木剣使いは白金を超えたい〜 神樹の剣を手にした少年が冒険者の頂点へ成り上がるまで 〜
連載候補の短編として作ってみました!
(つまんねえ。つまんなすぎるだろ、この村……)
俺はアルバ。
田舎村で暮らしてる村人だ。年は13歳。
じいちゃんと2人で暮らしている。
俺の1日は畑仕事から始まる。
朝起きて、畑を耕す。昼飯を食ったら、また畑に戻る。
ひたすらそれの繰り返し。
生きるためにはしょうがないと、頭では分かってる。
分かってるけど……つまんねえ。
だから俺は決めたのだ。
(この村を出て、冒険者になってやる)
こんな田舎村だが、年に1度ぐらい旅人がやってくる。
俺は旅人の話を聞きにいくのが好きだった。
飯以外だと、唯一の楽しみだったかもしれない。
旅人いわく、世の中には「冒険者」という職業があるらしい。
恐ろしい魔物を退治して人々を救い、未踏の地から金銀財宝を探し出す。
常に冒険に挑み続ける勇敢な者たちをそう呼ぶのだという。
初めてその話を聞いたとき、雷に打たれたかのように全身が震えたのを覚えている。
それは俺が心の底から求めてやまない、憧れの世界そのものだったからだ。
俺はいつしか冒険者になりたいと思うようになっていた。
だが、じいちゃんは大反対だった。
「アルバ。お前は外の世界のことを何も知らん。ただ村のガキが冒険者になっても、すぐ死ぬだけだぞ」
じいちゃんの時代は、今よりも魔物が多かったらしい。
この村も過去、凶暴な魔物に襲われたこともあるという。しかし、それも何十年も前の話だ。
冒険者たちの活躍によって、国中の魔物の数は確実に減っているという。
俺も魔物を見たのは一度だけで、それも野うさぎのような小さな魔物だった。
(外の世界のことを知らない?違うだろ、じいちゃん。外の世界を知りたいから、冒険者になりたいんだよ)
実は俺は、この村の生まれではない。
母親はまだ小さい俺を抱えて、突然この村にやってきたという。
それを助けたのがじいちゃんだった。
母親は病気を抱えていて、すぐ亡くなってしまったらしい。俺もほとんど記憶がない。
親代わりに育ててくれたじいちゃんに悪いとは思ってる。
でも俺は外の世界を知りたかった。
そして、自分は何者なのかも……。
この国では15歳から大人として認められる。
そしたら、俺はガキじゃない。
冒険者になるために村を出るつもりだ。
(だけど、あと2年もあるんだよな……)
俺はため息をつきながら、村の裏にある山の中を進んでいた。
行き先は、山腹にあるお気に入りの場所。
見晴らしがいいところで、そこから村の外を眺めるのが俺は好きだった。
昼飯を食べたあとの空き時間、俺はその場所で冒険者になることを夢見ながら昼寝をするのが日課だった。
そうでもしないと、こんな村の生活はやっていけないのだ。
山の斜面を登り続けると、いつもの場所が見えてきた。
「ん……?」
普段は俺しか来ないはずの場所に、見慣れない人間がいる。
大剣を背負った銀髪の女性が立っていた。
俺の気配に気づいたのか、女性がこちらを振り返る。
長い銀髪が、ふわりと風に揺れた。
「ここは眺めが良いね。平和でいい村だ」
そう言った彼女は、とても綺麗な顔をしていた。
少女と呼ぶほど幼くはないが、大人と呼べるほど成熟してもいない顔立ち。
どこか悟ったよう眼差しが印象的だった。
そして目につくのは、彼女の身の丈ほどもあるバカでかい大剣。
肩や胸を覆う白銀の鎧。そして紺色のマント。
この服はまさか……。
「あんた、もしかして冒険者か……?」
「そうだよ」
女冒険者の答えに、俺は体が熱くなっていくのを感じていた。
「な、何でこんなところに……」
「知り合いがこの辺の出身でね。一度訪れてみたいと思ってたんだ」
女冒険者はどこか遠い目をしながら言った。
これ以上踏み込んではいけない、そんな気がする。
