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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
時計塔の精霊編
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第8話:爆炎の快進撃

 鋭い刃先が触れるより先に、熱火は対象の外皮を焼いていた。

 肉の溶け失せた肩口へと刀身がり込み、なんの抵抗もなく一撃で斜めに抜ける。

 切断面が進むに合わせて炎が吹き荒れ、異形の身を赤々と握り潰す。赤の剣が腐った脇腹までを横断すれば、後にはもう炎熱に覆われて悶えるだけの骸がくずおれた。

 壁面に倒れ、傾斜に任せて燃えたまま転がり落ちていく動死体。それを飛び越えた新手が、マフユへ容赦なく襲い掛かる。

 更にもう一体、戦地を迂回していた異形が腐液と涎塗れに背後から迫ってきた。


「邪魔」


 マフユは立ち塞がる敵を怜悧れいりな眼で睨みつけ、拒絶の意を短く吐き付ける。

 その語が終わるか終わらぬかのうちに左脚を素早く振り出し、前方の醜体を蹴り飛ばした。

 捲くれ上がるスカートから白皙の美脚が躍り出て、月光へ晒され妖艶な煌きを返す。若くしなやかな脚は速度の乗った蹴撃を見舞い、異形の鳩尾みぞおちへ深々と命中する。そのまま止まらず駆け上り、腐肉の剥がれた下顎を強かに打ち据えた。

 食らった屍人がたたらを踏んでよろめく最中、右手は背後目指して薙ぎ打ち放つ。視線は正面を捉えながら、気配のみで接敵を把握。牙剥く後敵の顔面へ、握る柄頭を全力で叩き込む。

 躊躇ない一撃は異形の顔面を陥没させ、濁った血と腐った骨肉を飛散させた。そんなものには委細いさい構わず、マフユは指運をって剣を一転、手中のみで逆手に持ち替え振り落とす。

 燃えて滾る鋭刃は背敵の頭頂へ食い込み、腕動へ沿うまま一直線に駆け下りた。回避も防御も許さぬ剣戟はゼロコンマの世界で肉体を断ち、腐臭に染まる死霊の躯体をあっさりと分割する。

 直後に姿態は燃え上がり、余す事無く焼け果て滅す。


「らっしゃぁぁぁぁッ!」


 大火に勝るとも劣らない絶叫を、灼熱色の霊剣が盛大に上げた。

 歓喜と闘気に彩られた暴力的な圧声は、夜気を引き裂き遠く天まで貫き轟く。

 その雄叫びこそが合図ででもあるように、マフユへ握られた剣が一息に燃え上がった。直剣の形が不定の猛火に変じて揺らぎ、しかし少女の身は焼かず、瞬間的に形成を整え直す。瞬く変転を以って彼女が利き手へ収めていたのは、赤い長柄の槍だった。

 やはり穂先と握りに境はなく、全てが真紅に染まる武器。それでも炎の熱味と勢いだけは依然いぜんとして損なっていない。破壊力に加え、リーチさえもカバーした兇器である。

 先の脚撃によってのけぞった前敵。その無防備な胸部を直視に睨み、マフユは右腕を引き絞った。

 腰溜めに紅槍をつがえ置き、藍瞳に苛烈な害意を灯して標的へ狙い澄ます。


「そこ」


 短な呟きが夜風に飲まれると同時、少女の腕が槍を突き出した。

 圧倒的な速度で放たれた快進の刺突は、曝けた胸板を穿うがち抜く。

 骨格も露という敵の体を貫通し、赤い刺先は接触面を焼きながら背面部より破り出た。進む途上に在った内肉骨格全てを撃砕しつつ抉り裂き、一切の抵抗を許さず突き通る。


「いったるぜぇぇッ!」


 シュウカの咆哮がそれへ続き、裂帛れっぱくの闘気に合わせて焔が立ち昇った。

 灼熱の奔流が槍から迸り、怪異の隅々までを舐め回す。触れるものから食い潰す絶炎は勢いをいや増して、半屍体の内側で荒れ狂う。

 腐肉の内奥で跋扈ばっことする獄熱に、手加減などという言葉はない。死霊の骸は特大の松明たいまつさながらに赤々と染まりきり、見る間に燃え尽き朽ち果てた。

 全ては一瞬のこと。あまりに脆く容易く消し炭となった後、粉々に散って穂先から崩れ去る。


「次」

「かかってこいやぁぁぁッ!」


 温度差こそはなはだしいが、息の合った二人の声に闇が震えた。

 見えない震動に身を浸す中、マフユの歩は依然として止まらない。紅槍片手に数層分を駆け下りて、四つ足の死者へ挑み掛かる。

 動く亡者は少女の白い肌に惹かれるのか、或いは生命の輝きに群がるか。四つん這いで壁を登り、血と唾液に汚れた歯を噛み鳴らした。

 全身を小刻みに痙攣けいれんさせ、腹から零れ出た消化器系を引きって、道を譲らず特攻してくる若い娘へ自らぶつかっていく。

 両者の激突までは刹那の間。

 先に間合いへ届いたマフユの手が、走力の加味された鋭槍を突き込んだ。繰り出された一撃は歪みなく直進し、開いた異形の口腔へと吸い込まれていく。

 互いに走っている故に停止は効かず、一度事が起こればもう止まらない。少女は強引に腕を押し出し、動く死体は赤い槍に体内を抉られる。

 口の奥まで至った刃先は喉を引き裂き、ふやけた食道を猛進して胃も破り、直腸間を直走って臀部でんぶより突き出された。それは正しく人体の串刺しである。

 紅色の槍に体を貫かれ、半死体は動きの全てを封じられた。四肢で時計塔壁面を忙しなくこうとも、その身は僅かばかりも進まない。


「燃えちまいなぁッ!」


 刃と長柄に異形を捕らえ、シュウカは豪快に咆え上げる。

 威圧的で傲慢で潤いのない大声に続き、紅槍の全容は凄まじい熱波を生み放った。

 溢れ出た炎は死形の口や鼻、目玉の失せた眼窩や全身の欠損部、穴という穴から一気に流れ、意味を為さない手足の下へと這い回る。

 次いで纏り激流と化し、巨大な火柱となって噴き立った。現世に顕現した地獄の業火が亡者を飲み、余さず取り込み存在のことごとくを焼却する。

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