信仰って、どうやって生まれるんですか?
「先生って……ほんとに、神さまなの?」
夕暮れの小道で、あの女の子――リーシャが問いかけてきた。
子どもたちの授業を終え、村に戻る道すがら。
彼女は、昨日からずっと俺の後ろをついてきている。
「いや、違う。俺はただの教師だよ」
そう答えると、彼女はきょとんとした顔をした。
「でも、病気を治したし……言葉を教えてくれたし……みんな、すごいって言ってるよ?」
「奇跡ってのはな、たいてい“偶然”と“努力”が一緒になっただけなんだよ」
「むずかしい言葉……」
俺は笑って頭をかいた。
この子はたぶん、賢い。でもこの世界では、教えてくれる大人がいない。
それだけで、知恵の芽は眠ったままになってしまう。
俺の仕事は、きっと――それを起こすことなんだ。
* * *
翌朝。授業の時間。
昨日よりも子どもたちの人数が増えていた。
どこかで噂が広がったらしく、見知らぬ顔もいる。
「教えの神さまが、本当にいたって……」
「病人が立ち上がったって……」
村人たちが集会所の外から覗き込んでいる。
俺は少しだけ息を整えて、言った。
「――じゃあ、今日は“せ”から始めるぞ」
昨日の続きを教えながら、ふと気づく。
誰も、途中で寝ない。ふざけない。
目を逸らさず、俺の言葉を聞いている。
「先生、この“せ”って、なんの“せ”?」
「うーん……じゃあ、“せんせい”の“せ”だな」
「せんせいって、先生の“せ”!?」
子どもたちが、顔を輝かせた。
「ねえ、先生! 先生って何する人なの?」
――うわ、そう来るか。
俺は少し考えてから、石板に文字を書いた。
『せんせい=しっていることを、ひとにおしえるひと』
「これが、先生の意味だ」
「かっこいい……」
なぜか、感心された。
* * *
授業を終えたあと、ひとりの少年が駆け寄ってきた。
「せんせいっ! うちの家、見に来てください!」
「家? どうした?」
「お母さんがずっと寝たきりで……その、先生の“授業”を見せたら、もしかしたら……!」
彼の必死な様子に、俺はうなずいた。
「……よし。行こう」
* * *
案内されたのは、村の外れのぼろ小屋だった。
中にはやせ細った女性が布団に横たわっている。
息は浅く、瞳は虚ろ。言葉を発する力もないようだ。
「教えの奇跡で、母さんも……!」
いやいや、そんな都合よく行くか……と思いつつも、俺はそっと女性の手を取った。
「おい、起きられるか? ――深呼吸だ。息を吸って、吐いて……そう、ゆっくり……」
《スキル「教化」が発動しました》
《精神回復補助:微・適用》
《対象の意識が一時的に覚醒状態に移行します》
また脳裏に刻まれるように、言葉が浮かんだ
女性の瞳が、ほんのわずかに焦点を取り戻した。
彼女はかすれた声で、こう呟いた。
「……あなたが、神さま……?」
「違います。俺はただの――先生です」
「……せんせい、って……」
彼女の目から、ひとすじの涙が流れた。
* * *
村に戻ると、すでに噂が広まっていた。
「動けなかった女性が、言葉を発したらしい!」
「病を癒す、“教え”の力!」
「先生という存在こそ、神の化身では――?」
そして――
「教団を、作るべきではないか」
という声が、村の有力者の口から出た。
「教団……?」
俺は固まった。
「“先生”という神の教えを広めるための集まりです。神殿を作り、教義を整え、儀式を定め……信仰を正式に形にするのです」
「いや、俺はただ、授業してるだけで……」
「ですが、村には確実に“奇跡”が起きています」
「それは偶然で……」
「偶然でも、救われる者がいるなら、それは“神意”では?」
話が……でかくなってる。
俺は教師として、人を導く責任はわかってる。
けど、神様って言われるのは――違う。
「この国の信仰って、どうやって生まれるんだ?」
俺は、そっと隣にいたリーシャに聞いた。
「うーん……“信じたい”って思ったときに、生まれるんだと思う」
「……」
誰もが、信じる何かを探してる。
俺は、たまたま“教える”ことでそれを与えた。
それが、たとえ“神”と呼ばれる始まりでも――
「よし!俺は、教えるぞ」
「えっ?」
「“教団”だの“神殿”だのは知らん。でも、授業はやる。明日も、その先も。教えたいことがあるうちは、な」
リーシャは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「うん! やっぱり先生は、先生だね!」