黒騎士と姫とミルク
「本当バカだよな、お前」
ハンスは微妙な顔をしながら、俺の前にコトンと水と飲み薬を置いた。
俺は飲み薬をパク! と飲んだ後、急いで水をゴクゴクと飲んだ。
薬効は確かなのだろうが、水なしで飲むには苦すぎる味だった。
「こんなひどい味の薬をあげるなら、甘い物も一緒にだすのが礼儀だろ!」
「ほんと、こんなヘタレな奴が外では奪命王様と恐れられているだなんて。本当に笑えるよな」
チッ。俺も気にしてるから言うなよ! 日本での記憶が戻ってから、自我がこんな感じに固定されてしまったんだから! しょがないだろ。
ハンスが失笑しながらテーブルに小さなキャンディーを置き、俺はそれをまっすぐ口に入れた。
あ、少し増しになった。……いや、やっぱり足りん。
「……もう一つ」
「はいはい」
適当に答えつつ、ハンスは俺の手にキャンディーを三つほど置いた。これくらい食べないと苦味が治らないということだろう。そんなこと分かっているなら最初から4個を出して欲しい。
心の中で不平を言いながら飴を食べていると、ハンスが聖石の入った箱を俺に差し出した。
「あ、あとこれも持っていけ」
「何だ?」
「ハンナが昔使ったおもちゃ。大きいのは他の家にあげたけど、小さいのは少し残しておいたんだ」
「おお、サンキュー」
ちょうど必要だったので助かる。
ガラガラ-。
俺はさっそく箱からガラガラを取り出し、ベベの前で振った。
すると、ベベが今までで一番明るい笑顔で手を振った。
「ぴゅっー♥ぴゃー♥」
「おお、嬉しいか、よかったな」
こういうのも大事だね。ご飯やおむつの時は仕方ないけど、普段から理由もなく気分が悪い時は使えるから。
は、本当に--。
「……ここに来てよかったよ」
「なんだよ、そんなこと言ってもサービスしないぞ?」
「サービスなんて頼んでないから」
そもそも、今ちょうどベベのおもちゃと聖石という大きなプレゼントをもらったばかりだし。やっぱりここでこれ以上取るわけないだろ。
「ただの感想だよ。いろいろ気を使ってくれてありがとう」
「……げっ! 男子が恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ!」
口ではツンツンしてるくせにハンスは耳を赤くしていた。
まったく、素直じゃない奴だ。
その姿を見て思わず笑っていると、
「う、うわぁ~んーー!」
ベベが突然泣き始めた。
「えっ!! え、どうしよう!? この子、今度は何で泣いてるの!? ガラガラ、は気に入ってたのに!! もしかしてまたおむつ!?」
「俺にわかるわけないだろ!! 俺も子育てはよく知らないよ!! ハンナもほとんど母親と乳母が育てたし!!」
「そーですか!!」
それは自慢することじゃないだろ!! このアホが!!
それにしても痛い!! 痛い!! 聖石! 聖石……!!
……あ、ちょっとよくなった!!
ふぅー。どれどれ。うーん。今度はおむつじゃないな。お尻の下がまだサラサラだし。えっ、じゃあ、じゃあ、なんだーーーーて!! どう考えても育児初心者の俺には分かるわけないだろ!!!! ちくしょう!!!!!
「……お父さん! どうしたの!? 赤ちゃんの泣き声が聞こえたけど」
慌ててベベの顔を窺っていると、2階にいたハンナが店の方に降りてきた。
そしてそわそわしているハンスと俺の顔を見て、あきれたようにため息をついた。
「はあー。二人ともどいて」
「え? ハンナ、赤ちゃんの世話できるのか?」
「できますよ、ナイトさん。お小遣い稼ぎで、たまに隣のマレ姉ちゃんの娘の世話をしに行ったりしてますから」
「……そうか、すごいな」
まだ子供なのにしっかりしてるな。
ハンスも見習えばいいんじゃないか、お前の娘を。……俺もそうだけど。
とにかくハンナが助けてくれたおかげで、俺たちはベベを泣き止ませることができた。
どうやらお腹が空いていたらしい。
さっきは慌てて思い出せなかったけど。そうだよね。そろそろお腹が空く頃だ。魔王城から出てきてからもう1時間経ってるんだ。
……こんな小さな子供を空腹になるまで飢えさせるなんて。俺はなんて悪い大人なんだろ。反省しよう。くっ。
「……だから、赤ちゃんはこうやって抱っこして、ミルクを少しずつゆっくり飲ませるのが大事です」
「へえー、そうなんだ。教えてくれてありがとう」
この世界の哺乳瓶は地球と同じ形ではなく、小さなティーポットのような形で、赤ちゃんがむせることがないように少しずつゆっくり飲ませる大事なようだ。
……ここにハンナがいてくれてよかったな。俺一人だったら大変なことになっただろうし、本当に反省しよう。赤ちゃんは誰でも育てるものじゃないな。
「はあ、乳母でも雇えたらいいのに」
「え? 雇えないんですか?」
「あー、そうだな。俺の勤務先があそこなんだからな」
「ああっ! そう、ですよね……」
俺の言葉の意味を理解したハンナが、そっと視線を逸らした。
ナイトは四天王の一人である奪命王ブレードの側近という設定だ。騎士みたいなものではなく、秘書の方。だから俺が乳母を雇うことになれば、当然その乳母の勤務地は奪命王の領地である「死の谷」ということになる。決して人が雇えるわけがないのだ。ハハッ(泣)
「まあ、頑張ってみるよ」
「ナイトさん……」
ハンナが涙を浮かべながら可哀想そうな目で俺を見た。
自分でも手伝ってあげたいが、やはり奪命王の領地に行くのは恐ろしいようだ。
ところでハンス、そんな睨むなよ。俺がわざとハンナを泣かせたわけじゃない。まだギリギリ泣いてないし。
……仕方ない。少し慰めてあげるか。
「だからハンナ、俺がここに来た時だけでいいから、この子の世話を手伝ってくれないか?」
「……はい!!」
よし! 笑った。やっぱ子供は笑わないと。
ところでハンスさん。もうちょっと顔を何とかしたらどうだ。目に血筋が出てるぞ。何だ、あの嫉妬に満ちあふれた目は。娘は渡さない? ……いや、さすがに友達の娘に手は出さないからな。しかも年差だって百歳近くあるし。俺はロリコンじゃないんだよ、この親バカやろ!
「はい、全部飲みました!」
「おお、ありがとう。ハンナ」
「いえいえ、私もお役に立てて嬉しいです! ナイトさんが大変なのに何もしてあげられないのは私も悲しいですから」
「ハハ。ハンナは本当にいい子だな。ありがとう、ハンナ」
ポンポンとハンナの頭をなでると、ハンナは嬉しそうに笑い、ハンスは嫉妬に燃える目でこちらをにらんできだ。
おいおい、娘バカも程々にしてくれよ。ハンス。
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