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Banging the Drum

 

 次の次の春になったら、私はバンドを組もうと思う。


            






 放課後。


 最近は日が長い。景色が明るい。ちょっと前ならば、そろそろ薄暗くなり始めるくらいだが、そんな素振りは少しもない。明るいというのは、とくに理由はないが、なんだかいいものだと思う。本能的なものだろうか。


 電車の中には、人がたくさんいた。スマートフォンなりを見つめている人が多かった。友達と話す学生や、やけにいちゃついているカップルもいた。なんというか、そういう人たちは、学生っていう感じがする。かくいう私は、ドアの隅っこでぼうっとしていた。一応女子高生のはずだが。うーむ。


 なんだか本を読む気にもなれなくて、ぼうっと、電子掲示板を見てみた。ニュースが流れていた。飛行機事故と、立て籠もり犯と、政治と、田舎で行われたお祭りのことが流れていた。おそらく、全部私には関係のないことだった。


 当たり前だけど、電車の電子掲示板に面白いことはあまり書いていない。飽きてしまった。ヘッドホンの電源を入れる。


 窓の外をぼうっと眺めながら、音楽を聴いてみた。ちょっといい気分になった。

 

            







 小さい頃は、なりたいものがたくさんあった。思い出せる限りでは、ノーベル賞をとって、プリキュアになって、テレビにたくさん出て、井の頭公園くらい大きな家に住む予定だった。


 高校二年生になって、私は文芸部(同好会)の部長になった。部員総数は六人だ。


 うち四人が、幽霊部員である。


 あと一人が、青山ちゃんだ。私が、ある程度の確信をもって友達(というか仲間?)だと言えるような人は、今のところ彼女くらいなのかもしれない。別に、ものすごく仲いいというわけでもないけど。


 どうでもいいけど、私は中高生になったら、恋人と友達百人くらいができるものだと思っていた。今となっては、友達が百人もいたら何かと煩わしいと思う。なんなんだあの曲。


           







 部室には青山ちゃんが既にいた。窓際の席に座って、頬杖を突きながら、本を読んでいた。タイトルを見る。『悪徳の栄え(下)』と書いてあった。知らない小説だった。


 部屋に入るとき、青山ちゃんはちらっとこちらを見たが、すぐに本に視線を戻した。彼女は、本をすごく真剣に読む人なのだ。私に冷たいわけではない、と思う。


 私はどうしよう。この部活では、持ってきた本を読むか、ノリで詩作でもするか、おしゃべりをするか、それくらいしかやることがない。文芸部の部室は、別にただの、狭い空き教室だから、なにか、本棚とかそういう類の、ロマンチックなものがあるわけではないのだ。私としてはなんとなく誰かと駄弁りたい気分だったが、青山ちゃんはこんな感じだ。他に部員がいればいいが、幽霊部員のやつらが部活に顔を出すのは、多い奴で一学期に一、二回程度だ。


 とりあえず、なんとなく、青山ちゃんの近くの席の机の上に座る。青山ちゃんは、気にせず、本に視線を落としている。


 教室の中から聞こえる音は、空調と本のページがめくられる音だけになった。校庭から聞こえる運動部の音や、近くの廊下からの歓声の方が、大きな音だった。時計を見ると、四時三十分。窓の外の天気は晴れ。まだ、光が弱まっていることにも気づかないくらいの、時間。私は暇だった。