だが、彼女がここに来た理由なんてどうでもよかった。
生まれて初めてみる冒険者。
憧れの存在を前にして、俺の胸は高鳴っていた。
「……あのさ、俺を冒険に連れてってくれないか?」
言ってから、俺は俺自身に驚いた。
まだ会っても間もない。会話も一言二言しか交わしていない相手に何を言ってるんだろうか。
「ず、ずっと冒険者に憧れてて。夢なんだ。冒険者になるのが……」
取り繕いたかったが、上手く言葉にできなかった。
女冒険者は困惑というよりかは、不思議そうな顔をしている。
「なんで冒険者になりたいの?平和そうな村なのに?」
「平和なだけで退屈なんだよ……。俺はもっと外の世界に出てみたいんだ」
「そう。じゃあ頑張って」
そう言って、女冒険者は立ち去ろうとする。
確かに初対面のガキにこんなこと言われても困ると思うけど、ちょっと淡泊すぎるだろ。
もうちょっと取り合ってくれてもいいじゃないか。
「あ、ちょっと待って、待って!」
俺は女冒険者の行き先を塞ぐように立つ。
勢いで言ってしまったとはいえ、冒険者になりたいのは本心だ。何とかあがきたかった。
「連れてってもらえるなら、雑用でも何でもやる。連れてけば、絶対役に立つから。だから、頼むよ……」
俺は女冒険者に向かって拝み倒す。
チラっと様子を伺うと、彼女は俺のことをただじっと見ていた。
「まあ……これも縁かな。久しぶりだし、こういうのも」
何かを懐かしむように女冒険者はつぶやいた。
「キミ。名前は?」
「お、俺はアルバ」
「私はクオン。さて、さっき何でもやるって言ったよね?」
クオンと名乗った女冒険者は、どうやら乗り気になってくれたようだ。
まさかの展開に今さら不安が込み上げてくる。
でも大口を叩いてしまった以上、後戻りはもうできない。俺は勢いのまま答えた。
「あ、ああ!何だってやる」
「じゃあ、こういうのはどうかな」
クオンは、右手を顔の前に構える。
右手の人差し指には、白銀の指輪がついていた。
その指輪が突然、眩い光を放ち始める。
「なっ…………」
クオンの真横。
何もないはずの空間に突然、黒い穴ができた。
彼女はためらうことなく、そこに腕を突っ込む。
「あれ、どこだろ。いつも適当にぶっ込むからな……」
ごそごそと腕が動いている。
あの穴の中で、何かを探しているだった。
俺は呆然としながら、黒い穴を指さす。
「なんだ、これ……」
「魔道具。いわゆる魔法の道具かな」
村にきた旅人からも聞いたことがあった。
水が無限に沸く甕。
傷を癒す宝玉。
龍だけを殺す剣など。
優れた冒険者は、魔法の力が込められた不思議な道具を使いこなすという。
「よし。あったあった」
クオンが穴から腕を引き抜く。
その手には、先ほどまで持っていなかったはずの何かを握っていた。
彼女はそれを地面に突き刺す。
木の剣だった。
吸い込まれるような深みのある茶色。
剣と鍔が一体となっており、まるで十字架のように見えた。
「この木の剣を君に貸してあげる」
「これを、俺に……」
「そう。これを使って、あれを斬ってみてよ」
クオンは近くにあった大きな岩を指さす。
大人の男くらいの大きさはあるだろう。
「は? こんな木の剣じゃ、岩なんて斬れないだろ 」
木と岩だったら、普通に考えて岩の方が固い。
それくらいは村で育った俺でも分かる。
「その剣、試しに持ってみて」
クオンが淡々と言う。
一体どういうことなんだろうか。
俺は言われるがまま、地面に突き刺さっている木の剣の前まで進む。
剣の柄はちょうど俺の胸くらいの位置にあった。
片手で柄を掴み、引き抜こうと力を込める。
「――――重たっ!?!?」
持ち上げようとするが、まるで動かない。
両手で柄を掴み、全力で力を込めてやっと、剣先が地面から引き抜けたくらいだった。
俺はあまりの重さに、すぐさま剣を地面に戻す。
