優に数えるほどのゴーレムが現われる。


「ちぃっ!

 数が多すぎる!」


 舌打ちしつつも、俺は先ほどと同じ魔術を構成する。


「燃え尽きろっ!

 【火炎呪(ファイア・ブロア)】っっ!」


 近づいてくるゴーレムに向けて、俺は再び炎の魔術を放つ。

 俺の魔術でその身を焼かれ二匹・三匹とゴーレムたちは倒れて行く。

 だが、死を恐れない兵士というのは凶悪で……同朋が焼かれながらも全く怯むことなく、どんどん俺達に近づいてくる。


(……このままじゃ、ヤバい!)


 敵の接近速度と数、そして俺の魔術構成速度を考えると、このままではコイツらの接近を許してしまうだろう。

 一瞬でその計算を終えた俺は、相棒の方を振り返る。


「やっ!」


 ミーティアはいつの間に取り出したのか、それ以前にその小さな身体の何処に隠していたのか、金属製の鎚を手にしていた。

 身体全体を使うようにその鎚を振り回し、ウッドゴーレム達に叩きつけている。


 ──だが、所詮は少女の身体。


 渾身の一撃を放ったところで……ゴーレムに決定的なダメージが与えられる筈もない。

 ……と言うか。


「何で魔術を使わないんだ、お前はっ!」


 その様子を見た瞬間、俺はミーティアを怒鳴りつけていた。


 ──魔力を温存出来るような状況か、これが。


 あれだけの魔術的知識を持ち、これほど凶悪な魔力を有しているというのに、魔術を使わないバカが何処にいるのだろう?


「使えたら使っていますわよ、このバカ!」


 だが、返ってきた返事はそんな金切り声だった。

 その言葉を聞いた俺は、思い通りにならない戦局に苛立っていたこともあって、怒鳴り返す。


「ふざけている場合かっ!」


「誰もふざけてなんていませんわっっ!」


 俺の怒鳴り声と、ミーティアの怒鳴り声が辺りに響き渡る。

 実際、俺はもう頭に血が上ってしまい、敵が迫っているという事実すら、頭から転がり落ちていた。

 殺意を込めて睨みつける俺と、ミーティアの怒気を孕んだ視線が重なる。


 ──まさに一触即発。


 そんな空気を破ったのは、しわがれた年寄りの声だった。


「敵を前に痴話喧嘩とは、ワシも舐められたものじゃな」


「ピーター=パペットマスター」


 その声を聞いて我に返った俺とミーティアは、一瞬で戦闘態勢を取る。

 ……だが、時既に遅し。

 路地裏は見渡す限りのゴーレムで埋め尽くされていた。

 人形使い自身は馬を模ったようなゴーレムの上に座し、俺たちを見下ろしている。


 ──圧倒的優位にあるからだろうか?


 ピーターは、一気に襲ってくるでもなく、俺たち二人を興味深そうに眺めた後、口を開いた。


「若造よ。あまり無茶を言ってはいかんな。

 ソヤツ、魔術の類が一切使えないのじゃから」


「……なに?」


 その人形使いの言葉を聞いて、思わず隣の少女に目を向ける俺。

 だが、ミーティアは俺の視線など気にした様子もなく、目の前の老人を睨みつけていた。

 そんな少女の殺意に怯んだ様子さえ見せず、老人は言葉を続ける。


「下手な欲をかいて邪神などに頼るからそうなるのじゃ、愚か者めが」


「ふん。老いに怯えた挙句、破壊神の虜と化した貴方に言われたくはありませんわね、ピーター」


「……どういう、ことだ?」


 二人の間で交わされていたのは、どう考えても旧知の間柄同士としか思えない言葉だった。

 だが、その言葉を交し合っているのは、まだ一〇代前半としか思えない少女と、八〇を超えたような枯れた年寄りである。

 ……その現実に俺は首を傾げる。

 俺の戸惑いを察したのは敵である筈のピーターだった。


「ふん、コヤツが邪神カンディオナの使徒と成り果てた時から歳を取っていないだけじゃ」


「ピーター、どうせ貴方が破壊神に魅入られたのなんて、臨終の床なのでしょう?」


「抜かせっ! 小娘がっ!」


「何を、このミイラ同然の爺がっ!」


(……子供の口喧嘩か)


