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黒騎士と騒がしい森1


「はあ、疲れた……」


 家でただベベの世話をするだけでも大変だったと言うのに。それに加え、仕事までやったんだから。今日はほんとに骨が折れた。

 いつもは用事だけ済ませて昼過ぎには帰えるのが普通だったのに。今日はもう夕方近い時間だ。


「今日はなんだかロベランもしつこかったし」


 普段も俺が城に行くと、ロベランは俺を何かしら捕まえようとする。

 霊墓城が領主の城なら、領主である俺が住まなければならないということだ。彼曰く、主人のいない城は城ではなくただの建物らしい。


 まあ、言いたいことはわかるけど、それは受け入れられない。ちょっとアレだ。霊墓城にいるとどうしても周りの視線が気になるというか、リラックスできないから。


「休むときはゆっくり休みたいしね。ねえ、ベベ」

「ぴゃあ♥」


 ベベが嬉しそうに答えた。

 城を出る前にミルクをあげたからか、ベベはとても機嫌がいい。

 まあ、この子の機嫌がいいことは、俺にも良いことだし良いか。


「……にしてもうるさいな」


 遠くから戦いの音が聞こえてきた。

 モンスターが一匹。おそらく人型魔族が一匹。1対1の状況。

 いつもなら無視して通り過ぎるけど、ちょっと状況が悪い。

 なぜなら、気配を見る限りモンスターは大型モンスターで、それに比べ魔族はずっと小さいからだ。普通の魔族と比べても小さい。おそらく、子供か種族自体が小さい種族なのだろう。どちらにしても良い状況ではない。

 子供も小人族も大体戦闘能力は低い。今は頑張っていても、いずれ限界を迎えるだろう。

 そう思った途端、魔族の足取りが遅くなった。


「……危ないな」


 急にスピードが落ちた状況から、足を怪我している可能性が高い。

 このままではすぐにやられる。


 くそー。もう少し耐えられると思ったのに!


 俺は自分の影に向かって叫んだ。


「シュナイダー!!」


 すると、地面に付いていた俺の影がどんどん伸びていきーーーー


[ヒヒィィーーーーン!!!!]


 黒い馬の姿をとった。


 炯炯と光る赤い目。普通の馬より一回り大きな体。周囲を圧迫する威圧的なオーラ。誰もが一目を見ては逃げるような、凶暴な姿。

 デスナイトメアである俺の魂の半分。

 幽霊馬シュナイダーだった。

 戦闘時にはこの子に乗って戦場をかき乱したこともあるが、今回の目的はそれではない。


「シュナイダー、お願いできるか」


[ブルルゥーー]


 シュナイダーが任せてくれという顔で首をかしげた。

 よし、戦闘能力の高いシュナイダーがベベを預かってくれるなら安心だ。

 シュナイダーに承諾を得た俺は、ベベを木の幹に下ろしてシールドを張った。

 ベベを連れて行くことも考えたが、前回のミノタウロスの件を考えてもそれは良くない気がした。

 だからシュナイダーにはここでベベを守ってもらう。


「……じゃあ、行ってくる」


 向こうの状況がわからないので、身バレ対策としてローブを羽織り、認識阻害マスクを取り出し被った俺は、すぐに音が聞こえてきた方角に向かい飛び出した。

 走ってから間もなく俺は戦闘場所に到着した。

 そこには灰色の森が広がっていた。


 いや、これは灰色の森じゃない。これはーーーー。


「ーーーーっ! そこのあんた! 危ない!! 逃げて!!」


 突然戦闘場所に現れた俺を発見した魔族、いや。獣人がモンスターの攻撃をギリギリで避けながら叫んだ。


 やっぱり。


 俺は獣人を見てそう思った。

 モンスターに攻撃されている獣人の片足が石になっている。木と同じ灰色だ。それ以外にも肌の処どころが灰色になっている。石化したのだ。

 こんな能力を使えるのは一つしかなかった。


「……バジリスクか」


「シュゥゥゥーー」


 巨大な蛇の形をしたモンスター バジリスク。

 私と目が合ったバジリスクが、呼びかけに答えるように蛇が舌を鳴らした。

 蛇が舌を鳴らす奴の口から灰色の煙が出た。あれがあの獣人を石化させた毒、石化毒だ。あれに触れればそれで終わり。じりじりと毒に蝕まれて死に至る。

 あの獣人も今はまだ無事だが、おそらく遠からず灰色の石像になるだろう。そうでなくても、あの状態だといつ足が折れるかわからない。完全に折れたら石化を解いても足は戻らない。

 急いで手当てしたほうがいいだろう。


 そんなことを考えていると、


「くっ! おい、こっちだ! こっちに来い!!」


 そう叫んだ獣人が突然走り始めた。向かうのは俺から一番遠い方向。どうやらあの獣人は俺の代わりに餌になるつもりらしい。


 しかしそんな獣人の犠牲精神にも関わらず、俺という新たな獲物を発見したバジリスクは振り向きもせず俺に向かって這い寄ってきた。

 もう捕まえたも同然の獣人をしばらく放置して、新鮮な獲物である俺を狙うつもりらしい。


「あ、おい!!ついて来いって言ってるだろ……!!」


 それに気づいた獣人が俺に向かって走り始めたが、もう遅い。

 すでにバジリスクは俺の目の前まで来ている。

 獣人が到着する前に、胴体を膨らませたバジリスクがプーッ!と、俺に向かって毒煙を吐き出した。





***





「はっ! はあっ!」


 獣人ギャルルは必死に森を走っていた。


 こんな深い森の中に一人で入ってくるなんて、馬鹿だった。

 止める周りの人を無視するなんて、愚かだった。

 どんなモンスターも倒せるなんて、傲慢だった。


 なんでこんな森の中まで入ってきたんだろう。

 周りのみんなに言われたのに。


 危険だと。

 心配だと。

 全部僕のために言ってくれた言葉だった。


 しかし、僕は聞く耳を持たなかった。

 狩りは何度もしたことがある。

 そのたびにいつも周りに使用人がいたけれど、狩りをするのは僕一人だった。

 だから。


 みんなが見ているだけなら、一人でも変わらないだろ、そう思っていたのだ。

 屋敷をこっそり抜け出し、普段なら周りの人に止められて入れない森の奥まで入ってきた。

 

 最初は楽しかった。

 一度も行ったことのない森の奥には、初めて見る景色、初めて聞く音、初めて嗅ぐ匂いがあった。

 使用人達の言葉とは違い、襲ってくるモンスターもないし、危険なものは一つもない。むしろ退屈に感じるくらいだった。



 

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