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焚き火のぬくもり(前編)

「おまえら!いつまでも炬燵こたつで寝てないでちょっとは家事を手伝え!」


俺は今さっき庭の物干しから取り込んできた洗濯物の山を炬燵の横にどさっと置いた。


この前『神堕かみおち』から助けてくれた『猫又』のゴンは、楓同様すっかりうちに住みついてしまい、今日も朝から居間の炬燵を占領している。


なぜどいつもこいつも俺の家に住みたがるんだ⁉俺はただ、診療所でバイトをして欲しいだけなのに…。


「炬燵から出るなんてムリムリ。俺はここから出たら全身の毛が抜け落ちる呪いにかかってるんだ。そりゃ、瑞穂の助けになりたいとは思ってるよ?だけどっ、体が言うこときかないんだっ」


そう言ってゴンは頭を抱え、いかにも苦悩している様を装った。


「ゴン大丈夫?瑞穂、なんかいい薬ないかな?」


「楓、俺のことはいい。お前だけでもここ(炬燵)から出ろ。楓だけでも生き延びるんだ」


「そんな!ゴンを置いて私だけ出られないよ。ゴンが残るなら私も残る!」


「そうか。じゃあ二人で一緒にここ(炬燵)に居よう。瑞穂もきっと分かってくれるさ」


「そうね、そうしましょう。瑞穂は神様だもの、きっと私たちを許してくれる…」


そしてゴンと楓はそろって俺の方を見た。


「おい。俺はこのしょうもない寸劇をいつまで観てなきゃいけないんだ?」


ぎゃはははは!ゴンと楓は噴き出した。


俺の所に働きにくるのは、どうしてこんなアホな奴らばかりなんだ…!



ただ、こんな阿呆なやつらでも、クビにしようとは思わなかった。なぜななら二人とも一応、仕事は出来るのだ。


楓は、本人が言っていた通り、あやかしたちとも上手くやっている。彼女のおかげで俺の診察もずいぶん助かっていて一日に診れる患者の数も増えた。


一方ゴンも仕事面では文句なく優秀だった。算術をやらせても狐に引けをとらないし、妖術だって、正直これほど達者に妖術を使えるバイトは今まで居なかった。往診に行く時だってゴンが居てくれれば安心だ。


だが、そもそも『猫又』というのは気まぐれなあやかしだった。すべてが彼の気分次第。特に家での自堕落ぶりといったら、まさに、でかい猫がゴロゴロしている姿そのものである。



「それになぁ、お前らの辞書に礼儀という言葉はないのか?俺は一応これでも神様だぞ?もうちょっとこう…」


「だって瑞穂って、なんか同級生みたいな感じなんだもん」


「分かる。仲間内に一人はこういうやついるよな。堅物真面目野郎」


「そう!眼鏡のガリ勉くんね!」


楓とゴンは反省するどころか、さらに調子に乗り出した。これは、そろそろお灸を据えなければならない。

俺は一呼吸置いた後、これ見よがしに眼鏡をくいっと指で押し上げ、神妙な顔をして二人に言った。


「お前ら知らないのか…。眼鏡のやつを笑うと、笑ったやつは数年後に目がいきなり爆発して、一生目が見えなくなるんだぞ?」


楓は一瞬ぎょっとした顔をした。


「だ、騙されるな楓。そんなの嘘に決まってる」


そう言うゴンの声は心なしか上ずっている。

しめしめ。俺はさらにたたみかける。


「それにな、真面目な奴を馬鹿にすると、『生真面目きまじめ』というあやかしが夜寝ている間にやってきて、身体の皮を隅々まで剥ぎとられると聞いたことがあったような気がするなぁ」


ゴンは必死で余裕そうな顔を作ろうとしていたが、笑顔が若干ひきつっているのが分かった。

実際には、『生真面目』というあやかしはとても気の弱いやつで、こんな猟奇的なことは絶対に出来ないのだが、二人ともそんなことは知らなかったようだ。


こいつらと暮らして学んだことは、バカ相手には自分もバカになるのが良いということである。真正面から正論でやり合うより、こうやって馬鹿げた作り話で返したほうがずっと効果がある。


二人とも俺の作り話が効いたようで、先ほどよりずいぶん大人しくなって洗濯物の片付けを手伝い始めた。


「でも瑞穂さ、神様だって言うけど、私の中で神様って言うと、もっとこう神々しい迫力あるイメージだったのよね」


楓はシーツの端を握りしめながら言う。


「それはなにか?俺が平凡すぎるって言いたいのか」


憤慨する俺に、楓はいいことを思いついたとばかりに顔を輝かせる。


「ねえ今度、神様っぽくてカッコいい着物作ってあげようか?私、アニメのコスプレ衣装とか自分で作ってたのよ。あのね『神月のバトラー』っていうアニメに、霜月っていう神様のキャラが出てくるんだけどね、そのキャラの衣装とか着たら瑞穂でもちょっとは神様らしくなると思うの‼どう?」


「どうってお前。何で本物の神様が、アニメの神様の真似しなきゃいけないんだよ!」


「えー。せっかく瑞穂もカッコ良くなると思ったのに」


「楓。こいつはコスプレなんかしたって、もうどうしようもないんだって」


それからしばらく、二人はまた俺をネタにしてケラケラ笑っていた。


こいつらと暮らして学んだことがもう一つある。それは、バカは痛い目にあってもすぐに忘れてしまうということだ。俺の反撃をくらって一瞬ひるんだことは、もうすでに忘れてしまっている…。


―ああ神様、このアホな二人をどうかお救いください―


こいつらのせいでノイローゼ気味の俺は、うっかり自分が神様であることを忘れて神に祈っていた…。



「ごめんくださーい」


聞きなれた声が玄関から聞こえてきた。その声を聞くや否や、ゴンは目にもとまらぬ速さで玄関に駆けていった。先ほどまで炬燵で寝転がっていた奴とはまるで別人だ…。


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