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第二章 第五話


「……馬鹿、な」


 無意識の内に俺の口から零れ出た一言以外では、その状況を言い表せはしなかっただろう。

 何しろ、ライの放った墜雷という技は凄まじい電撃と、凄まじい剣速によって黒騎士を真っ二つに切り裂く──


 ──筈だったのだ。


 ……ライの踏み込んだ丁度その場所に、先ほど倒したゴーレムナイツの核が転がってさえいなければ!


(ただの不注意?

 ……いや、違う。

 そんな筈はないっ!)


 ライほどの剣士が足元の確認を疎かにするハズもないのだ。

 事実、離れた場所から見ていた俺には分かるが、ライの身体から零れる僅かな雷の魔力が周囲に干渉し合い、周囲に散らばっていたゴーレムナイツの残骸を僅かに動かしたのだ。

 その結果、残骸に核が弾かれ、『偶然にも』ライの必殺の一撃が踏み込むその場所に核が転がってきたという訳だ。

 ……まさに『偶然』。


 ──あり得ないような、運の悪さ!


「く、くそ。

 また、こんなっ!」


「ぐぅ、浅かった、か」


 その所為で、ライの一撃は大きく逸れ、周辺を焦土と化す大雷となって荒れ狂っていた。

 家屋数百棟近くがその落雷を喰らい崩壊しただろう。

 とは言え、あり得ない『偶然』でライの身体が傾いだことで……黒騎士の一撃は体勢を崩したライの右肩を掠めただけで終わったのだが。


「くっ、剣がもう持てぬ、か」


「身体から、力が、くそっ!」


 黒騎士はライの放った雷の余波だけで長剣を保持できないほど身体能力に影響を被り、ライはライで、【接合共鳴(レゾナンス・コネクト)】により発生した膨大な魔力を全て先ほどの一撃に費やしたため、起き上がることすら不可能となっている。

 ついでに言えば、俺自身も治りきっていない魔術経路で強引に魔力を全てライに受け渡したので、もう魔術がまともに放てない状況だった。


(このままじゃ……ヤバいっ!)


 魔力を使い果たした俺は無力。

 あの様子ではライも回復に時間がかかる。

 なのに、黒騎士は恐らく僅かな時間で剣を振るうくらいの力は回復出来るだろう。


「……くそっ!」


 それが分かっているからこそ、俺はそう吐き捨てる。

 今から逃げようにも、ライは起き上がることすら出来ないのだ。

 だけど……彼女を抱えて黒騎士から逃げ出すなんて、絶対に不可能だった。

 ……少なくとも、俺の体力では。


「いつも、これ、だ。

 己の全てを出し切れる戦いに、いつも何か邪魔が入る。

 いつも何か失敗する……あの、邪神めっ!」


 ライの放つ、勝敗や命よりも自分の全力を出し切れないことに対する怒りの言葉に、俺は返す言葉を持たない。

 望みが叶いながらも、その望みによって叶うべき本当の願いまで手が届かないこのもどかしさは、俺にも共通しているからだ。

 結局、三人とも動けないまま、時間だけが過ぎて行く。

 焦燥感だけは募るものの、何も打つ手がない最悪の状況。

 ……そんな時だった。


「あら、パーティはおしまいですか?」


 ライの一撃によって黒焦げた瓦礫の上を歩いて、その少女が現れたのは。

 彼女を言い表すならば、チェック模様の少女という表現が相応しいだろう。

 白地に黒のチェック柄のマント。

 裾の広がったゆったりとしたその服装は、黒地に白いチェック柄で、膝上までのフレアスカートまで黒地に白と黄色のチェック柄と……彼女は非常に目に悪そうな存在だっだ。

 首に巻きついている黄色い布は、邪神カンディオナの使徒の証だろう。

 髪は少し黒みがかった銀髪で、瞳の色も同じ色だった。

 肌は透き通るように白く……恐らくは北方系の生まれなのだろう。

 だが、少女の姿に俺が最も驚いたのは、彼女を覆うその魔力量だった。


 ──底が見えない。


 ……と言うより、これが、人間の持てる魔力のハズがない。

 シューレヒム市の魔術学園に在籍していた頃、魔力量だけなら凄まじいという、俺とはまた違う方向性の『天才』を数名見てきたが……

 その少女の持つ魔力量は……そういう天才とは全く桁が違う、まさに人智を超越した化け物としか表現のしようがないほど凄まじいものだった。


「ミィ。着いたのか」


 ライが告げたその言葉を聞いて、俺は思い出す。

 確か、幼い形で高額の賞金を誇っている……そんな賞金首がいたことを。

 

 ──ミーティア=ミッドガルドとかいう名前だったか。


「ライ。貴女、無茶をし過ぎですわ。

 ……私じゃなきゃ死んでいましたわよ」


 彼女はこともなげに笑う。


(もしかして、あの直撃を喰らった、のか?)


