正しい依存の作り方
柊真は、オンラインゲームで「ミユ」と出会った。
顔も本名も知らない。
それでも、毎晩のように同じ時間にログインして、同じステージを攻略して、同じことで笑っていた。
「ナイス、今の完璧!」
ヘッドセット越しの声は、少し高くて、よく笑う。
ただのゲーム仲間。 そのはずだった。
「大会、出てみない?」
ミユがそう言ったのは、何気ない会話の中だった。
軽いノリの提案だったのに、気づけば本気になっていた。
そして――初めて会うことになる。
会場で見つけたミユは、思っていたより大人びていた。
「……シン?」
少し不安そうに笑う顔。
「ミユ?」
「うん、やっと会えた」
ぎこちない会話。けれど、不思議と落ち着く距離感。
違和感が生まれたのは、その後だった。
大会の合間、別の女性プレイヤーに話しかけられる。
「さっきの動きすごかったです」
ほんの短い雑談。笑って、軽く返しただけ。
それだけだった。
だが、振り返ったとき。ミユの表情が、一瞬だけ固まっていた。
大会後。
「ねえ、シン」
「うち、来ない?」
迷いはあった。
けれど、それ以上に“いつも通り”の延長のように感じてしまった。
彼女の家は、妙に静かだった。
生活感が薄く、音が吸い込まれるような空間。
玄関に入った瞬間、理由の分からない違和感が胸に残る。
「どうしたの?」
背後からの声。
「いや……静かだなって」
「ふふ、そう?」
リビングに通される。
座った瞬間、ミユが立ったままこちらを見ていることに気づく。
「ねえ」
その一言で、空気が変わる。
「さっきの人、誰?」
問いは続く。逃げ道はない。
真が答えようとした瞬間、視界が揺れた。
床が近づく。意識が途切れる。
目を覚ましたとき。体は思うように動かなかった。
手首と足が固定されている。
完全ではないが、逃げられない程度に。
「起きたね」
ミユは椅子に座り、こちらを観察していた。
「なんで他の人と話すの?」
責める口調ではない。
ただ、本気で理解できないという響き。
真は黙る。
それが唯一の抵抗だった。
沈黙が、空気を変える。
「答えて」
距離が詰まる。呼吸が浅くなる。
空気が重くなる。
限界の直前で、圧が消える。
真は荒く息を吐いた。
「なんで言わないの?」
その声には、怒りではなく、焦りが混ざっていた。
やがてミユはスマホを取り出す。
映像が再生される。薄暗い場所。
手ブレした画面。そこに映るのは大会で話していた女性。
途中で止まる。だが、それで十分だった。
「選んで?」
ミユは微笑む。
「私と、この子」
言葉は軽い。 だが、選択の意味は重すぎた。
真は気づく。もう、どちらを選んでも同じだと。
「……お前だよ」
その一言で、すべてが確定する。
ミユは泣きながら笑った。
「よかった……」
拘束は解かれる。だが自由は戻らない。スマホは奪われる。
「もういらないよね?」
外との繋がりは断たれる。
「シンが連絡取る相手、私だけでいいでしょ?」
ミユは優しくなる。
食事を作り、穏やかに話しかける。
だが、その優しさには条件がある。
「ちゃんとやろ?」
少しでも拒めば、空気が変わる。
ある日、彼女は語る。
「シン、優しかったから好きになった」
ただの一言一言が、彼女の中で積み重なっていった。
「もっと一緒にいたいって思った」
「でも足りなかった」
「私だけじゃダメだった」
その言葉に、歪みはない。ただ、方向が壊れている。
「だから、こうするしかなかった」
ミユは迷いなく言う。逃げ道は、もう存在しない。
「……ミユ」
名前を呼ぶ。
「ちゃんと見るよ」
それが嘘かどうか、もう分からない。
ミユは涙を流して笑う。
「やっと繋がれた」
時間が過ぎていく。どれくらいかは分からない。
外の世界は、薄れていく。名前も、場所も、人も。
思い出そうとしても、輪郭がぼやける。
「シン」
呼ばれる。反応する。それでいい。
それだけで、満たされるようになる。
「好きだよ」
「うん」
そのやり取りだけが、繰り返される。窓の外は見えない。だが、もう気にならない。ここがすべてだからだ。
二人だけの、閉じた世界。その中で、静かに、確実に。
“外”は消えていった。




