神、学園をつくる
それは、一枚の手紙から始まった。
【わたしたちは、先生の教えを忘れないために、紙に書いています。
もっと勉強したいです。
でも、先生がいない日もあるので、勉強できる場所があったらいいなと思いました。】
震える字で書かれていたのは、リーシャの手紙だった。
丁寧に折り畳まれた羊皮紙に、ところどころ涙の跡がにじんでいる。
「……あいつ」
俺は静かに、手紙を胸ポケットにしまった。
* * *
「学園を、建てようと思う」
神殿の中、村の長老たちと向き合いながら、俺はそう告げた。
驚きと戸惑いが広がる。中には喜びを隠せない顔もあった。
「“教えの神”の教義を記す場としてならば、すでに神殿が――」
「違う。神じゃなく、“先生”としての話だ。子どもたちの“日常”に、“学び”を作りたい」
神殿は厳かで、立派だ。だがそれは“信仰”のための場所だ。
**俺が作りたいのは、毎日、当たり前のように通えて、笑いながら学べる“学校”**だ。
「名前は、“リエナ学園”にしたい。意味は――“学びを重ねる場所”だ」
静まり返る室内で、最初に声をあげたのはガルドだった。
「面白ぇな、それ。支援するぞ。商人としても、未来を担う子どもたちは大事だからな」
次に手をあげたのは、ラフィーナだった。いつの間にか後方に立っていた。
「宗教と切り離した“学びの場”であるのなら、教会としても干渉の理由はありません」
その場にいた者たちの視線が、次々とうなずきに変わっていく。
俺は小さく、リーシャの手紙を胸元で握った。
* * *
村の広場。大工たちの槌音が響く。
神殿のすぐそばに、小さな木造の建物が少しずつ姿を見せ始めていた。
石よりも木を使うことで、温もりのある雰囲気を重視した。
黒板代わりの大きな板、粗末ながらも整えられた机と椅子。
それを見て、村の子どもたちが目を輝かせた。
「せんせいっ! あれが“リエナ学園”?」
「ああ。お前らの“学校”だ。ここで毎日、いろんなことを教えてやる」
「ほんとに!? 毎日来てもいいの!?」
「むしろ来い。サボったら、補習な」
子どもたちがきゃあきゃあと笑ってはしゃいだ。
その姿を見ながら、俺は“黒板”にチョークで大きく書いた。
【第一回 リエナ学園授業】
【題目:この世界の名前】
「世界の名前……?」
「この世界に名前があること、知ってるか?」
子どもたちが首を横に振る。
「この世界の名は――《リエナリア》。意味は“無限の流れ”。」
「なんか……かっこいい!」
「それを知ってるかどうかで、少しだけ世界が広くなる。今日の授業は、それでいい」
黒板の前に立ち、俺はふと視線を上げた。
教室の後ろに、ラフィーナが立っていた。腕を組み、じっと子どもたちを見つめている。
「……なに見てんだ、査問官」
「――“奇跡”を、です」
小さくそう呟いて、彼女は去っていった。
* * *
夕方。建設途中の校舎の壁に、子どもたちが自分の名前を刻んでいた。
「せんせい、ここに“リーシャ”って書いた!」
「お前が卒業するときに、それ見て思い出せ。“ここで学んだ”ってな」
「卒業ってなに?」
「……全部教え終えたら、お前は“旅立つ”んだ。もっとたくさんのことを学びに、自分の道を見つけに」
リーシャが、少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。
「でも、わたし……せんせいの教室が、一番好きだよ」
「それでいいよ。まずはここで、“好き”になってくれ」
* * *
夜。俺は机に向かって、新しい“カリキュラム表”を作っていた。
《文字》《計算》《世界地理》《植物》《礼儀作法》……
そして一番上に、大きく書いた。
【生きる力】
それが俺の教えるすべての根本で、信仰よりも強くて、どんな神様より現実的な力だと、今ならはっきりわかる。
《スキル「教化」が発動しました》
《影響範囲拡張:不特定多数への波及効果・弱 発生》
《教えが“概念”として広がりはじめています》
脳裏に刻まれるように、言葉が浮かんだ。
広がる――俺の“授業”が、村を超えて。
――次回:「学園に、初めての“転校生”が来た。」