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チートなんざクソくらえ!!  作者: 文月 澪
魔法への邂逅
19/29

第19話︎︎ 水と油

 遠く、かすかに鳥の(さえず)りが聞こえる。肌を撫でる風。瞼を照らす淡い光。


 俺は少し汗ばむ気怠い体を持ち上げる。目を(こす)りながら開けるとベッドの上にいた。


 あれ。

 確か門を(くぐ)った所で力尽きて寝落ちしたはずなのに。なんでベッドに寝てるんだ?


 室内に視線を移すと、何も無いがらんとした殺風景な部屋。まだ数日の付き合いだけど間違いなく俺の部屋だ。


 体を見下ろすとちゃんと部屋着に着替えさせられている。砂にまみれて汚れていたのに拭かれてさっぱりしていた。それでも少しじゃりっとするけど。


 えっと……なんだっけ。


 まだ十分に魔力を補充しきれていないボヤけた頭で考えても全然回らない。


 あ~……も1回寝よ。


 いそいそと布団に潜り込もうとしていると、扉が叩かれ、イルベルが入ってきた。


「おーい、ルイ。もう朝だぞ。朝食の準備ができるから降りてこい」


 その声に俺はのそりと布団から顔を出す。しっかり目覚めていない視界は滲んでいる。


「う……ん。もうちょっと、寝かせて……」


 もそもそと動く俺に溜息を吐いて、イルベルはベッド脇まで来た。


「どうしたんだ一体。あーあー……髪ボサボサじゃないか。まったく。昨日はいつまで経ってもギルドから帰って来ないし、気になって外まで様子を見に行けば倒れてるしさ。メイムが運んでくれたんだ。後でちゃんと礼を言っておけよ」


 イルベルに言われて昨日の事を思い出す。そうだった。連絡する間もなく山に連れていかれたんだっけ。その後は夜までずっと訓練漬けだ。この世界には携帯も無いし、無断で出かけた事に罪悪感が湧く。


 俺はまだギルドに登録したばかりで、町人に知り合いもいない。かろうじてフィードやティットと顔見知りってくらいか。


 そんな奴がいなくなったとしたら、カンパニー責任者であり、身元引受け人であるイルベルに嫌疑がかかってしまう。最悪罪人を手引きしたって難癖つけられる可能性だってあるのに。俺が浅慮だった。


「ごめん、なイルベル……昨日、魔術を教えてくれるって、じいさんに会ってさ……しごかれてたんだ……もう、魔力切れで……ねむい……」


 また布団の海に潜り込もうとする俺を、イルベルは強引に起こした。布団を剥ぎ取らて丸まる俺。ぺしんと尻を叩かれ耳元で叫ばれる。


「そういう事なら尚更食べなきゃだろう! 魔力は食物からも得られるからな。ほら、起きろって!」


 腕を引かれ首がガックンガックンと揺れた。


 ちょっまっ!

 目が回る~。


 ただでさえ晩飯抜きなんだ。腹は減ってるから魅力的なお誘いではあるけど、体力も限界。起き上がるのだって辛かった。


 それでもどうにか立ち上がり、イルベルに手を引かれフラフラと歩く。階段は特に危なっかしくて、手摺にしがみつきながら降りていった。


 ダイニングが近づいて来るにつれて、香ばしい良い香りが鼻腔を(くすぐ)る。その香りに刺激されて徐々に目が冴えてきた。途端に鳴る腹の音。それと共に口内に溢れる唾液をゴクリと飲み下す。


 もう眠気なんて宇宙の果てに飛んでった。フラついていた足元も次第に力がこもってくる。


 イルベルに引かれていた手を逆に引っ張って、ダイニングへ走った。


 ――なにこれ!? めっちゃいい香り……早く食いたい!


 ダイニングにつくと勢いよく扉を開く。


 そこにいたのはディアとメイム。2人とも既に席に座っていた。しかも仲良さそうに隣同士でイチャついている。


 食い意地に犯されていた脳内がすんっと静まる。その次に湧き上がるのは非リアの叫びだ。


 ――リア充が! 爆発しやがれ!


 ダイニングの入口で血の涙を流す俺を、イルベルが不思議そうに覗き込んできた。


「お前ほんと何なんだよ。嬉しそうにしてたかと思えば今度は歯ァ食いしばって……。まぁ、いいや。お前の席はあっちだよ。キーナ、手伝おうか?」


 その声に、ダイニングの奥から返事が返る。


「大丈夫よ。もう終わるわ。あなたも座っててちょうだい」


 イルベルは短く返事を返すと、俺を席に誘導する。6人がけの長机の端に腰を落ち着けた俺の隣に、イルベルが座った。


「今日の朝食はキーナの当番なんだ」


 そんな事を言いながら。


 しばらく待つと、キーナがワゴンを押して出てきた。人数分のメインとスープ、それに白パンが乗っている。首を伸ばして覗くと、メインは魚のようだった。美味そうな焦げ目にワイン色のソースがかかっている。これが香ばしい香りの正体か。


 キーナは1人ずつ料理を配っていく。俺はソワソワと落ち着きなく待っていた。


 それは徐々に近づいてきて、イルベルの番になった。


 次は俺だ。


 ――早く早く!


