捏造された歴史
「『歴史』ってどうやって決まるか知っとぉ?」
「は?」
学校からの帰り道、隣に並ぶ俺の親友がやんわりと喋りだした。
この独特のイントネーションとも長い付き合いであり、今では小気味よく感じているくらいだが、いろんな意味でいつもと違う今日の俺は、その声の調べに身を委ねきれず、とぼけた声で返事をしてしまった。
というのも、その俺に投げかけられた質問は、つい先ほど、俺がした質問への返答としてだったからだ。
質問を質問で返す―。
そう、つまりは不意打ちであり、目と口をポカーンと開けて気の抜けた声をあげた俺を、誰も咎められまい。
加えてその質問は、俺のした質問と全く嚙み合ってない返答だったのだ。
だから俺は、文句の一つでも言ってやろうかと喉を震わす準備をしたが、しかし、普段は何にでもストレートな物言いのコイツが、こんな遠回しな問答を始めようとしているなんて―、ふむ。
そのことに、すんでのところで気づいた俺は、珍しいこともあるもんだなと…怪訝な顔を浮かべながら、その問答に付き合うことにした。
「昔の文献や資料を基に、組み立てられるものじゃないのか?」
今は夕方、時刻的には空が赤く染まってもおかしくない頃合いだが、今日は条件が良くないのか、夕焼けと呼ぶには空は少し寂しすぎた。
そんな空を見上げて逡巡―、流れる雲が数センチ動くくらいの時間をかけて、俺はそれっぽい答えを組み立てて口にした。
すると―。
「…50点ほど、やんな」
十分な間を置いてから、及第点にはおおよそ届いてないだろう点数が告げられた。
間を置いたのは、俺の答えの、さらにその後に続くだろう言葉を待ってのことだろう。
相変わらず器用なことをする奴だ。
まあ、残念ながら、続きの用意はしていなかったので、その試みは徒労に終わったわけだが。
…心の中で申し訳ないと謝罪しておこう、口には出さないが。
「たしかに、昔の資料を基に歴史は決められてるんな。でもな。その昔の資料が正しいというのは、誰がきめるん?」
―ふむ。
鋭いところを突いてくる。
突いてくるが、口に出した以上、すぐに納得するのもばつが悪いので、すこし反発を試みる。
「公的に政府が残した文章が真実から程遠いとは考えにくいけど。」
また―、しばらく間が置かれる。
この駅までの道は、いつも人通りがまばらで、車もたまにしか通らない。
期もせずに空いた少しの間で、その貴重な一台を目で追っていると―。
「…30点やなぁ」
なんと、点数が下がった。
そんなこともあるのか、カラオケの採点方式かよ。
今回の間は先ほどのそれと違って、きっと俺の答えに落胆したんだろう。
ちょっと情けない。
「ほんとに情けないわぁ。キミはもっとできる子やん?どぉしたん?」
嫌味など込められてない、純粋な眼で覗き込まれた。
後ろに伸びた二人の長い影が、少しだけ重なる。
「―っ。か、買いかぶり過ぎだよっ。」
というか、俺の質問を横に置きやがって、気もそぞろでまともな答えなんか出るか!
…と言ってやりたいのを、とりあえず我慢する。
それほど、コイツが遠回しな問答をするのは珍しいのだ。
しかたない、もう少しだけ付き合ってやるか。
「で?じゃあ、その正しさ?を誰が決めるんだよ?」
「あ、いやいや、ちゃうんよ。さっきのキミの答えが全くの間違いってことはないんよ。近代の資料はかなり信用できるし、現代に近いもん程正しい、で、まあええんよ、例外も多いけど。」
と、両手を左右に小さく振りながらの訂正が入った。
そう言えば30点なんだったな、―という事は、情報が足りないという事か。
くそっ、学校でも赤点なんて取ったことないのに、なんてひどい奴だ。
「でも、時代が遡れば話はちがうやん。大昔に、それこそ紀元前に書かれた文章が絶対正しいなんて言えないのは、キミでもなんとなくわかるやろ?」
それは…、まあそうか、そう言われればそうだな。
なかなか話が少し面白くなってきたじゃないか。
駅まではまだまだ距離があるし、まだもう少しこの話に付き合うのもやぶさかではないぞ。
「分かりやすいんは天皇やんな。えーと、天皇は天照大神の子孫とされてんけど、今この時代、そないなこと信じてるやつ、おらんやん?んー、この事は日本最古の歴史書、日本書紀や古事記にかかれてるんやけどな。」
『なるほど。』と、頷きながら、目配せで続きを促す。
「わかってくれたん?まあ、天皇の事はただの例やから、横に置いとくとして。―つまり、歴史書のすべてが正しいっつーことは、ほぼ無いわけなんよ。特にな、国が新しく成立とかするとな、よく歴史が捻じ曲げらたりする。んー、この話はなごぉなるから、ここまでにしとくけども…。」
いつもより早口で、説明をしてくれる。
いつもと違い、その間、目は一度もあわせてくれない。
