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エルゼリス家からの呼び出し状です

 「先生、変な人が来てます」


 


 朝のリエナ学園、開講準備をしていた俺に、リーシャがやや不安げに告げた。


 


 「変な人って、また教会関係か?」


 


 「ちがう。もっとこう、ツンとしてて、偉そうで……」


 


 「あー……貴族か」


 


 教室の扉を開けると、そこには見事な銀刺繍の制服を着た中年の男が立っていた。

 細身で隙のない立ち姿。肩には金の装飾。見るからに“使者”とわかる格好だった。


 


 「――お初にお目にかかります。私、エルゼリス家執事長を務めております、セファル・トゥリアスと申します」


 


 出た、“貴族の使い”ってやつだ。


 


 「こちらのローウェン様より、定期報告を受けております。主より、ぜひ一度“リエナ学園”の教育方針について直接お話を伺いたいと」


 


 「……それってつまり、“呼び出し”ってことか?」


 


 「正確には、“謁見の依頼”でございます」


 


 同じようで、まったく違う言い回し。さすが貴族社会。


 


 「俺は教師で、王族に頭を下げる筋合いはないんだが」


 


 「それでも、民の未来を預かる者ならば、国を構成する家門の一角と対話すべきでは? ――と、主はお考えのようです」


 


 ……嫌味かと思ったが、どうやら本気らしい。


 


 その目には、侮りも軽蔑もない。ただ、純粋な“確認”の視線だけがあった。


 


     * * *


 


 ローウェンが、そっと俺の肩を叩いた。


 


 「すみません、先生。まさか本当に呼び出しが来るとは……」


 


 「お前が報告したからだろ」


 


 「教育省の監視を緩めるには、あらかじめ“後ろ盾”が必要だったのです。

 先生に会ったあの貴族たちは、誰も“神”だとは思っていません。ただ――」


 


 「ただ?」


 


 「“国の教育”を変えるほどの力があるかどうかを、試そうとしているのです」


 


     * * *


 


 二日後。

 俺は、リエナ村の外れに停まっていた馬車に乗せられ、エルゼリス家の別邸へと向かった。


 


 護衛も兼ねてラフィーナとローウェンが同行。


 


 「相変わらず、穏やかじゃないなこの展開」


 


 「でも、今の先生なら大丈夫です。むしろ、向こうの方が驚くと思いますよ」


 


 「期待すんな」


 


     * * *


 


 到着したのは、石造りの大邸宅。

 庭には噴水、使用人が十人以上整列している。完全に貴族の世界だった。


 


 中へ通されると、広間の奥で一人の壮年の男が立っていた。


 


 「ようこそ、リエナ学園の創設者よ。我が名はシグムント・エルゼリス。ローウェンの父であり、王国貴族評議会の一角を担う者だ」


 


 声は低く重く、だが硬くはなかった。


 


 「教師風情がここへ来たこと、恥とは思っていない。むしろ歓迎している」


 


 「……なら、単刀直入に聞く。何が目的だ?」


 


 シグムントは少し笑った。


 


 「見極めだよ。“お前の教育”が――“利用できるもの”か、“排除すべきもの”か」


 


 「なるほど。じゃあ、こっちも遠慮なく喋っていいな」


 


 俺はゆっくり、腰を下ろした。


 


 「リエナ学園は、教える場所だ。“誰でも学べること”が前提で、“生きる力”を育てるのが目的だ。

 貴族だろうと、平民だろうと関係ない。だから、お前らの“格差制度”と真っ向からぶつかる」


 


 「……!」


 


 使用人たちがざわついた。


 だがシグムントは、驚くでも怒るでもなく、静かに目を閉じた。


 


 「……良い。良いぞ、ダイゴ先生」


 


 「……なんだと?」


 


 「貴族の中にも、“今のままでは限界だ”と気づいている者はいる。

 我が家は、その先陣を切る覚悟を決めた。――だからこそ、息子をお前に預けたのだ」


 


 予想外だった。


 


 「国の未来は、“既得権”では動かない。“育成”だ。

 お前の授業が、ローウェンに“自分の言葉”を与えた。なら、こちらとしても賭ける価値がある」


 


 「……ずいぶんと腹の座った賭けだな」


 


 「王都に――“リエナ学園第二校舎”を建てるつもりだ」


 


 「……は?」


 


 「教会には黙っているが、裏ではいくつかの家門と連携済みだ。

 貴族の子弟にも、“お前の教え”を受けさせたいと思っている」


 


 そこまで言われて、さすがに俺も言葉を失った。


 


 「答えは急がぬ。だが――教える覚悟があるのなら、“民”だけでなく“支配層”も変えられるぞ」


 


     * * *


 


 その夜、帰りの馬車で、ラフィーナがぽつりと言った。


 


 「あなた、もう本当に“ただの教師”ではいられませんね」


 


 「……それでも俺は、“先生”だよ」


 


 胸ポケットの中、リーシャのあの手紙が、しんと静かに温かかった。

――次回:「王都進出、しますか?」

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