神殿ができました。先生に無断で。
朝の授業を終えて宿に戻ると、宿の主人がやたらとソワソワしていた。
「せ、せ、先生さま。……お疲れでしょうが、少し、広場までご足労を」
「……なんで震えてんの?」
「い、いえ、何でもありません。な、なにとぞ!」
どこか様子がおかしい。まるで爆弾処理に向かうような顔をしている。
仕方なくついていくと、村の広場が――完全に変わっていた。
「…………」
ぽかんと、口が開いたまま塞がらない。
そこには、立派な白い石造りの建物が建っていた。
中央に円柱、左右に階段、天井には太陽の紋章。装飾は少ないが、整っていて洗練されている。
「これは……」
「“教えの神”を讃える聖堂です!」
横から声がした。村の長老――フィルンだった。
「ま、待て待て待て! 俺、こんな建物の話、一言も――!」
「いえ、先生さまのお名前は使っておりません。あくまで“教えの神”を奉じる場であり、先生のご迷惑には……」
「いや十分だよ!」
どうやら、村の信者たちが“自発的に”建てたらしい。
昨日の授業で感動した大工たちが中心となり、村の労働力を結集してわずか1日で完成させたとか。
「昨日まで地面だったよな、ここ……」
「技術と信仰の融合でございます!」
何だその万能スローガンは。頭が痛い。
* * *
中に入ると、建物の中心にはひときわ大きな石板が置かれていた。
そこには、俺が初日に書いた“ひらがな”の表と、昨日のあれが刻まれていた。
『せんせい=しっていることを、ひとにおしえるひと』
「……まさか、これを“教義”にしてないよな?」
「教えの第一条です」
してた。
「第二条は“学ぶことは生きること”でございます。先生が昨日、子どもにおっしゃった言葉を、巫女が記録しておりました」
「盗聴かよ!!」
頭を抱える。だが、長老の目は本気だ。
「……先生、どうかお願いです。この神殿で、週に一度で構いません。授業を“公開説法”として、村人全体に与えていただけませんか」
「……“説法”って、俺、坊さんじゃないからな?」
「生きる知恵、言葉、数、病の知識……すべて先生のお言葉は、我らにとって神の灯火です」
「…………」
確かに、授業をする場としては最適だ。設備も整ってる。
けどそれ以上に――
もう俺の意志だけじゃ止まらない空気が、村全体を包んでいた。
* * *
宿に戻った俺は、石の机に頬杖をついた。
「……神殿って、普通“お願いして”建てるもんじゃないのか……?」
誰にも聞かれてないけど、独り言が止まらない。
《スキル「教化」が成長しました》
《教化Lv2 → Lv3》
《影響範囲が小規模から“集団”へ拡張されます》
脳裏に刻まれるように、言葉が浮かんだ。
スキルレベルが上がったらしい。教えが“集団”にも届くようになった?
「……どんどん神様っぽくなってんな、俺……」
そんな中、宿の外が騒がしくなった。
「――騎士団です! 北の砦から、教会騎士団が村に向かっています!」
何?
「“異端の神”がこの村に降臨したと、誰かが通報したとのことです!」
終わった。
* * *
夜、リーシャが神殿の前でひとり、祈っていた。
「先生……怒ってないかな」
彼女の手の中には、ノートの切れ端のような紙があった。
そこには、彼女が必死に書いた文字が並んでいる。
「あ」「い」「う」……そして「せ」「ん」「せ」「い」
その指先が、少しだけ震えていた。