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凶刃の夜。氷の月。

 ◇◇◇



 冬の間は社交も活発になる。

 貴族の面々も、夏は領地に帰るけれど、冬は基本的に王都で過ごすことが多い。


 今夜は王宮の敷地に併設された迎賓館の大会場で、貴族派の若手有志主催の夜会が開催されていました。


 今年の冬は特別こうしたパーティが多く。

 若き王エイドリアンが立ったこの冬。どの貴族も自派閥の影響力の増大を目指し、少しでもエイドリアンやその周囲に取り入ろうと励んでいる様子。

 王妃はわたくし、セレーニア・ロックマイヤー公爵令嬢と決まったものの、王は十五歳、わたくしはまだ十四歳。

 婚姻を誓う神前儀式も、エイドリアンの戴冠式さえも今春エイドリアンの卒業を待って執り行われる予定で。今はまだ未成年の王であるエイドリアンであれば、とりつく島も多々あるはずと、そう考えている貴族は多いのでしょう。


 実際は摂政であるルーン様が色々と手を回していらっしゃるようだから、そうそうとりつく隙はない様子ですけれど。


 一応、エイドリアンはわたくしをお飾りであっても王妃として扱ってくださるおつもりのようで、こうしたパーティには同伴するようおっしゃいます。

 本当は、マリエルがいいんでしょうね……。

 わたくしをエスコートしている間、ぴくりとも笑顔になることはありません。

 それでも、道具であるわたくしは、周囲の方に笑みを振り撒きながらエイドリアンの隣を歩いて。

 エイドリアンの評判をなるべく下げることがないよう、身だしなみにも気を遣って。

 王家の象徴である青のドレスに、宝石の散りばめられた白銀のティアラ。

 全て王家の所有物であって、わたくしのものというわけではないですが、それなりにシックではあるけれど豪奢で皆が羨む王妃という姿を演じていました。


 お飾りのお役目としては、及第点をいただけそうです。




 それでも。

 こうしていても、先日のルーン様のお言葉が、頭の中をぐるぐると回っています。


「ああ、君にしてみたってそうだろう? このままお飾りのまま王妃でいることに、意味なんてあるのか?」


 意味なんて。

 そんなものあるわけないじゃないですか。


 それこそ、わたくし自身に生まれてきた意味も、この先の人生さえも、何もない。

 わたくしなんて、生きている意味、あるのでしょうか……。


 そんな思考がぐるぐる周り、疲れてしまったわたくし。

 ちょうどエイドリアンが同世代の貴族男性らと談笑を始めたすきに、バルコニーの階段を降り中庭の噴水広場まで足を運びます。

 冬が訪れ空気は冷たく感じられるようになったけれど、まだ本格的な雪は降り出していません。


 月明かりがまるでキラキラ光る針のように、辺りに降っていました。

 冷たく、刺すような、そんな光。


 こんな夜は月の明かりに大量のマナが含まれている。

 そんな話も聞いたことがあります。



「あんたなんか、死んじゃえ!!」


 月を見上げ。

 まるで落ちてくるんじゃないかって妄想しながら両手を伸ばしたところでした。


 背後から唐突に、そんな叫び声が聞こえたと思うと、背中にジクリと焼けるような熱を感じ……。


 振り向くと、そこにはマリエル。

 両手で真っ赤に濡れたナイフを掴んで、こちらを睨んでいました。


「どう、して……」


 背中が熱い。

 ドクンドクンと脈打って、血が流れていく?


