『魔力ゼロの欠陥品』とエリート魔術学園を追放された少年、実は物理法則を書き換える超能力者でした 〜隕石落とし? 摩擦係数をゼロにして滑らせて捨てました〜
魔術至上主義を掲げる王立ルミナス魔術学園の講堂に、冷たい笑い声が響き渡った。
「測定不能……いや、ゼロだ! 我が校の歴史上、魔力反応が完全に皆無な『欠陥品』など前代未聞である!」
教壇の上で測定石の数値を読み上げた主任教師が、汚物を見るような目でシンを見下ろす。周囲に並ぶ名門貴族の生徒たちからも、侮蔑と嘲笑が浴びせられた。
「魔力なしの平民が、よくも推薦枠に潜り込めたものだな」
「歩く粗大ゴミめ。一族の恥さらしが」
シン=クロノは、何も言わずにただ肩をすくめた。彼らが誇らしげに纏っている青白い燐光――いわゆる『魔力』なる未知の粒子が、自分に宿っていないことくらい最初から知っていた。
「よってシン=クロノ、貴様には即刻退学処分を言い渡す。今すぐ敷地内から立ち去れ!」
言い渡された宣告にも、シンの心は波立たなかった。
彼らにとって世界の理は「魔力」なのだろうが、シンの視界に広がる世界はもっと純粋で、もっと無機質な数字と法則に満ちていた。
分子の振動、重力加速度、ベクトル、摩擦係数。
シンが生まれ持った異能は、魔術などという曖昧な奇跡ではなく、**物理法則の直接観測と書き換え**だった。
荷物をまとめ、校門へ向かって歩きながら、シンは足元に小さく意識を向けた。靴底と石畳の間の動摩擦係数を極限まで跳ね上げ、急停止する。次に、自身の質量にかかる慣性力を一瞬で消去し、反動ゼロで直角に曲がる。
魔術師たちは魔力障壁で身を固めるが、あれはあくまで魔力干渉を遮断するものにすぎない。熱エネルギーを奪って絶対零度に凍りつかせようが、運動量を直接叩き込んで内臓ごとミンチにしようが、彼らの「最強の盾」はまるで意味をなさないのだ。
「まあ、面倒な講義を聞かずに済むなら、それもいいか」
そう呟いた瞬間だった。
空が、血のような赤色に染まった。
けたたましい警報の鐘が乱打され、大気を切り裂くような轟音が学園の上空を震わせる。
「ヒャハハハ! 名門ルミナスのひよっこ共め! 我が『断絶の黒羊』が捧げる終末の贄となれ!」
漆黒のローブを纏った集団――古代魔術を崇拝する凶悪なテロリストたちが、学園の結界を粉砕して雪崩れ込んできたのだ。その中心に浮かぶのは、首魁と思われる仮面の男。彼が詠唱を完了すると、上空数百メートルに直径五十メートルを超える燃え盛る巨大な岩塊が召喚された。
古代戦略級魔術――『星辰墜落』。
「ひ、ひぃぃっ! 隕石落としだと!?」
「逃げろ! あんなもの、全校生徒の障壁を合わせても防ぎきれるわけがない!」
先ほどまでシンを嘲笑していた主任教師は、生徒たちを押しのけて真っ先に逃げ惑い、エリートを自負していた同級生たちは腰を抜かして泣き叫んでいた。退路は炎に塞がれ、学園全体が焦熱地獄の坩堝と化そうとしている。
シンは天を仰ぎ、深いため息をついた。
門の向こうへ歩き去ることもできた。だが、瓦礫の陰で震えながら抱き合う下級生たちの姿が目に入った。
「……後味が悪すぎるな」
シンはくるりと踵を返し、校庭の中央へと歩み出た。
空から降り注ぐ絶望の質量。圧縮された空気が超高温の断熱圧縮を起こし、地上に凄まじい熱風を叩きつけている。直撃すれば、学園はおろか周囲の街ごと消滅する。
「おい、欠陥品! 何をしている、早く逃げ……!」
腰を抜かした同級生が叫ぶ。
シンは聞く耳を持たず、落ちてくる巨大な隕石に向けて、ただ静かに右の掌を掲げた。
「接触面の動摩擦係数――ゼロ」
「空気抵抗――極限拡大」
「下向きのベクトルを、水平方向へと転換」
ゴオォォォッ! と音を立てて激突した瞬間、世界は沈黙した。
爆発は起きなかった。衝撃波も走らなかった。
轟音とともに地平を粉砕するはずだった巨大な隕石は、シンの掌の上に張られた『不可視の極薄滑り台』に触れた瞬間、つるりと斜め横へ滑走したのだ。
ズザザザザァァァッ!