 そのままぼうっと、青山ちゃんのことを眺めていたら、そのうち、彼女は本をおいて、こちらを見てきた。目が合った。数秒の沈黙。


 私の方から声をかけてみる。青山ちゃんは、いつもずっと本を読んでいるから、途中で中断することは珍しい。


「本、もういいの?」

「うん。疲れた」


 疲れたらしい。


「めずらしいね」


 青山ちゃんは、どちらかというとどうしようもなく文学な人だから、本を読んで疲れるというようなことは、めずらしいような気がした。


「うん。内容的にちょっとね」

「どういう内容?」

「うーん」


 彼女はしばらく、うんうん言い続けて、最後に、「部長にはちょっと、刺激が強いかもしれない」みたいなことを言った。どういうことか、よくわからなかった。


 部活終了まで、まだ時間はあった。青山ちゃんは、頬杖をついて、こちらを見ている。本に戻る様子はない。私は何か適当にしゃべりたい気分だった。


「えーと、明日、自分がキノコになったらどうする?」

「……は?」


 話題の提示がダイナミックすぎたかもしれない。


「いや、最近、主人公がでかい虫になる小説を読んだからさ」

「あー」


 私が言いたいことを理解したみたいだった。


「そういうことね」

「そうそう」

「でも、どうするったって、キノコじゃ動くことはできない」

「そりゃそうだけどさ、でもほら、胞子飛ばしたりは、できるかもしれないし」

「飛ばしたところで、どうするのよ」

「うーん」


 もうちょっと内容を考えてから、喋り始めればよかったかもしれない。


「こんな話するってことはさ、部長はキノコになりたいの?」


 今度は、青山ちゃんが話し始めた。


「そんなわけないでしょ。動けなさそうだし。笑ったり泣いたりできなさそうだし」

「そりゃそうか。私も、キノコはちょっと嫌かも」


 そりゃあそうだ。


 そして沈黙が流れる。話がぶつ切りになった。炒め物の中のしいたけみたいに。


 その後も、キノコの話みたいなどうでもいいことをいくつか話して、私たちは部活を終了した。帰り道、電車の中で、『悪徳の栄え』について調べてみた。調べなきゃよかった。


            







 塾に行く。そこそこ広い教室の中に入る。席はすでに半分くらい埋まっている。他にすることもないので、前の授業のページをパラパラとめくる。内容は、あまり覚えていなかった。


 周りには、同じように教科書を読む者、本を読む者、自前の参考書を読む勤勉な者、スマホをいじる者、ぼうっとしている者、教室に友人がいて、そいつとしゃべる者など、色々いた。


 七時くらいになって、先生が入ってくる。宿題を集めたり、テストをしたり、授業をしたりする。私は宿題は出さず、ぼんやりテストを受け、ぼうっと授業を受ける。


 教室を見渡せば、まじめにノートをとるものも、先生に気付かれていないけどねているものもいる。でも、みんな、椅子に座っている。


 ふと、私たちはキノコなのかもしれないと思った。椅子に根を張って、学力という栄養分を供給されるキノコ。少なくとも、塾にいる間は、自由に動けるわけでも、笑ったり泣いたりできるわけではなかった。


 私は、勉強は、苦手だけど、嫌いというわけではない。授業も、疲れるけど、苦痛ではない。もし、キノコがこんな気持ちなら、案外悪くないのかもしれない。


 よく考えたら、私は、誰かの前で、泣いたり笑ったりする機会というのは、そこまで多くない。動くことも少ない。もしかしたら、私は、比較的キノコ寄りの人間なのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、授業を聞き逃した。今先生が言っていることが、よくわからない。なんてこった。


           







 青山ちゃんは、やはり本を読んでいる。ハインラインの『夏への扉』。いつもゲテモノばかり読んでいるのに、今日はなぜか超王道SFだった。


 例によって、私は青山ちゃんを眺める。青山ちゃんにとっては、文芸部室は本を読む場所だが、私にとってはどちらかと言えば、青山ちゃんと話に来ている側面が強いのかもしれない。本は家でも読めるが、彼女とは、ここで以外ではあまり話せない。


