広間にて
「北方騎士団、アルフレッド団長! こたびの功績を称え、そなたを余の娘エリーゼの婿とする!」
広間に響きわたった国王の宣言に、列席者からどよめきがおこった。驚愕七割、称賛二割、あとの一割は嫉妬と憎悪の盛り合わせといったところか。
この日、王宮では長きにわたる戦争の終結を祝うとともに、武官への論功行賞が行われていた。
そこで真っ先に名を呼ばれたのは、泣く子も黙る北方騎士団の団長。今回の戦を勝利に導いた立役者であるアルフレッドだった。
「そなたの働きにより我が国は救われた。さあ、面を上げよ。こちらへ参って、そなたの妻の手をとるがよい」
国王の言葉に、床に片膝をついて騎士の礼をとっていたアルフレッドが顔をあげた。とたんに、ほうという感嘆の息が列席者──とりわけ貴婦人の唇からもれる。
漆黒の髪に切れ長の黒い瞳。均整のとれた長身。凛々しくも、どこか艶めいた端整な容貌。見る者のため息を誘う美丈夫に、玉座の側に立つ王女も熱い視線を送っている。
「おそれながら、陛下」
片膝をついたまま、アルフレッドは恭しく口を開いた。
「王女殿下を賜るなど、我が身には過ぎた恩恵でございます。なにより私は平民の出。とても王女殿下に釣り合う身ではございません」
「もとはどうであれ、いまは誉れある北方騎士団の首領ではないか。一介の平民から騎士に昇りつめたそなたの器量を、余は買っているのだ」
「ありがたきお言葉ですが、所詮は成り上がりの身にございます。財も土地もない私に、王女殿下をお迎えするなどとてもとても……」
「なに、心配するでない。そなたには王女とともにニルヴァ伯領を与えよう。もちろん、爵位もともにな」
おお、と再びどよめきが起こる。
しかし当のアルノルトの表情は変わらない。いや、目のいい者ならば、その口元がわずかに歪んだことに気づいたかもしれない。
「ニルヴァねえ……」
ほとんど唇の動きだけで発せられたつぶやきに、国王の右隣に控える宰相代理、ギーゼン公の眉が跳ね上がる。
亜麻色の髪と水色の瞳、怜悧な美貌の持ち主であるギーゼン公は、三十そこそこで国政を仕切るだけあって、たいそうな切れ者として知られている。そして同時に「ありえないくらいの地獄耳」としても非常に有名だった。
「ありがたいお申し出なれど、かの地は国境に接しております。こたびの戦には勝利したとはいえ、いつまた戦禍に見舞われるか。王女殿下のお住まいとしては少々危ういのではございませんか」
「ゆえにそなたを遣わすのだ。戦神と呼ばれたそなたが守護するとなれば、隣国もおいそれと手は出せまい」
「……勝手なこと言いやがる」
ひくり、とギーゼン公のこめかみが脈打つ。それを見たアルフレッドの黒い瞳が少しだけゆるみ、ギーゼン公はさらに眦を吊り上げた。
「もったいないお言葉です。しかし、おそれながら彼の地は豊かとは言いがたく、まともな税収を得られるようになるまで相当な年月がかかりましょう。王女殿下に不自由な思いをさせてしまうことは明らかなれば、やはりこのお話は……」
かさねて固辞するアルフレッドに、国王はやれやれと首をふる。
「そなたも存外心配性な男よの。よしわかった。王女には持参金として金貨五百枚を持たせよう」
「はあ、五百……」
「不足か」
「いえ、私にとっては途方もない大金でございますが、王女殿下にはとっては一年の衣装代にもならぬのではと」
「そうかの。では一千枚で」
「二年分でございますか」
「その頃には領地の税収もあがっているのでは」
「はは、ご冗談を。どんなに少なく見積もっても十年はかかるかと」
「では五千枚?」
「もうひと声」
「──いい加減にしろ!」
国王と騎士団長のやりとりを、宰相代理の怒声が断ち切った。よほど腹を立てているのか、ギーゼン公は全身を震わせながらアルフレッドに指を突きつける。
「さっきから聞いていれば貴様、あれは嫌だこれは嫌だと勝手なことを! あげくのはてに金貨だと!? ふざけるな! 貴様にくれてやる金などない!」
「いや、俺じゃなくて王女さまのですって」
急にくだけた口調になったアルフレッドは、立ち上がって肩をすくめる。
「同じことだ。いいか、貴様らは戦争に勝った勝ったと浮かれていればいいが、本当に大変なのはここからなんだ。傷病者への補償に戦災孤児の救済に戦債の返済! 破壊された街の復興もだ。ああ、思い出した! ネーベの橋を落としたのは、おまえの部隊だったな!」
「あれは戦術上仕方なかったんですよ。ちゃんと閣下の許可もとりましたよね?」
「橋落とすのと堤防切るのどっちがいい? なんて二択を突きつけられて正常な判断を下せると思うか!?」
「そのわりにちゃんと選んでましたよね。いやあ、俺も橋のほうがマシだと思ってたんですよ。さすが閣下」
「ほめるな、嬉しくない!」
床にかかとを打ちつけ、ギーゼン公は「とにかく」と頭をふる。
「そういうわけで、我が国にはいま金がない。持参金などもってのほかだ。おまえは王女だけ連れてさっさとニルヴァへ行け」
「それじゃ恩賞どころか苦役です。なんで要りもしない嫁さん連れて、未開の地に行かなきゃならないんです」
「未開じゃない。それにあそこは水利が悪いだけで、もともとの土壌は悪くないんだ。灌漑がうまくいけば、豊かな収穫は十分に見込める。知りもせずに決めつけるな。ニルヴァの民に謝れ」
「はいはい、いまのは俺が悪かったです」
降参するようにアルフレッドはかるく両手をあげる。
「閣下が俺に良い土地選んでくれたことは感謝しますよ。けど、王女さまはいりません。嫁さんくらい自分で見つけますんで」
「はっ、そんな悠長なこと言ってるうちにあっという間に三十超えるぞ」
「ああ、閣下みたいにですか?」
鼻で笑ったギーゼン公に、アルフレッドも負けじとせせら笑いを返す。
「なら、閣下が王女さまに結婚申し込んだらどうです」
「冗談じゃない。戦時中でも衣装代の減額に応じなかった金食い虫なんぞ、こっちから願い下げ……」
そこでギーゼン公は口をつぐんだ。
耳が痛くなりそうな静寂のなか、ギーゼン公の地獄耳は、背後のカタカタという微細な音を聴きとっていた。それはおそらく、国王の身が、衣装が、王冠が震える音で……
「──こやつらをひっ捕らえよ!」
その日、大広間で行われた論功行賞は、国王の怒声で幕を閉じた。