「なんだこれ。ただの木の剣なのに、何でこんな重いんだ……!?」
「その剣は神樹で作られていてね。そう簡単には壊れないよ」
「シンジュ……?」
耳慣れない言葉だったので、思わず聞いてしまう。
「うーん。なんかすごい木のこと」
「…………」
ざっくりした答えが返ってきた。
この人、案外適当なのかもしれない。
けど、言っていることは感覚としては理解できる。
何年、何十年。いや……下手したら何百年だろうか。
この剣の重みは、木が育ってきた年月の重さなのかもしれない。
「1年後にこの剣を取りに来る。それまでにあの岩を斬れれば、キミを連れていくか考えるよ。どうかな?」
俺はゴクンと唾を飲み込む。
重すぎて持つことすら難しい木の剣。
1年という時間でも成し遂げられるかは分からなかった。
それでも、全身が沸き立つのを感じていた。
夢の冒険者に向かって一歩踏み出せたような感覚。
不安以上に、ワクワクがする気持ちが止まらなかった。
だから、俺の答えは決まっていた。
「やる。絶対やってみせる」
その言葉に、クオンが初めて微笑みを見せた。
「いいね。楽しみにしてる」
そう言い残して、彼女は颯爽と去って行った。
俺はその背中をずっと見続けていた。
◆
それから、俺の特訓の日々が始まった。
クオンから言われた大岩を壊すためには、まず木の剣を自由に使えなければならない。
しかし、今の俺は木の剣を持ち上げることができない。
やるべきことは分かりやすかった。
地面に刺さっている木の剣の柄を両手で掴み、全力で持ち上げる。
ただひたすら、それを繰り返した。
やることはバカみたいに単純なのだが、これがまあ……とんでもなくキツい。
5回ほどやっただけでも、疲れのためか腕が上がらなくなるのだ。
でも、他にいい方法も思いつかない。
俺は歯を食いしばりながら、地道にやり続けた。
特訓にかけられる時間の問題もあった。
剣を持ち上げることに熱中するあまり、午後の畑仕事に戻るのが遅れるのだ。
「どこで油を売ってたんだ、このバカたれが!」
ほぼ毎日、じいちゃんの拳骨を食らう日々。
あれはマジで痛い。
じいちゃんは加減を知るべきである。
このままでは特訓が中途半端になるため、俺は時間をむりやり作ることにした。
まだ日も昇らないうちに家を出て、裏山に駆け出す。
時間が惜しいので、もちろん全速力だ。
裏山では、ひたすら剣を持ち上げる。
日が昇れば、畑に戻り農作業。
昼飯を食べたのち、裏山に駆け付けて剣を持ち上げる。
また農作業に戻る。
飯を食って、気絶するように寝る。
それが俺の新しい日課になっていた。
初めは辛すぎて、何度も辞めようと思った。
でも、ここであきらめたら、一生冒険者になれない……そんな気がしてた。
だから、何とか食らいついた。
少しずつ、変化は現れた。
日を経るごとに、木の剣を持ち上げられる時間が増えてきた。
暗いうちに裏山まで全力で駆け付けるため、夜目が効くようになり、走るのも早くなった。
そしてついでに、畑仕事をこなすスピードも速くなった。
裏山にひたすら行く俺に疑いの目を向けていたじいちゃんも、そのうち何も言わなくなった。
成果が見えてきたらか、毎日がどんどん楽しくなってきた。
そして半年後――。
俺は木の剣を天高く持ち上げられるようになっていた。
試しに岩の前に木の剣を持って立つ。
大きく刀身を振り上げ、そのまま叩きつけるように振り下ろす。
「いでっっっ!」
岩に木剣が当たった衝撃で、叩きつけた反動が腕に返ってきた。
手がじーんと痺れるのを感じる。
もちろん岩は斬れていなかった。
剣の重さだけで叩きつけた感じだったからかもしれない。
重さで体がふらつき、俺自身の力をまともにこめられなかったのだ。
「くそっ…………。絶対やってやるからな」
手は豆だらけ。
特訓と畑仕事のせいで、いつも腹は減っている。