 でも、青山ちゃんはどうしようもなく文学な人だから、話せるのは部活終了間際になることが多い。


 今は五時二十分。もうすぐ部活を終了しなければいけない時間である。本が閉じる音がした。


 部活終了の準備をする。といっても、うちの部活は、片付けなどはほぼないようなものだが。


  顧問に終了報告をして、帰宅準備をする。青山ちゃんとは別の電車だから、学校を出るまでの間だけ、ちょっと話す。


「そういえば」


 私から、話しかける。


「珍しいよね、ああいう王道なSF読むの」

「ハインラインのこと?」

「そう。いつも比較的、変な本ばかり読んでるから」

「まあね…」


 この人は、変な本が好きなのだ。彼女のせいで、普段比較的まともな本しか読まない私は、変な本に多少詳しくなったくらいだ(読んではいないけど)。


「SF好きな友達に進められてね」

「あー、なるほど」


 青山ちゃんは、私と違って、友達がちゃんといる。いや、別に私は人から嫌われているわけではない(と思う)し、会えば話すという人ならたくさんいるけど。でも、何というか、特に気を使わないで話せるような人は、青山ちゃんくらいだ。まあでも、彼女にとって私がそういう存在であるとは限らない。青山ちゃんは、ちょくちょくほかのだれかと遊びにいったりするらしいけど、私は彼女と一緒にどこかに遊びに行ったことはない。


 だからなんだというわけじゃないけれど。


 ちょっと沈黙が流れた。今、私たちは、階段を下りているところ。校門まで、あと二、三くらいだろうか。そしたら、お別れだった。


「……部長はさ、将来やりたいこととかある?」


 青山ちゃんから、話しかけてきた。


「えーと、急に、どうしたの?」

「いや、なんかそろそろ進路みたいなこと先生から聞かれるらしくて」

「あー、そういえば」


 そういえば、そうだった。そろそろ担任の先生との進路について面談が始まるらしい。完全に忘れていた。


「出席番号が一番前だから、どんなこと聞かれるか、ほんとにわかんないんだよね、私」


 青山ちゃんは、そういって、ちょっと笑った。


「何か将来、なりたいものとかあるの?」


 逆に私の方から、質問してみる。


「うーん。そういうのはまだ考えていないかも。でも、たぶん大学は文系かな」


 だろうな、と思った。青山ちゃんはすでに文系の雰囲気をまとっている。彼女が白衣を着て、実験室で実験してレポートを書く姿は、何というか、洋服を着せられた犬とか、蝶ネクタイをつけた小学校低学年の子供とか、それに近しい者すら感じる(ちょっとひどいか)。残念ながら、それは、萌えでしかない。


「部長はどう?行きたい大学とか決まってる?」


 うーん。


「どうかな、数学も英語も苦手だからなあ。文系も理系も大変」


 私は、成績があまりよろしくない類の学生なのだ。それを危惧した親に塾に入れられたが、それでもさして成績は上がらなかった。


「じゃあ、将来やりたいこととかは?」

「そういうのも、あんまり……」

「そっか」


 大丈夫か私!性格も成績もパッとしていないぞ!


「あ、でも、大学に入ったらやりたいことならあるかも」

「へえ、何?」

「えっとね、バンドを組みたい」

「バンド⁉部長が?」


 青山ちゃんは、体をのけぞらせて、ちょっと大げさに驚いていた。……まあ、驚くか。


「うん、バンド。組みたい」

「へえ……、そりゃまたどうして」

「えっとね」


 うーん。


「だってさ、かっこいいじゃん、バンド」

「なるほど?」

「そう」

「えっと、じゃあ、ギターとか弾くの?」

「いや、ドラム」

「……どうしてドラムなの?」

「だってさ、」


 私は言った。


「かっこいいじゃん、ドラム」


             








 朝。三回目の目覚ましで布団から出て、ご飯を食べて、着替えて、荷物を持って家から出る。最近はなんとなく、家から駅まで、歩くようにしている。大体二十分くらいだ。


 今日は晴れで、雲はまばら。朝は光が横から指すので、非常に眩しい。サングラスをかけていくことを、本気で検討したこともあった。


 セミの声は、もう聞こえなくなっていた。セミは、見た目はアレだけど、鳴き声は嫌いじゃなかったから、なんとなく、さびしい気持ちになった。


 大通りをこえて、途中で一度わざわざ小道を通り(意味はない)駅へ向かう。途中で信号をいくつか超えて、いくつかのコンビニの横を通って、いくつもの車と、たくさんの人とすれ違った。


 そうして駅につく。定期で改札を越え、ホームへ行き、そのまま電車に乗り込む。やがてドアが閉まる。


 これまたなんとなく、窓の外を眺めた。止まっていた景色が、最初はゆっくりと、でもすぐに速く、前から後ろへ、消えていった。

 