 二人の低レベルな剣幕に俺は辟易しつつ、思索を巡らせる。

 少なくとも二人は旧知の間柄で、ミーティアは邪神の使徒となってから歳を取っていない。

 そして恐らく二人は同年代……その事実が余りにも理解不能で、少しだけ眩暈を覚えるものの、俺は頭を振ることで何とか冷静な思考を取り戻す。


「まさか、お前も不老不死を願ったのか?」


「ふん。そんな俗な願いを、この私がするとお思いですか?」


 俺の疑問に対する彼女の応えは、そんな言葉だった。


「私は、幼少の砌から神童と呼ばれるほど魔術才能はありましたわ。

 ですが、生まれが三流貴族だったからでしょうか?

 魔力が非常に乏しく、魔術師としては大成しないと言われていましたの」


「ふん。確かに悪知恵には優れていたよな、貴様は」


「魔力だけしか取り得の無かったバカには言われたくありませんわ!」


 二人のやり取りを聞いて、俺はミーティアに少しだけ共感を覚える。

 俺も天才と呼ばれるほどの知性に恵まれながらも、庶民生まれというハンデは拭いきれず、魔力そのものには乏しかったのだ。

 だが、そんな俺だからこそ、魔術不足を解消するために知性を磨き、魔術への理解を深め……そうして生み出したのが【接合共鳴(レゾナンス・コネクト)】だった。


「だったら」


「ええ、私があの邪神に願ったのは、無限の魔力ですわ」


「そして、この馬鹿は愚かにも魔術全てを失ったという訳じゃ」


 その言葉を聞いて、俺は彼女の行動にようやく納得出来た。

 俺の右腕やミーティアの首に巻かれてある黄色い布の主、邪神カンディオナという存在は、『対象の願い事を叶えながら』も『対象の望みを実現不可能とする』、まさに邪神と名の付いた存在だ。

 人類発展のために【接合共鳴】理論を証明しようとした俺は、人類社会から追われる犯罪者だし、剣を極めるために不死を願ったライは、剣で勝負するここ一番の時に絶対に敗北する運の悪さを押し付けられている。


 ──なら、この少女……ミーティア=ミッドガルドは?


 魔術を好き勝手使いたいからこそ無限の魔力を願った彼女が失ったものは……


 ──恐らく、魔術そのもの、だろう。


 無限の魔力を持ちながらも、一切の魔術が使えない。

 最悪の状況に叩きこまれた彼女は、その小さな身体でも生き延びるべく暗器を使い、戦いから逃げているのだろう。


「しかも、その無限に溢れる魔力の所為で、私は歳も取りませんの。

 その上、溢れ出る魔力が障壁となり、一切の魔術による破壊効果を受け付けない特典付き。

 ですが、その代わり……」


「その無限に溢れ出る魔力の所為で、何処に逃げてもコヤツの居場所は丸分かりでな」

 

 ミーティアの言葉を爺さんが引き継いで応える。


(おいおいおいおい。冗談じゃない!)


 つまり俺たちは必死に逃げているつもりで、その実、目立つ旗振って走り回っているようなものだったのか。


「……なぁ、ミーティア」


「……何ですか、ディン?」


「ここから二手に分かれよう」


「真っ平御免ですわ、ダーリン」


 俺のささやかな願いは、ミーティアの笑顔には通じなかった。

 それどころか少女は、俺の言葉を聞くや否や、突然笑顔で俺の腕に絡みついてくる。

 左腕に感じる人肌と柔らかさが妙に落ち着かない。


 ──さっきやり合ったあの険悪さが彼女から全く感じられないのは、俺を楯として最大限に活用しようという心積もりからだろうか?


 尤もそれ以前に……俺を楯としたくらいでは、これほどのゴーレムに囲まれている状況で逃げられるとは思えなかったが。




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