第2話:精霊と精霊使い
何もない虚空へ突如出現した様が示す通り、チアキは普通の人間ではない。
そもそも人と同様の姿をしてこそいるが、人間ですらない。
彼が自らを名指したように『精霊族』と呼ばれる存在であった。
精霊族とは、世を満たす澎湃な自然の生気、あらゆる可能性を内包した神秘性『霊子力』が集い、長い時間の末に自我と形を獲得した意思宿す現象である。
自意識を持って独自に駆動する生きたエネルギーとも言えた。
人間型・動物型・鳥類型・魚類型・昆虫型など個別に多様な姿形を持ち、自らの発端に起因する自然へ干渉することで、様々な事象を引き起こす事が出来る。それは超自然的な事態、魔法とも思える常外の影響として発露された。
知能レベルは総じて高く、人語を難なく扱える。それだけでなく人以外への感応も適い、対象が明確な自我を持つ存在なら意志の疎通が可能だ。
一方でその大多数は我が強く、自分本位で協調性に欠ける。強大なエネルギー流塊であるが故に存続へ他者を必要とせず、思いやりや譲り合いの精神が皆無。束縛を嫌い、奔放で集団行動には到底向かない。
また偏執的な嗜好を持つ個体も多く、人型精霊であっても人類社会に於ける倫理観の外にある。反面、気に入ったものへの執着は殊更に強い。
血肉を備えた実体ながら組成は霊子力の集合で、歳を経ても老いる事がない。そのため若々しい姿で数百年生きている者や、老いた姿ながら数年しか生きていない者などがいる。
身体の維持と分解も任意で、瞬時且つ自在に出現と消滅ができる。加えて自身の精神性を表す物へと変化・再構成まで行える。
ちなみにチアキのような人型精霊が身に着けている衣服は『精霊衣』と呼ばれ、見た目通りの物質ではない。
精霊を形作る霊子力が具現化しているもので、構成者の意思で自由に形成を変えられる。
纏っている精霊の匙加減で質感や強度や見た目は変わり、目に見える通りの触り心地とは限らない。
あらゆる面で人間ほか既存生物とは異なる存在、それが精霊族だった。
そんな精霊と交感し、繋がりを築いて、契約を結び、彼等の支配権を得ることができる術者を『精霊使い』と呼ぶ。
マカベ・マフユは、正にこの精霊使いであった。
精霊使いは独立不羈を地で行く精霊と心通わせ、対等の話し合いができる稀有な才能者である。唯我独尊にして傲岸不遜な精霊に己を認めさせ、自ら傘下に加わるよう意識改革を促せる。
これが成ったとき精霊を盟友として傍へ置き、彼等の力を借り受けて、強大無比な加護の下で様々な奇跡を行使できた。
精霊使いの資質とは先天的なものであり、持って生まれた才覚そのもの。誕生時に精霊と近似し、彼等の関心と共感を誘える霊子力が宿っているか否か、ここで決まる。
すなわち精霊使いになれる者とは、生まれながらに人間よりも精霊へ寄った神秘性を内包する特異体質の持ち主なのだ。
故に常人には見向きもしない精霊が感応し、対話を持ち得る。彼等の側へ踏み込んで、理解と協調を引き出せる。更に深く関わり契約すれば、自然の力を思うように揮う事象干渉と操作が叶う。
尤も、その代償として精霊使いは精霊へ常時霊子力を提供し続ける役を担い、彼等の在所とならねばならない。この供給行動は契約成立時、互いの間に専用の霊子バイパスが構築され、自動的に開始される。
使い手側に提供霊子がなくなると生命力が強制変換され、止まる事なく送られ続けるため、自分の力量に合わない契約を結ぶと容易に命を失ってしまう諸刃の剣。
一度契約が交わされれば精霊使いと精霊が共にこれを破棄するか、死亡するまで効力は持続する。使い手側からも、精霊側からも、一方的には破れない。
そして自由人気質の精霊が快く契約を結ぶことは滅多になかった。いかに精霊使いの才があろうとも、精霊側が使い手を受け入れなければ成立しない。
よほど使い手の事を気に入った場合か、そうでなければ実力で屈服させ強引に契約を結ばせるかだ。
契約を結んだ後も、精霊が使い手への反抗心を強く抱くほど、霊子力の総吸収量が増加する。
逆に精霊と使い手の信頼関係や精神的な繋がりが強いほど供給量は少なくなる。
精霊の使役には彼等を養うだけの豊かな霊子力と、大きな力の行使に耐えられる強靭な精神力、何よりも精霊に認められるだけの際立った魅力が必要なのである。