剣を振り終わった後は、いつも全身が悲鳴をあげている。
けど、俺は一歩ずつ夢に近づいている。
その感覚は一日も休むことなく、俺の体をつき動かした。
いつしか俺は、木の剣を自由に振れるようになっていた。
そして、約束の1年後が訪れる――。
「ふむ。割れてるね」
村の裏山の秘密の場所。
初めて出会ったその場所で、クオンが楽しそうにつぶやいた。
彼女が見ているのは、真っ二つに割られた大岩だ。
「どうだ、やってやったぜ!」
俺は木剣を掲げて、意気揚々と言う。
大岩を斬れたことはもちろん嬉しい。
だがそれ以上に、この一年間特訓を積み重ねられた自分自身が誇らしかった。
「体つきも表情も以前とは別人だね。よく頑張った」
この1年で俺の身長はぐっと伸びた。
気がつけば、クオンよりも視線が高くなっている。
体も引き締まり、筋肉も付いた。
「約束は果たしたぜ。これで、俺を連れてってくれるんだよな?」
満を持して、俺は尋ねた。
これで俺は村を出られる。憧れていた冒険者になれる。
そう俺は信じ切っていた。
クオンが顎に手をあて、しばらく何かを考えるような仕草を取った。
少し間をおいたのち、彼女は抑揚のない声で言った。
「そうだね。うん、無理かな」
「は?はあああああああ!?!?」
俺の叫びが、森中に響き渡った。
「何でだよ!岩を斬れたら連れてくって話だったろ?」
「連れていくかどうか考えると私は言ったんだよ」
クオンが平然と言い放つ。
確かにそう言われた気もするが、明らかに連れていく流れだっただろ。
「ただの村人のキミが、達成できるとは思ってなかったんだ。結果には感心しているよ」
「じゃあ、何がダメなんだよ」
不満げな俺の言葉に、クオンが言葉を付け足した。
「私、結構強いんだ。今のキミじゃ、まだまだ足手まといかな」
この1年でだいぶ強くなっている自覚はあった。
でも、冒険者のクオンから見たら足りないらしい。
腑に落ちない感覚はありつつも、ここまでやって諦めたくはなかった。
「それは……もっと強くなればいいってことか?」
「うん。そういうことになるね」
それなら、話は単純だと思った。
「じゃあ、もう一度俺を試してくれ。今度はクオン、あんたが納得するようなことをやつだ」
クオンの目が若干大きくなった。
そして口元がゆっくりと上がっていく。
「アルバ。キミは面白いね。その答えは気に入った」
クオンが突然、右腕を天に掲げた。
人差し指にはめている銀色の指輪が輝きはじめる。
「じゃあ、こういうのはどうかな」
木剣を出したときと同じように、空に黒い穴が出現する。
しかも、その穴は以前より遥かに大きい。まるで沼のようだった。
クオンのほぼ真上の空を黒い穴がぽっかりと覆った。
穴の中から、巨大な何かが姿を見せた。
それは勢いよく落下して、地面に深々と突き刺さる。
「くっ…………」
衝撃による爆音と、砂煙があたり一面に飛び散った。
落下の衝撃のすさまじさに、思わず俺は顔を覆う。
砂煙の中から出てきたのは、見上げるほど大きな鉄の塊だった。
「これを斬れたら、今度こそ連れてってあげる。約束する」
俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
流石に不可能だと思った。
これと比べれば、俺が斬ったあの大岩はまるで子供だった。
俺の表情を察したのか、クオンが声をかけてきた。
「少しお見本を見せようか。その剣、貸して」
俺は呆然としながら、クオンに木剣を手渡す。
お手本……?この木剣であんな鉄塊が斬れるのか、俺は疑問だった。
剣を受け取ったクオンは、踵を返して鉄塊の前に進む。
「よく見てて」
クオンが鉄塊に向かって、剣を構えた。
その一瞬で、周囲の空気が一気に張り詰める。
彼女とは離れているはずなのに、ビリビリするような圧力が俺に襲いかかった。
