学園に、初めての“転校生”が来た
朝のリエナ学園。子どもたちの元気な声が、教室に響いていた。
「せんせい! 昨日の“すいへいりーべ”って、どうやって覚えるの?」
「“水兵リーベ、僕の船”ってやつだ。元素記号の暗記法な」
「……“すいへい”って誰?」
「人じゃねぇ」
教室には、今や二十名以上の子どもたちが通っている。
村の外から通ってくる者まで出てきて、机が足りないのが最近の悩みだった。
そんな中。
教室の扉が、コツコツと叩かれた。
「失礼いたします。……こちらが、リエナ学園で間違いないでしょうか?」
現れたのは――金髪の、どこか育ちのよさを感じさせる少年だった。
髪は丁寧に整えられ、制服のような紺色の上着を着ている。
「……誰だ、お前?」
「わたくし、ローウェン・エルゼリス。
隣国の学術都市“ユリスティア”より、視察を兼ねて学びにまいりました」
「視察……?」
「ええ。“教師が神に代わって学びを広める学園”と聞き、王都の教育省が大変な関心を抱きまして」
「誰がそんな盛った説明を……」
ガルドか。ガルドだな、あいつ。
* * *
新しい生徒――ローウェンの転入は、すぐに教室中の話題になった。
「えっ、貴族なの?」「なんでここに?」「かっこいい……」
「でも都会っ子なんでしょ、田舎のことバカにしないかな……?」
微妙な緊張感が漂う中、ローウェンはまっすぐに教壇に立った。
「皆さん、はじめまして。今日からしばらくこちらで学ばせていただく者です。どうぞよろしく」
礼儀正しい挨拶に、教室にほっとした空気が戻った。
リーシャが真っ先に手を挙げた。
「ねぇねぇ、ローウェンって、今までどんな勉強してたの?」
「主に魔法理論と、政治学、文学、天文……あとは三か国語程度の翻訳を」
「す、すご……」
周囲がどよめく。ローウェンは、たしかに“頭のいいエリート”なのだろう。
でも、それだけじゃない。
授業中、彼は真剣に俺の話を聞いていた。
文字の書き方も、子どもたちと一緒に練習していた。
笑っていた。ふつうの生徒として。
それが、俺には嬉しかった。
* * *
放課後。学園の裏庭。
ローウェンが俺に、そっと話しかけてきた。
「先生、ひとつ質問が」
「なんだ?」
「あなたの“授業”には、信仰を感じないのに、なぜこれほど人が集まるのです?」
「さあな。……でも、“教える”ってのは、“信じてくれる奴”がいなきゃ成立しない。そういう意味では、信仰に近いのかもな」
「……なるほど」
ローウェンは腕を組んでうなずいた。
「正直、最初は“神に扮した教師が村人を洗脳してる”のではと疑っていました」
「オブラートが雑だな」
「けれど、授業を受けてみて思いました。
“これは、未来をつくる教えだ”と。……私も、学びたいです」
その瞳に、偽りはなかった。
「だったら、明日からも出席な。補講は容赦しないからな」
「はい、“先生”」
久しぶりに、誰かに“先生”と呼ばれて、照れくさくなった。
* * *
夜、ラフィーナが宿を訪ねてきた。
「転校生、来ましたね」
「知ってたのか」
「教会からも視察が来てます。まだ表立って動かしませんが、遠からず“リエナ学園”が国全体の教育改革に関わることになります」
「……大げさだろ」
「それだけの“光”を、あなたは撒いてしまったのですよ」
彼女は窓の外を見ながら、続けた。
「これからは、信者ではなく――“教師”と“生徒”の物語ですね」
――次回:「エルゼリス家からの呼び出し状です」