 確かに彼女は『瓦礫の上を』普通に歩いてきた。

 あのサイズである以上、歩く速度はそれほど早くないだろう。

 そして、ライの外した一撃は非常に広範囲に及んでいる。

 彼女がその直撃を喰らったとしても不思議はない。


(……それで何故生きているかは不思議でならないのだが)


 俺の魔力とライの魔力を共鳴させた上での、あのライの渾身の一撃を喰らい、それで無傷というのは一体どういう身体をしているのだろう?


「で、どうしますか? デュノア。

 この私とダンスを踊りますか?」


 ミーティアという名のその少女は、少女らしからぬ殺意むき出しの笑みで、黒騎士に向かって傲岸にもそう言い放つ。

 口調はやけに丁寧なのだが、その態度には慇懃無礼という表現しか浮かばない。


「いや、止めておこう。

 貴公との戦いは燃えるものがない。

 ……我輩が望むのは、剣による敗北のみ」


 黒騎士はそう言うと、立つのが精一杯というライに向かい、


「次は邪魔の入らぬところで勝敗を決しようぞ?

 ライ=イカズチノミヤ」


「ああ。デュノア=デュラハン。

 楽しみにしてる」


 そう言うと、黒騎士は本来あるべき位置に置いてあった頭部を手へと持ち替え、ふらふらと覚束ない足取りで去っていった。


「で、これが新入りですか?」


 立ち去って行く黒騎士からは既に興味を失ったのか、ミーティアという名の少女は俺へと無雑作に近づいてくる。

 だけど、その全身から無尽蔵に溢れ出すような凄まじい魔力は、俺の足を自然と後退りさせた。


「なるほど、魔力感知くらいは出来ますのね?」


 そんな俺の行動に気付いたのか、少女の顔が笑みを浮かべる。

 その凄まじい魔力量に対する優越感を表に出した、非常に苛立たしい笑みを。


「あ、ああ。

 一応これでも魔術師だからな」


 その笑みを見た俺は、相手の魔力量を見て少しばかり苛立っていたのかもしれない。

 ……相手は俺の肩よりもまだ背の低い、小さな子供だというのに。

 さっきの戦いに闖入出来なかった無力感や、何度も焼き切れて思い通りにならない自分自身の魔術経路の弱さを感じていたからこそ。

 そしてシューレヒム市の魔術学園に在籍した頃も、自分自身の魔力量の足りなさに何度も歯噛みしていたからこそ……その少女が持つ魔力の尋常ならざる大きさに幽かな嫉妬を覚えてしまったのだ。


 ──こんな小さな少女の微笑を、優越感混じりの苛立たしいものだと感じたのはその所為なのだろう。


 だけど、感情を理性で統率出来ないなんて魔術師として情けないことこの上ない。

 自己分析を終えた俺は、少しばかり反省をする。


 ──無力感を感じるのは別に悪いことではない。


 ……その弱さを閃きや経験で乗り越えれば良いだけなのだから。

 だが、自分以外の誰かにその弱さを押し付けるのは害悪でしかないだろう。

 俺はその反省を胸に刻み込む。


 ──今日よりも更に魔術師に相応しい人間になるために。


「へぇ、魔術師、ですか」


 だからこそ、気付かなかったのだろう。

 ……ミーティアの笑みが突然殺意を交えたものに変わっていたのを。


「ああ、ディン=ダーダネルスだ。よ……」


 よろしくと、俺が口を開こうとした瞬間だった。

 少女の手が動き、ふわりと長めの袖が翻ったかと思うと。


「むかつきますわっ!」


「……ろじっ?」


 疑問に思う間もなく、顎に衝撃が走る。

 「く」の発音も出来ないまま、その衝撃は俺の思考を一瞬で断ち切った。

 視界がぼやけると同時に、身体が宙に浮くような感覚を感じる。

 これは……現在、俺の身体は自重を支えきれずに崩れ落ちている状況、じゃないだろうか?


「ちょ、ちょっとミィ!

 幾らなんでもそれは!」


「ふふん。この程度の一撃が避けれないような雑魚、この戦いに必要ありませんわ」


 薄れ行く意識の中、俺の耳にそんな声が入った気がしたのだが。


 その真偽を確認する間もなく、俺の意識はそのまま闇の中に閉ざされていったのだった。


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