俺は蛇ににらまれたカエルのように、指一本動けなくなっていた。
視線だけがクオンを追っていた。
クオンは一切の無駄がない動作で、鉄塊めがけて飛び掛かり、横薙ぎで剣を振りぬく。
そこで、信じられないものを見た。
剣先が鉄塊にすっと入り込み、葉っぱでも斬るようにそのまますっと切り裂いたのだ。
遅れて斬撃が伝播し、巨大な鉄塊の上部を斬り飛ばす。
切り裂かれた鉄塊は、断面を滑るように崩れ落ちた。
「すげえ…………。木の剣でこんなことができるのか……」
目の前で起きたことが、とても信じられなかった。
「コツは、この剣に秘められた力を引き出すこと」
「秘められた力……?」
「この剣も魔道具なんだ。神樹の魔力が込められている。その力を解き放つようなイメージだよ」
クオンが握った木剣が淡い黄金色の光をまとっていた。
あれが、秘められた力というやつなんだろうか。
その光はやがて消えていき、元の木剣に戻る。
「はい、どうぞ」
クオンは俺に木剣を渡す。
この1年で振り慣れたはずなのに、やけに重たく感じた。
今のままでは足手まといと言われた意味が分かった気がする。
俯いていたからか、クオンの足元に何かを落ちているのを見つけた。
「銀色の板……?」
「あ、私の冒険者証。危ない、危ない。失くすと怒られるんだ、これ」
そう言って、クオンは冒険者証を拾いあげた。
旅人の話で聞いたことがある。
冒険者には活躍に応じて、ギルドから階級が与えられるらしい。
クオンの冒険者証は、白く光り輝く銀色だった。
「クオンの階級は銀なのか?」
「いや。これは白金って言うんだ」
村人には全く馴染みのない言葉だった。
「プラチナ……?」
「うーん……。ちょっといい銀なのかな?」
全然分かってなさそうな回答だった。
旅人から聞いた階級の話だと、確か金属になぞらえてた気がする。
俺が知っている金属と言えば、お金だ。
銅貨、銀貨、金貨の順で価値が高い。
ちょっといい銀ならば、銀より上で、金より下といったところか?
まさか、金よりも上の階級なんてことだろう。
(あの技で2番目の階級なのかよ……)
冒険者という存在が、末恐ろしく思える。
同時に、まだその先があることに俺は不思議とワクワクしていた。
俺は握っている木剣を見つめる。
この一年、この剣を振れるようになるためだけに必死でやってきた。
その積み重ねは、確かに自分の中に残っている。
逃げなかったことが、俺の背中を押してくれる気がした。
「あの鉄塊――」
俺の言葉に、クオンが向き直る。
「あと一年で斬ってみせる。そんで、絶対あんたについていく」
俺は木剣を見せつけるように前に出し、誓ってみせた。
クオンは楽しそうな表情を浮かべている。
「期待してるよ、アルバ」
「ああ、任せとけ」
そう言い残し、再びクオンは去っていた。
こうして、俺の新たな挑戦が始まった。
だが、俺はすぐに大口を叩いたことを後悔することになる。
◆
「……なんで、斬れねえんだよ」
鉄塊の前で、俺は息を吐いた。
クオンと約束してから、すでに半年が経っている。
目の前にある鉄塊は……初めて見た日から何一つ変わってなかった。
剣は、毎日欠かさず振っている。
畑仕事が終われば裏山へ向かい、腕が上がらなくなるまで振り続けた。
回数なんて、もう数えていない。
なのに……鉄塊は、びくともしない。
(剣の力を引き出すって、どういうことだよ…………)
クオンの言葉を思い出すたび、胸の奥がざらつく。
答えは、どこにも見えなかった。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
歯を食いしばり、俺は、ただひたすらに剣を振り続ける。
――11ヶ月が過ぎた。
夜になると、夢の中で何度も同じ光景を見る。
クオンが、あの鉄塊を一閃で断ち切る場面だ。
