黒騎士とお姫様(バブ)
魔王との謁見を終えた俺はメイド長を追って客室に向かった。
魔王が捕まえた姫を客室に閉じ込めたと言われたからだ。
(そういえばティレンシアの王女は何歳だっけ……?)
確か14〜15歳くらいだったような気がする。
はあ、ちょうど思春期か。くそ。魔王も余計な命令をして。
デリケートな時期の女の子の世話をしなければならないなんて、プレッシャーでもう胃が痛い。誰か変えてくれ。心が死ぬ(泣)
いっそのこと、この廊下が永遠に続けばいいのに!
しかし、もちろんそんなミステリアスでホラーな奇跡は起きなかった。よかった。よかったじゃない! クソッ!!
廊下の隅にある扉の前に立ったメイド長が、扉を指差して軽く頭を下げた。
「ブレード様、ティレンシア聖国の王女はこの奥にいます」
「……ああ」
もう到着したのかよ! まだ心の準備ができてないんだけど!!
メイド長! 俺、心の準備がしたいんだから! ちょっと他のところに行ってくれないかな!?
そんな心を込めて、セイレンメイド長に熱い視線を送ったが、無表情のセイレンメイド長は、ドアから一歩離れたところに無言で立った。
どうやら俺が出るまでここで待つつもりらしい。
ちくしょう。メイド長が他の所に行ったら少々メンタル修繕して姫に会おうとしたのに。こう後ろに立っていると、そうもいかないじゃないか。だからといって、やることがたくさんあるメイド長をここでずっと待たせるわけにもいかないし!
ああ、ちくしょう! もう知らない!!
これよりもっと大変なこともたくさん乗り越えてきたんだ! 緊張することはない! 大丈夫だ!! ん! そう! たかが! たかが! 思春期の女の子の世話をするだけのこと! だいじょうぶ! ダイジョブ! ダイジョブジャナクテモダイジョブジャナクチャナラナイ!!!!
決意が揺らぐ前に、ドーン!! とドアを開けて入った俺は、床にひざまずき、落ち付いた声で姫に挨拶した。
「初めまして、姫様。お世話係になった奪命王ブレードと申します。これからよろしくお願いします」
普段は無言で有名な俺だが、要人への初挨拶はちゃんとする!
第一印象が最悪だと、後で困るからな!!
「……」
ところがこのお姫様、答えがない。
それなりに丁寧にしたと思ったんだが、 挨拶が気に入らなかったのかな? それとも勝手にドアを開けて入ってきたから?
でもそれは仕方ないことだ。
いくら世話役とはいえ、俺は魔王軍。いくら相手が一国の姫とはいえ、囚人に許可をとってからドアを開けるのもおかしいだろ。
はあ、これが初対面なのに、もう第一印象最悪だな。
(これからうまくやっていけるかな、本当)
不安しかない。
やることが看守に近いとはいえ、魔王から命じられたのはあくまで王女の世話役。
王女が反抗的だとやる事が難しいのは明らかだ。
そんなことを考えていたとき、中から高い声が聞こえてきた。
「ぴゃーー♥」
「ぴゃ……?」
今、ぴゃ、って言った?
いや、俺の聞き間違いだろう。大人のお姫様がぴゃあって言うわけないだろ。おむつをきた赤ちゃんでもないのに。
そんなことを考えているとき、
「ぴゅっ!! ばぶーーっ!!」
奥から再び同じ声が聞こえてきた。
「……」
幻聴だと思いたい。
幻聴だと思いたいが、どう考えても幻聴ではなかった。
その瞬間、不気味な仮定が浮かんだ。
(……もしかして魔王城に捕まってきた衝撃で姫が幼児退行でもしたのでは?)
いい大人が赤ちゃんのように泣くなんて。それ以外の理由は思い浮かばなかった。
俺は下を向いていた首をギギギギギと、重く起こした。
気配は客室の中。千枚通しのベッドの上だった。
(思春期のお姫様のベッドを覗くのは本意ではないが)
万が一、王女が本当に狂って幼児退行でも起こしたのであれば大問題なので、確認しなければならなかった。
唾を飲み込んだ俺は、ベッドを上から覆ってあるキャノピーをそっと開いた。
すると、ベッドの奥に横たわっているお姫様の姿が目に入った。
白いレースで飾られた光沢のある上品なスカート、柔らかそうなピンクブロンドの髪、その上に乗せられた職人が作ったに違いない美しいティアラ、ミルクのように白くふっくらとした頬と、満面の笑みを浮かべる小さな唇。
そこにはお姫様の服を着た赤ちゃんが横たわっていた。
乳離れしたかどうか怪しい年齢の。
「……姫……さま?」
「ぴゃーー♥」
もしかして今、答えたのか?
まさか、と思いながら、俺はまた口を開いた。
「……姫様?」
「ぴゅぅーー♥」
……やはり呼びかけに答えたのが正解だったようだ。
アリエナイダロ。
俺はそのまま振り返り、メイド長が待っている廊下へ行った。
「……メイド長」
「はい」
「ティレンシア聖国の王女は確か14歳だったはずでは?」
さっきまで忘れていたが、ベッドに転んでいる赤ちゃんを見たショックで思い出した。
確かティレンシア聖国の王女は14歳だったはずだ。四天王の一人として外交部を担当しているリリーが数ヶ月前、ティレンシア聖国の王女の14歳の誕生日プレゼントを用意すると、とても嫌そうな顔で言っていた記憶があるから間違いない。
なのに、なのに何で! まだ乳離れしたかどうか怪しい赤ちゃんがいるんだ!?
こんな年齢の姫はティレンシアはもちろん、他の中立国にもいないはずだ!
「ああ、それですか。魔王様に聞いたところ、数ヶ月前、ティレンシアに王女が一人生まれたらしいです。まだ幼いので、外部に公表はしていないようですが」
「……ソ、ソウカ」
「ええ。名前はベアトリーチェ・A・ティレンシア、もう4ヶ月と聞いたので、魔王様も世話役が必要だと思ったのでしょう」
「……ナルホド、ワカッタ。オシエテクレテアリガトウ」
ロボットのようなカタカナ語でメイド長にお礼を言った俺は、慎重にドアを閉めた。
そして、
ばたん。
ドアを閉めるやいなや、俺は受け入れられない現実に、頭を抱え座り込んだ。
(囚われの姫といえば、普通金髪のうるわしき乙女でしょ!? ナンデアカチャンがイルンダヨオオーーーーーー!!)
目から汗がじんわりと出てきた。
どうせ魔王軍だから、捕らえられた姫とウフフ、アハハ、なんて言いながら紅茶を楽しむことはできないことはわかっていた。
むしろお姫様が「お前を殺して逃げてやる!!」なんて言いながら逃げ出しする確率が高いことも。
しかし、まさかお姫様が赤ちゃんだとは思わなかった。
(だって、育児なんてやったことないんだから!)
誘拐してくるなら、ママと一緒に連れて来い! くそ!!!
心の中でそう叫んだ俺は、床にしゃがんだまま小さな声で陰鬱につぶやいた。
「……はあ、もしかして魔王様は俺が嫌いなのか?」
いや、うん。嫌ってるんだろうな、だからこんな命令を出したんだろう。いくら役に立たないとはいえ、俺は四天王で黒騎士なのに。王女の世話役なんて、どう考えても左遷だ。わかってた。
しかし! それでも! これはヒドクナイ!?!?!
「いくらなんでも、赤ちゃんはナイデショーーーーーー!!!!!!!!!!!」
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