             









 青山ちゃんは、やはり本を読んでいる。表紙には『ジョンレノン対火星人』と書いてあった。わからないけど、たぶん変な本なのだろう。


 しばらくすると、彼女は本を置いた。時間はまだ全然、終了時刻というわけではなかった。


「ねえねえ、部長」


 あちらから話しかけてきた。今日はいろいろと、珍しいことが起きる。


「私たちが引退した後って、この部活、どうするの?」

「どうするのって、次の部長のこととか?」

「そう。それに、このままじゃ部活が存続できるかも怪しいし。あと、いつ引退するのかについてすら、まだ」

「あー、そっか」


 同好会は、確か、部員が5人以上いないと認められないはずだった。次の新入生でこの文芸部に入りたい人が出てくればどうにかなるかもしれないが、幽霊部員のやつらが熱心に勧誘してくれるとも思えないし、もし興味をもってくれた人がいたとしても、活動内容が実質的に読書とおしゃべりになっている部活に、果たして入りたい人が出てくるのか。それに、


「引退かあ」


 部活に入っている以上、いつかは引退しなければいけない。周りにはでは、ぼちぼち引退して、受験に専念する人も出てきている。


「しなきゃダメかな、やっぱり」

「そりゃあね」

「うーむ」


 自分が文芸部にいた時間を考えてみる。一年生のころからいたから、時間的にはだいぶ長いのかもしれない。


 だいぶ昔には、先輩がいたこともあったし、真面目に創作をしようとしたこともあったような。あと、やはり、多くの時間は、青山ちゃんと関わっていた気がする。そう考えてみると、そう考えてみると、寂しさとか、感慨深さというものも、ないわけではなかった。


「部長、引退の部会とか開きたい?」

「部会かあ」


 部会。私は、部長なのに、部会というものを開いたことがなかった気がする。というか、この文芸部で部会が開かれたことは、記憶の限りではなかった。先輩たちは、いつの間にかいなくなっていた。


「卓球部では、やったんだっけ」

「うん。泣いている人もいたよ」


 青山ちゃんは、一応卓球部だった。ほとんど真面目にいっていなかったらしいが、先日行われた引退の部会には、ちゃんと出席したらしい。


「部会やったら、部長は泣く?」

「うーん」


 自分が、幽霊部員の後輩たちと青山ちゃんの前で、感情を吐露しながら泣く姿を想像してみる。


 なんだか、違う気がした。


「泣かないと、思うよ。それに、部会も、やらないと思う、べつに」

「そっか」


 まあそうだよね、だとかいいながら、青山ちゃんは部室の窓の方を見た。窓の外には、少し暗くなった日に照らされた、校庭とかが見えた。別にいい角度の景色というわけではない。でも、今までに何度も見てきた景色だった。


「……部長は、この部活がなくなったら、泣く?」


 窓の外を見ながら、青山ちゃんが、聞いてきた。ちょっと考えてみる。


「うーん、どうかな。わかんない」


 私も窓の外を見ながら、あいまいな返事をした。


 でも、たぶん、自分は泣かないんじゃないかという気がした。


 泣かないことに、泣きたくなった。


             








 放課後。


 日が短くなってきた。学校帰りに、もうだいぶ暗くなった空を見て、ぼんやりいろいろ考えたりするこのごろだ。これはこれで、抒情的というかなんというかで、悪くないんじゃないかという気がしている。


 電車の中にはいろいろな人がいた。社会人や学生や児童たち、スマホをいじる人や本を読む人たちなど、いろいろ。そういった人たちを、ぼうっと眺めた。いつかも、こうやって電車の中で人々を眺めていたことがあった気がしたが、思い出せなかった。


 なんとなく、参考書を読んだりする気分になれなくて、窓の外を眺めてみた。見慣れた街並みが、高速で移動していた。


 そのまま、やはりぼんやりと、いろんなことを考えて、やがて考えるのにも飽きて、ヘッドホンの電源をつけた。音楽を聴いた。ちょっといい気分になった。






 ところで、私は次の次の春になったら、バンドを組もうと思う。


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