目が覚めるたび、胸の奥に小さな焦りが残った。
「……あと一歩。あと一歩、何かが足りない」
掴みかけている感覚はある。
だが……何が足りないのか。それだけが分からなかった。
そして、俺は15歳になっていた。
村を出ると決めていた年齢だ。
この約束を果たせれば、2年前に思い描いた通り、俺は冒険者になれる。
だから、ここで諦めるわけにはいかなかった。
それでも――
無情にも、約束の1年が過ぎた。
俺は結局、鉄塊を斬ることができなかった。
そして――クオンも村に現れなかった。
クオンが来ないまま、1か月が過ぎた。
話した時間はとても短い。
それでも……彼女は約束を破るような人間じゃないと思っている。
ただ何となく……もう会えないような気がしていた。
姿を見せないクオンに、どこかホッとしている自分がいる。
約束を果たせなかったことを、知られずに済むからだ。
そう思うこと自体が、たまらなく嫌だった。
これ以上あがいても意味がない。
そんな考えがよぎったせいか、俺は数日前から剣を握れなくなっていた。
今の俺は……まるで抜け殻だった。
「アルバ!何て顔で飯食ってんだ。このバカたれが!」
怒鳴り声に、俺はハッと我に返る。
向かいに座るじいちゃんが、眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。
どうやら、また昼飯を食べる手が止まっていたようだ。
「まったく……。最近少しはマシになったと思ったが、またふてくされた顔に戻りおって」
いつもなら「うるさい」とか返すところだが、言い返す気力もいまは湧かなかった。
しばらく沈黙が続いたあと、じいちゃんが切り出した。
「お前、もう剣を振るのは辞めたのか?」
「……なっ!何で知ってるんだ……」
クオンのことは話していない。
冒険者についていくなんて言えば、反対されるに決まってる。
それなのに、じいちゃんは剣のことを知っているようだった。
「そりゃ、あれだけ毎日どこかに行っとったら、嫌でも気になるわ。バカたれが!」
そう言って、じいちゃんは粥をぐいっとかき込む。
たしかに気にならない方が不自然だ。
そんな当たり前のことも気づかないほど、俺は木剣のことしか考えてなかったようだ。
再び沈黙が続く。
俺はなんとなく、今なら話してもいい気になっていた。
「……じいちゃん。あのさ」
俺は、ぽつりぽつりとこれまでのことを話し始めた。
「なるほどな。勝手な約束をしよって……」
じいちゃんは呆れながら続ける。
「その冒険者は現れず、約束した鉄の塊も切れとらん。なら、諦めるいい機会じゃないかの」
その言葉は俺の胸に突き刺さった。
俺は思わず立ち上がっていた。
「それは……それは嫌だ!」
「じゃあ、何でウジウジしてるんじゃ?」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
「……今さら何をしても、クオンが来なきゃ意味がないだろ」
それを聞いたじいちゃんは鼻で笑った。
そして表情を引き締め、真剣な眼差しで俺を見た。
「アルバ。お前の夢は、誰かに引っ張ってもらわなきゃ叶わんのか」
まるで頭を殴られたみたいに、その言葉は衝撃的だった。
2年前の光景が鮮明に蘇る。
クオンと出会って間もなく、冒険に連れてって欲しいと頼み込んだ自分。
普通はそんなことしないだろう。
でも、そのおかげでチャンスが巡ってきたのだ。
いつの間にか忘れていた。
俺の取り柄は、その図々しさと根性くらいなのに……。
「あがけ。あきらめるな。やり通せ。お前はただの村のガキじゃ。心で負けたら何も残らんぞ」
心にかかっていた霧が、すっと晴れた気がした。
そうだ。簡単なことだった。
俺は冒険者になりたい。そんでもって、クオンと一緒に旅をしてみたい。
じゃあ、そのためにどうする?
