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新しい場所

平日の夜、仕事が比較的早く終わった日だった。

 それでも時計は二十一時を回っている。


 スマートフォンの画面に表示された通知を、しばらく見つめていた。


《今日は、走ってる。

 もしよかったら、乗る?》


 彼らしい、余計な装飾のない文面。

 少し迷ってから、指を動かす。


《お願いします》


 それだけで十分だった。


 待ち合わせ場所に現れたタクシーは、初めて会ったときと同じだった。

 ドアを開けると、彼は軽く手を上げる。


「お疲れさま」


 その一言だけで、肩の力が抜ける。


 車は、またあの高台へ向かった。

 今回は驚きはない。それでも、夜景を前にすると、自然と息を呑んでしまう。


「写真、撮る?」


「……いいんですか」


「もちろん。

 この景色、走る人より、撮る人に向いてる」


 車を降り、カメラを構える。

 シャッターを切るたびに、頭の中が静かになっていく。


「仕事、大変そうだね」


 背後から聞こえた声に、少しだけ肩をすくめた。


「相変わらず、です」


「無理してるのは、相変わらず?」


 否定しようとして、やめた。


「……たぶん」


「そっか」


 それ以上、彼は何も言わなかった。

 慰めも、励ましもない。ただ一緒に夜景を見ているだけ。


 それが、こんなにも楽だとは思わなかった。


「また、連れてきてくれますか」


「いいね。

 穴場なら、いくらでもある」


 その言葉に、胸の奥が温かくなる。

 帰り道、家まで送ってもらいながら、私は気づいてしまった。


 この時間を、

 この距離を、

 失いたくないと思っている自分に。

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