そんなことを思ってる俺を置き去りに、言葉の乱れ打ちはさらに激しくなっていった。
「…だから結局な。歴史は多くの文献や資料からの推測っつーことやね。いろんな国のいろんな文書が似たような事を書いてる。ならこの出来事は本当にあったんやろなぁ、ってな具合で。ああ、当り前やけど、他にも色んな要因があって真実を絞っていくんよ。そして勿論、一人で全部調べるわけやないから、沢山の仮説がでる。その仮説ん中で、一番ええ感じにみんなが無理やり納得したんが、『歴史』となるんやな。」
と、ここまで一気に語りきったあと、すぅ、と息を大きく吸い上げ―。
「でな。ここからが、本題なん。」
と人差し指を立てて、前かがみに言った。
まだ俺の頭は整理途中だったのだが、これは前置きらしい。
駅までの道程は、公園の前に差し掛かったところだ、まだまだ余裕がある。
その公園の中では、小さな犬が自分の尻尾をクルクルと追い廻していた。
俺の頭は、正直その犬くらいに話に追いつけていないが、それでも、どうにか話を飲み込みんで、話の続きを待つ。
「たまに思うことがあるんよ。」
声のトーンがそう思わせたのか、先程とすこし雰囲気が変わった気がする。
だから俺は、集中してその声に耳を傾けることにした。
「たとえば、今日。世界中に住んどぉ、それなりに多くん人が『同じ内容の、突拍子もない作り話』を、―つまりは、嘘の話を日記などに残す。具体的には『2021年7月10日 モンゴルに火星からの使者がやって来た。』みたいな、誰が聞いても嘘だろうと分かる話を、不特定多数の人が、文章にして大量に、世界中に残すと…。」
そこまで語り、もったいぶるようにたっぷりと溜めてから―。
「数千年後、それが実際に在った歴史として成立するんやないんかと…。」
と、さらに一段低くした声で、そう言い放ったのだった。
…。
いつの間にか俺たちの足は止まっていた。
公園から出てきたであろう子供たちが、「ばいばーい」と振り向きながら手を振り、横を通り越していく。
「…へぇ。なるほどね、おもしろい。」
面白い。
感じたことを、素直にそのまま声に乗せて返した。
実際、興味深い話だ。
是非試してみたいが―、しかし、実験結果を知れるのは俺が死んだ何千年も後だとすぐさま気づき、心の中で少し落胆する、残念。
…でも、あれ?
たしか『本題』って言ってたよな?…という事は?
「…ん?えーと、これが俺の質問への…答え、ってことか?」
思ったことを、またそのまま口にする。
「…。そ、そのつもりでは、一応、あるん…やけども…。」
流れる雲を目で追うように、視線を泳がせながらの返答があった。
これを俺の質問に対する答えとされては、すぐにはピンとこない。
同じく俺も、空の雲に目線をやりながら、またしばしの逡巡に入る。
けれども、この少しの沈黙も耐え難かったらしく、俺が考えをまとめきる前に、すこし上ずり気味の声で説明を付け足してくれた。
「つっ、つまりぃなっ!あの噂を流したんは、あたしなんよ!…その。皆がそう認識すれば、真実もそうなるぅ思ーて…。」
俺は…、目を合わせられなかった。
ここまで言われれば、流石にもうその意味は分かる。
そこまで鈍くはない…、つもりだ。
―ったく、普段あれほどストレートな物言いなのに、どうしてこういうことは回りくどいんだろうか。
はぁ、しかたない。
ここは俺が、男らしく、手本を見せてやろうじゃないか。
そう意気込み、止まっていた足を動かして横に並ぶ。
その一歩目の足を踏み出したときに…覚悟は決めた。
あとは、実行に移す勇気だけだ!
「あ、あのな…。」
そこまで言って、続く言葉が出てこない。
っんとに、人の事なんて言えやしない。
声も裏返って、カッコ悪いったらありゃしない。
―でも。
続かない言葉の、その代わりに―。
ひとつに繋がった、後ろに長く伸びた二つの影。
それを揺らしながら、駅までの残りの道を、ただただ二人、無言で歩いたのだった。
―空に伸びなかった夕焼けは、二人の頬に綺麗に広がっていた。
了
テーマは「エモい」です。
どうでしたでしょうか?エモかった?エモくなかった?あれ?
というかエモいって何?
未だにエモいってよくわかりませんが、こういったお話を書きたいとは常々思っていました。
自分なりには、それなりにうまくかけたつもりですが、何か物足りなさを感じた方がいらしたら
きっと私の文章力がまだまだなんでしょう。精進したいと思います。
ちなみに、初出の―現在NOTEに載せてあるバージョンとは少しだけ違います。
違うといっても、加筆修正しただけですが。
細かいところですが、一応報告だけしておきます。
いつか、推敲したいと思ってたんです。はい。
では、最後までありがとうございました。
あー、ちなみにフィクションです。登場人物2人は爆発すればいい。