来ないんだったら、俺から追いかければいい。
「ちっとは、マシなツラに戻ってきたのう」
「……ありがとう、じいちゃん。俺、ちょっと外出てくるわ」
もう迷いはなかった。
残っているのは、やり残したことだけだ。
「待て。アルバ」
家を出ようとする俺をじいちゃんが呼び止める。
じいちゃんはポリポリと頬をかきながら言った。
「……まあ、気張れや」
「おう!」
俺は家を飛び出し、全速力で裏山に向かった。
一人残された部屋で、老人は小さく呟く。
「まったく、世話の焼ける。冒険者にさせる気なんぞ、微塵もなかったのに……あのバカたれが」
◆
俺は裏山の、いつもの場所に立っていた。
目の前には、見上げるほど巨大な鉄の塊がある。
上部には、かつて刻まれた切断面。
クオンが切り裂いたその痕は、遠い昔の出来事のように感じられた。
(俺、クオンのこと全然知らないんだよな)
2年前、初めて出会ったとき。
冒険に連れてってくれるなら、誰でもよかったんだ。
会話したのは数回程度。
でも、強烈な印象が俺の中に残っている。
見ず知らずの田舎村のガキに、強くなるチャンスをくれた。
俺が強くなったのを楽しそうに見てくれた。
鉄塊を斬ったあの技はすさまじかった。
なぜそんな風にしてくれたんだろう?
彼女のことをもっと知りたかった。
「そのために、この約束は絶対果たす」
鉄塊の側に突き立てられている木剣を、俺は片手で剣を引き抜いた。
数日ぶりに握る木剣は驚くほど手になじんだ。
――剣に込められた魔力を、解き放つんだよ。
クオンの言葉がふと頭をよぎる。
今までずっと剣の力を引き出さなきゃと思ってた。
でも、大事なことを忘れてたのかもしれない。
「俺、お前のことも知らなかったよな」
俺はそのとき初めて、剣に向かって語りかけていた。
木剣は2年間、ずっと一緒にいた相棒。
今や俺にとって、単なるモノではなくなっていた。
「俺はクオンを追いかけたい。……頼む、お前の力を貸して欲しい」
その瞬間――
木剣が、淡い黄金色の光を帯びた。
柄を握る手から、温かな力が流れ込んでくる。
それはまるで、俺の言葉に応えてくれたようだった。
「……ありがとう。一緒に行くぞ」
俺は鉄塊に向かって、木剣を構えた。
深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
そして、そっと目を閉じた。
全身の余分な力を抜く。
ただ一振りに、全てを込める。
2年間積み重ねきた自分自身と、この木剣を信じて。
「はあああああああああああああ!」
踏み込み、剣を横薙ぎに振りぬく。
黄金色を帯びた刀身が鉄塊に触れる。
――抵抗は、感じなかった。
刃は滑るように鉄塊の中に入り、迷いなく一直線に突き進む。
次の瞬間――
地鳴りのような轟音とともに、鉄塊が崩れ落ちた。
舞い上がる砂煙。
パラパラと鉄の欠片が転がる音が、遅れて耳に届いた。
やがて視界が晴れる。
そこには、真っ二つになった鉄塊があった。
「やったのか……」
かすれた声で俺はつぶやいた。
体の奥が灼けるように熱い。
全身が小刻みに震え、胸の奥から何かがあふれ出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
溜め込んできた全てを吐き出すように、俺は叫んだ。
約束は果たした。
だから、今度は俺がいく。
――クオンを探しに。
俺の冒険者としての道は、ここから始まった。
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