 お預け状態の俺の前に置かれる皿。

 それを見て、一瞬の沈黙が落ちる。


 うん。

 美味しそうだね。

 キーナって料理上手なんだ~。

 でも何この量?


 そこにはキレイにカットされた破片がちんまりと盛り付けられていた。スープも底が見えそうな程に少なく、白パンは見るからにカピカピだ。


 無言で見つめる俺を、キーナは華麗に無視する。イルベル達もどう言えばいいのか分からずにオロオロしていた。


 しかし、キーナは何食わぬ顔で自分の料理を並べると祈り始めた。


「あ、あの、キーナ……?」


 そんなイルベルの言葉も聞こえないフリだ。


 ――こん……っの野郎!


 さすがにこれには堪忍袋の緒が切れた。めちゃくちゃ美味そうで、すんごい楽しみにしてたのに!


 俺は力の限り机を叩き、キーナに食ってかかる。その勢いにキーナの肩が跳ねた。


「てめぇ! 陰湿なんだよ! 聖女候補が聞いて呆れるな!」


 こんな事をしておいて、やり返されるとは思っていなかったのか手が震えている。それでも平静を装って口を開く。


「あ、あなたはまだ見習いなんだもの。それも修行の内よ」


 は?

 修行だぁ?


「お前、ふざけてんの? 修行僧でももっとマシなもん食ってるよ。それとも何? お前もその修行とやらをやったのか? こんな食事とも言えない量で?」


 それにもキーナは分かりやすく反応した。視線が泳ぎ、声に力がない。


「わ、私は修道女だったもの。あなたとは違うわ。あなたは神に背いた落とし子。それぐらいがお似合いよ。食べれるだけでも感謝しなさい」


 こいつ……いちいち腹立つな!


 でもコレが神殿の俺に対する総意なんだろう。まだ神殿関係者はキーナとギルドで会った奴らしか知らないけど、録な奴がいない。


 俺は更に(あお)る。


「へぇ、お前の神様ってそんなに心が狭いんだ? みみっちぃの。ま、確かにあの天使も気が短かったよな~。勝手に呼びつけといて少し抵抗されただけであっさり捨てるんだもんよ。神とやらも推して知るべしだな。信者に祈りさえ満足にさせないんだから。そりゃ信者も差別主義になるわな」


 さすがに神を引き合いに出されたらキーナも我慢ならないようだった。勢いよく立ち上がると声を荒らげる。


「神を侮辱したわね! 神は等しく私達を導いてくださる尊い存在よ! 救いの救世主だわ!」


 だけどそれも白々しい。何が等しく~だ。


「じゃあ聞くけどさ。なんで一般信者は神像に祈っちゃダメなの? 皆平等なんだよね? なら誰でも神像に祈っていいはずだろ。でも神殿はそれを禁じてる。誰がそんな事決めたの? 神様? 違うだろ。大昔の神殿のお偉いさんじゃないの? 言っとくけど、俺が侮辱してるのは神じゃない。お前達信者だよ」


 もしかしたら、こんな事言われたのは初めてなのかもしれない。キーナは顔を白くして震えている。


「怖いのは、神の教えを曲解して押し付ける信者だよ。きっとファナタスも教義は立派なんだろうさ。でも法王は? 司教や大聖女は? お前会ったことあんの? ただ上っ面だけ見て心酔してるだけだろ。自分で考えろよ。俺はな、ファナタスの神は嫌いだけど、宗教が嫌いな訳じゃない。俺の国には色んな神がいた。中にはお前らみたいのもいたよ。でもな、そんな奴らは倦厭(けんえん)される。俺もファナタスみたいに押し付けがましい奴らは、大っ嫌いだ」


 俺の叱責にキーナは震えながらも反発する。


「神は……私に生きる道を教えてくれたわ……神の言葉は心の支えよ……何よ……何も知らないくせに……偉そうな事言うんじゃない!」


 最後は泣き叫び、ダイニングを飛び出して行った。室内はしんと静まり、気まずい空気が支配している。


 ――ああ、知らないよ。だって教えてくれないじゃないか。教えてくれよ。俺は、お前とも仲間になりたいんだ。


 きつく拳を握り、俯く俺の肩にイルベルが手を置く。でも、それだけで何も言う事は無かった。


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