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春のきらめき

作者: 空野 翔
掲載日:2026/04/04

朝の空気がまだ薄暗い中、目覚ましが鳴る前に自然と目が覚めた。

カーテンの隙間から差し込む淡い光が、部屋の床に細い一本の線を描いている。

その線が昨日までとは違う色に見えた。淡いピンクとかすかな金色が混ざった、春の最初の光。

胸の奥で、何かがぴくんと跳ねる。


誰かが耳のすぐそばで、「ねぇ」って呼んだ気がした。でも部屋には誰もいない。

ただ、心のどこかで小さな声が繰り返している。


ねぇ。

ねぇ、今日ってどんな日になるんだろう?

ねぇ、きっと何かすごいことが待ってるよね?


ベッドから起き上がると足が勝手に床を離れた。

まだ眠いはずの体が、今日は妙に軽い。

まるで、夜の間に誰かが体の中の重りを全部外してくれたみたいに。


洗面台の前で顔を洗う水が、いつもより冷たくてちょっと気持ちいい。

鏡に映る自分の目がなんだか、いつもより何だか少し大きく見える。

瞳の中に今日という一日が、まだ真っ白に広がっている気がした。


「よし……今日は、いつもより遠くまで行ってみよう」


独り言なのに声に出した瞬間、胸がどきっと高鳴った。

期待って、こんなに形があるものだったっけ。


玄関でスニーカーを履く。

白い三年選手。 俺のお気に入りだ。

つま先が少し擦り切れて、踵の内側が黒ずんでいる。

でもこの靴を履いた瞬間、足の裏全体が「行こう」って言い出す。

紐をきつく結ぶ指先が、なんだかワクワクで震えている。


ドアを開けた瞬間、春の空気が一気に体の中に入ってきた。

まだ少し冷たいのに、甘い花の匂いが混じっている。

遠くで電車の音が響き、どこかで子供の笑い声が聞こえる。

全部が、今日という日の始まりの合図みたいだ。

そんな風に思えた。


通学路を少し外れて、いつも素通りする公園の脇道に入ってみる。

桜の木の下はまだつぼみが固いけど、一歩踏み出すたびにぱらぱらと小さな花びらが舞い落ちてくる。

まるで「ここに来てくれてありがとう」って言われているみたいで、思わず立ち止まって、空を見上げた。


イヤホンから流れる軽やかなリズムが、心臓の音とぴったり重なる。

言葉はないのに、まるで「もっと速く」「もっと遠くへ」「もっと見て」って

誰かが一緒に走ってくれているみたいだ。


今日は学校の正門じゃなくて、裏の古い門から入ってみよう。

誰も使わない鉄の扉は少し錆びていて、押すと低いきしむ音がする。

でもその音さえ、なんだか冒険の始まりみたいで好きだ。


門をくぐると、校舎の裏側に広がる小さな丘が見える。

普段は見えない角度から見る校舎は、なんだか新しくて大きい。

丘の上まで階段を上る。

一段上るごとに街が少しずつ遠くに広がっていく。

遠くの山の稜線が朝焼けで赤く染まり、その向こうにまだ見えない明日が待っている気がした。


階段の途中で立ち止まって、深く息を吸う。肺いっぱいに春が入ってくる。

花粉と、土の匂いと、遠くの川の匂いと、焼きたてのパンの匂いまで混ざって、

体の中が全部春で満たされていく。

何だかうまく言えないけれど、そんな風に感じた。


ねぇ。


またあの声が心の奥から響く。


ねぇ、明日もこんな朝が来るよね?

ねぇ、明後日も、もっとすごい景色が見えるよね?

ねぇ、きっと、毎日がこんなふうに始まるんだ。


階段を全部上りきって、丘のてっぺんに立つ。

風が強く吹いて、髪をぐしゃぐしゃにかき回す。でもその風が、すごく気持ちいい。

まるで、世界中が「ようこそ、今日へ」って迎えてくれているみたいだ。


スニーカーの先で地面を軽く蹴ってみる。ぽん、と小さな音。

その音が、胸の中で大きく反響する。


まだ何も起こっていない。

授業はいつも通りかもしれない。

友達との会話も昨日と同じかもしれない。

でもそれでいい。


新しい道を歩いたこと。知らない階段を上ったこと。

桜のつぼみを間近で見たこと。朝の風を全身で受け止めたこと。

それだけで今日という日はもう、とてつもなく特別な一日になっている。


ふと、頭の中でまたあの軽やかなビートが加速する。

俺は小さく笑って、もう一度強く紐を結び直した。


「よし……明日も、もっと遠くまで行こう」

風が俺の言葉をさらって、空の向こうまで運んでいく。

どこまでも青くて、どこまでも広い春の空の下で。

小さな期待が、次から次へとぷくぷくと湧き上がってくる。


今日もきっと、

明日もきっと、

何かすごく「生きてる!」

って感じのことが待ってる。


――そんな確信が、胸の真ん中で、ぱちん、と明るく弾けた。


―終わり―


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