「あんたが悪いのよ! あたしから、何もかも奪っていったあんたが!!」


 そんな、だって、わたくしはあなたたちのため、に……。


「わたくしは、エイドリアンと姉様が幸せになるための道具、だったのに……」


 好きで、王妃になんかなったわけじゃ、ない。

 好きで、エイドリアンと結婚したわけじゃ、ない。

 逆らえなかった、だけ。

 マリエルのために、我慢、してきた、はずだった、のに……。



 頭の中に、ざーっと雑音が流れて。

 目の前にいるマリエルの表情も、よくわからなくなってしまって。


 だけど、このままじゃ。ダメ、だ。

 こんな姿を他の人に見られたら、マリエルは……。




「ばかね。こんな時にもお人好しなんだから。でも、そんなあなただから、あたしはあなたを選んだのだけど」


 わたくしの身体から、ふわっと別の少女の姿が分離していくのが、わかった。

 そして。

 影のような少女は、わたくしの身体をそっと抱いてくれた。

 白銀のふわふわな髪が、わたくしの頬に触れる。

「キュア」

 彼女の口が、そう動いたと思ったその瞬間、周囲に溢れる金色の粒子がわたくしの全身を覆う。

 あんなにも熱かった背中が、痛みが、スーッと引いていく。


「ありがとう。マキナ……」


 うん、少し、元気が出てきたみたい。

 モヤがかかったようにはっきりしなかった頭が、スッキリして。


 マリエルが、呆然とした表情でこちらを見ている。

 と、思ったところで、さっと振り向いて逃げようと走り出した。


「待って、マリエル! だめよ、マキナ、彼女を止めて」

「オッケー、セレーニア。反転!」


 マキナがそう言葉を発した瞬間。わたくしとマリエルのいた空間の位相が、少しだけ、ズレた。





 ◇◇◇



「ばか! マリエルのばか! どうしてこんなことしたのよ! いくらマリエルでも、王妃の立場のわたくしを刺したりしたら、ただじゃ済まないのよ!? 分かってるの!!?」


「どうしてあんたがそんなこと言うのよ! あんたなんか、あんたなんか……」


 わたくしとマリエルと、そしてマキナだけがいる、そんな空間。マキナはいつの間にか真っ白なもふもふ猫に変化して。

 って、あれは夢じゃなかったの? どう言うこと?


 ――あなたの心がさ、弱っちゃってて、壊れちゃいそうだったから。


 壊れそう、だった?


 ――あたしがあなたの心の中にいるのがいけないんだと思って、存在値を極限まで薄めてあなたに同化してたの。あなたの心、頑張って支えてたんだけどな。



 そう、なんだ。

 ありがとう、マキナ。


 ふわふわ猫のマキナは、わたくしの肩にとまり尻尾を首に巻き付けてくる。

 そんなふわふわに、ちょっとだけ勇気をもらえた気がして。


「あんたなんか、お人形でいればよかったのに! なんであたしからみんな持っていっちゃうのよ!」


 え?


「持ってっちゃうって、どう言うこと? わたくしはあなたたちのために、お飾りの王妃の立場を甘んじて受けたというのに……。エイドリアンは言ったわ。三年の間にあなたを正妃に就けるための下地を整える、って。三年、待てばよかったじゃない!」


「そんなもの、待てるわけないわ! お父様ったら、あたしには王妃は無理だからって、いくつも縁談の話を持ってくるのよ! ロードネス公爵の子息とのお話もあったわ! セレーニアも知ってるわよね。エイドリアン様といつも一緒にいるマクシミリアン様よ!  そんなの、お受けできるわけ、ないじゃない!!」


 だから!?


「だからわたくしが邪魔だと!?」


「ええ、そうよ! あなたがいるからいけないんだわ! あなたさえいなければ。私は幸せだったんだわ!!」


 あきれた……。

 なんだか、お腹の底から怒れてきて。



 自分の人生なんて、価値はない。

 だからせめて皆の役に立ちたい。

 そう、思い込んでいたけれど。


 もう、ちゃんと、怒っても、いいの、かな?


 ――いいのよ。怒っちゃいましょう。あなたはもっと自由でいるべきよ。


 マキナ……。


 マキナの声は、わたくしの心の中にだけ、聞こえてくる。

 だから最初はこれが本当にマキナの声だって自信が持てずにいたけれど。

 もしかしたら、わたくしの心の奥の願望が、そう見せてるだけなのかも。そうも思ったけれど。


 ――やっちゃえ! セレーニア!


 そう言って、マキナはニャァ! と、わたくしの肩に乗ったまま雄叫びを上げた。


 そうだね、マキナ。

 わたくし、怒っても、いいよね?

 もう、お飾りの人形なんて、やめてもいいよね。


「いい加減にして! マリエル! さっきから聞いてると、全部マリエルの勝手な気持ちじゃない! わたくしは、あなたの人形じゃ、ないのよ! 気に入らなくなったら壊せばいい、そんな『物』じゃ、ないのよ! もういい! わたくし、あなたの所有物じゃないもの! 大っ嫌い! マリエルなんか、もう知らない!!」



 涙が、ボロボロ、ボロボロと溢れてきて。

 わたくしは、そのまま意識を失ってしまったようです。


 興奮のせい? それとも、結構大量の血を流したせい?


 それでも、遠くなる意識の中で、「大丈夫か! セレーニア!」と、わたくしを抱き寄せてくれるルーン様の幻を、見て。

 彼の前で、ふふッと微笑んだところだけ、記憶に残っていました。






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