人間という存在
それから、グラースは何度かファルマの所を訪れました。
何日。何ヵ月。何年。
気が向くたびに、グラースは火山へやって来ます。
やがて、ファルマもグラースに対して親しみを持つようになっていたのです。
ある日。
それは珍しく火山に雨が降る日でした。
「グラース。村に出向こうとは思わんのか?」
ふらりとやって来たグラースに向かって、ファルマは話しかけました。
「私は、人間に恋心を抱いてしまった。罪深き竜なのだよ……」
「人間……か」
「しかし。その人間は『冬の結晶』を護るために消えてしまった」
そう語るグラースは、悲しそうに空を見ます。
「人間に、失望したか?」
何気なくファルマは聞きました。
「いや。これで私は『冬の結晶』を見守ることができる」
意外にも、グラースは笑いながら答えました。
「私には……分からぬ感情だ」
興味がないように、ファルマはそっけなく言いました。
「一度は、人間を恨んだ……だが」
グラースの青い眼が、ファルマを見つめます。
「結局、私は人間を嫌いになれないようだ」
グラースは少しうんざりしたような顔をしました。
「確かに、ファルマの言う通り人間は愚かだ。つまらぬことで戦争を起こし、自らの勝手で周りを壊す。……しかし。私はそんな人間の本質に魅せられたようだ」
「奴らの本質など……欲望の塊に過ぎぬ」
ファルマはそう言って、鼻で笑います。
「見た目ではそうだろう。だが、よく見てみれば、彼らの本質は見えてくる」
静かに眼を閉じるグラース。
ファルマは、それを何も言わずに見ています。
「ファルマはなぜ、人間を嫌うのだ?」
唐突にグラースは聞きました。
するとファルマは、少し考えるように黙りこんでしまいました。
「わからぬ。ただ……我等とは相入れぬと思ってな」
「相入れない……か」
「思考、身体、寿命。全てが我等とは違う。本音を言ってしまえば、人間という『者』がわからない」
わずかにひげを震わせながら、ファルマは静かに言いました。
結晶を守る者として、ファルマは人間との関係を絶ってきました。しかし――
人間という存在がわからない。これが一番の理由なのかもしれません。
「ファルマ。一度、人間と話してみろ」
笑いながら、グラースは言いました。
「人間と話して、村との関係を作ってみろ」
「それが何になると言うのだ?」
「ふふっ。少しはわかるかもしれんぞ。人間という『者』がな」