神の使いを討て、ですって?
朝。
村の外れに、黒馬に跨った十数名の騎士団が姿を現した。
漆黒の鎧に身を包み、白い十字の紋章を掲げた一団。
どの顔も険しく、冷たい眼差しはまるで敵地にでも乗り込むようだった。
「……来たな」
俺は神殿の前に立っていた。
後ろには、村の長老フィルンと数名の村人、そしてリーシャたち子どもたち。
見てる。全員が、俺の一挙手一投足を。
騎士たちの前に、ローブを纏った女が降り立つ。
「初めまして。“聖都カレント教会”より派遣されました、第一査問官ラフィーナです」
30代前半くらい。銀の髪をひとつにまとめ、凛とした瞳でこちらを見据える。
「“教えの神”を自称する異端が出現したとの報告を受け、査問にまいりました」
「自称してねえよ。勝手に村が盛り上がっただけだ」
「奇跡が確認されています。“授業”と称した行為により、病人が快癒し、子どもが知識を得たと」
「そういうスキルがあるらしいな。名前は“教化”。レベル3。能力的には、神様より“教師”向きだと思うが」
ラフィーナの眉が僅かに動く。
「“教化”……あの、禁忌スキルを?」
「禁忌?」
「……“人の心を変える力”は、原則として神のみに許されたもの。古の争乱を引き起こした“導きの災厄”と同質――」
おい待て待て、今すごいキーワード出なかったか?
「その力を持つ者が、神を名乗らずして人々を導いている……という事実。これはもはや、“偽神”としての典型です」
「冗談じゃねぇ。俺はただの教師だって言ってんだろうが」
「であれば、力の返還を命じます」
ラフィーナが手を掲げると、騎士たちが一斉に剣に手をかけた。
「スキル“教化”は神格由来。よって、教会の権限で没収を行います」
「没収って……スキルって、そんな簡単に……」
「神から授かる力である以上、神の代理人である教会にその権限があると、我らは信じています」
なるほど、信じてるからやる、ってことか。
つまり、話し合いじゃ止まらないやつだ。
* * *
背後で、子どもたちが震えていた。
中でもリーシャは、両手で俺の服を握りしめている。
「先生、逃げて……!」
「……いや。逃げないよ」
「なんで……!」
「俺が逃げたら、お前らまで異端って言われるだろ? それだけは、教師として許せない」
俺は一歩、前へ出た。
「俺は、“スキル”を持ってるだけの、ただの教師だ」
「――なら、証明してみせなさい」
ラフィーナが、手を広げる。
「あなたが神でないのなら、この剣に祈りを乗せて、私の心を動かせるはずがない」
「それ、どんな理屈だよ」
「この世界は、“信仰”で動いているのです。信じられぬ者の言葉は、神殿では通じません」
目の前に突き出された剣。刃先が、俺の喉元に届くギリギリで止まっていた。
このまま引けば、終わる。突けば、戦いだ。
俺は、静かに言った。
「“学ぶことは、生きること”だ」
「……なに?」
「俺の“教義”は、それだけだ。信じたければ信じればいい。けど、押しつけはしない。それが“授業”だろ」
その瞬間――
脳裏に刻まれるように、言葉が浮かんだ。
《スキル「教化」が発動しました》
《対象:ラフィーナ》
《効果:感情干渉・軽度→“理解”誘導》
ラフィーナの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
剣を持つ手が、微かに震える。
「……“理解”……」
彼女は剣をおろした。
「一時的にですが……あなたの言葉が、“私の言葉”に聞こえました。まるで……授業を受けているような感覚に」
「それが、俺の力だ。神の奇跡じゃない。“先生”としての、普通のやり方だよ」
ラフィーナは数秒の沈黙のあと、騎士団に指示を出した。
「撤収します。対象は“異端”に非ず、保留とします」
「……え?」
「あなたの言葉に“他者を変えようとする欲望”が感じられなかった。だから、信仰というより“授業”だと……そう理解しました」
「……それが、一番の褒め言葉かもしれないな」
* * *
騎士団が去ったあと、神殿前には静けさが戻った。
子どもたちが駆け寄ってくる。
「せんせい! すごい! 剣の人が帰った!」
「やっぱり、先生は神さま――」
「やめろ、そこだ」
俺は笑って首を振る。
「俺は、“先生”だ。それ以上でも、それ以下でもない」
リーシャが、にっこり笑った。
「――でも、先生がいてくれるなら、それでいいよ」