まるで氷の上を滑るカーリングストーンのように、隕石は運動エネルギーの向きだけを水平に書き換えられ、シンの真横を掠めて無人の演習場へと水平射出された。遥か彼方の荒野で、派手な土煙が上がる。
「な……!?」
空に浮かぶテロリストの首魁が、目を剥いて絶句した。
「ば、馬鹿な! 古代最高位の破壊魔術だぞ!? いかなる魔力反応もないただの子供が、なぜ軌道を逸らしたのだ!?」
「別に逸らしたわけじゃない」
シンは静かに言った。その声は、音波の指向性をいじったせいで、空の首魁の耳元で直接囁くように響いた。
「摩擦をゼロにして、滑らせて捨てただけだ」
「貴様ァッ! 死ねぇ!」
逆上した首魁が、両手から極大の火炎奔流を撃ち放つ。鉄をも気化させる数千度の劫火がシンを呑み込もうと迫る。
シンは、パチンと指を鳴らした。
「熱力学第二法則、エントロピー逆転」
迫り来る炎から、一瞬にしてすべての熱エネルギーが奪い去られた。
赤く燃え盛っていた炎は、シンに触れる直前で白く凍りつき、カランカランと乾いた音を立てて硝子の破片のように砕け散った。絶対零度の冷気により、校庭の空気が液体酸素となって霧雨のように降り注ぐ。
「ヒッ……な、なんだ、お前は……! 魔力障壁を張れ! 最大展開だ!」
恐怖に狂ったテロリストたちが、分厚い魔力の多重障壁を展開して身を固める。
「無駄だよ。君たちの壁は、物質を止めることしか想定していない」
シンは足元に転がっていた小石を拾い、親指で弾いた。
ただのデコピン。だが、指を離れた瞬間に小石の慣性質量は極小化され、空気抵抗はゼロに書き換えられる。音速の数十倍に達した小石が、真空の軌跡を描いて撃ち出された。
衝撃波すら置き去りにした小石は、彼らが誇る多重障壁を紙風船のように貫通し、首魁の肩を抉って後方の時計塔を粉砕した。
「ぎゃああああっ!」
「あ、悪い。ちょっと威力を絞り損ねた。運動エネルギーの計算をミスったよ」
首魁が墜落し、残ったテロリストたちは戦意を喪失してその場にへたり込んだ。
戦闘時間は、わずか一分にも満たなかった。
校庭には、完全な静寂が降りていた。
退学を言い渡した主任教師は口を金魚のようにパクパクと開閉させ、同級生たちは神を見るような畏怖の目でシンを見つめている。誰一人として、起きた現象を理解できていなかった。ただ、「魔力ゼロの欠陥品」と切り捨てた少年が、世界を滅ぼしかけた軍団を指先一つで蹂躙したという事実だけがそこにあった。
「さてと。退学になったことだし、帰るか」
シンが何事もなかったかのように踵を返した、その時だった。
「素晴らしい……! 実に素晴らしい現象だ!」
パチパチと乾いた拍手を鳴らしながら、瓦礫の向こうから白衣をまとった女性が歩み出てきた。
その胸元には、世界最高峰の研究機関であり、大陸中の英知が集う『帝立真理院』の最高位階を示すバッジが輝いていた。
「魔力に頼らず、この星の根底にある『理』そのものを干渉・観測する力……君の名はシン=クロノだね? ルミナス学園の査察に来ていたんだが、とんでもない至宝を見つけてしまったようだ」
女性は主任教師を一瞥し、侮蔑を込めて鼻を鳴らした。
「魔力しか測れぬ旧時代の玩具で、この神童を『欠陥品』と切り捨てたのかい? 愚鈍極まるな。ルミナスの看板も地に落ちたものだ」
真っ青になって震える教師を無視し、女性はシンの前に跪くようにして一枚の金色の推薦状を差し出した。
「シン君。こんなカビの生えた魔術学園など今すぐ捨てて、我が真理院の特待生として来ないかい? 君の研究環境、予算、地位のすべてを私が保証しよう。君が見ている世界の真実を、ぜひ私たちに教えてほしい」
呆然と立ち尽くす元同級生たちと教師の視線が、痛いほど突き刺さる。
シンは差し出された推薦状を受け取り、薄く笑った。
「いいですよ。ちょうど、もっと広いところで色々と試してみたかったところですから」
振り返ることもなく、少年は歩き出す。
自分を縛り付けていた矮小な魔術の檻を脱ぎ捨て、物理の真理が待つ新たなステージへと、軽やかな足取りで踏み出していった。




