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仕事納め(前編)

 今日は朝から手のかかる患者がやってきていた。民家の間に挟まっていたという鎌鼬かまいたちが運ばれてきたのだ。その鎌鼬は、酔っぱらって狭い路地に迷い込み、民家の壁の間を通り抜けようとしたところ挟まって身動きが取れなくなってしまったらしい。自力で抜け出そうともがいたせいで、身体中傷だらけになっていた。だが、呪術や幻術をかけられた訳でもなくどれもただの擦り傷程度の怪我だった。


「なんで俺よりそっちのやつが先なんだ。俺の怪我を先に診ろ」


 大した傷でもなかったので普通に順番を待ってもらっていたところ、鎌鼬は待合室で騒ぎ出した。まだ酒が抜けていないのか、『絵踏み男』並みに口の悪いやつだ。とにかく待っている間はゴンが睨みをきかせていてくれたのでそれでも何とか大人しくしていたが、診察室に入れてからが大変だった。


「お前らもっと優しくできねーのか。俺は怪我してんだぞ、分かってんのかコラ!」


 擦り傷を神水で清めるだけで鎌鼬は暴れ出した。子どものあやかしでも、これくらいの事でここまで暴れることはないだろう。しかも鎌鼬は両手が鎌になっていて、暴れられるとこちらまで怪我をしそうだ。


「危ないからじっとして。あんまりうるさくするなら外にほっぽり出しますよ!」


「お前が下手くそなんだろ!それでもお前神か?おいそこのやつちょっとは患者に気を遣え!ったくこの河童が!」


「ちょっとは、お口閉じましょうね〜。でないと、うっかり、きゅうりが喉に刺さるかもしれませーん」


 楓はちょっと触っただけでジタバタと暴れる鎌鼬の身体を抑えて、傷の手当がしやすいようにしてくれていた。楓は小柄な体の割に、なかなか頼もしい。


「なんで、きゅうりなんか!って痛い痛い痛い」


 楓のお陰もあって何とか全ての傷口を神水で清め、包帯を巻き終えた。

 処置をすべて終えると鎌鼬は、散々暴れ喚き散らした挙句の果てに、治療費を払わないと言い出した。


 しかし、そんな鎌鼬にゴンが『火の玉』を見せると、持っていた金を全部置いて素っ頓狂に逃げて行った。


「うわ、あいつこんだけしか持ってなかったのか。これじゃ軟膏代にもならないよ」


「はぁ。仕方ないな。どこのやつかも分からんし、今回は諦めよう」


 妖の中にはこうやって治療費を払わずにトンズラするやつもたまにいるのだ。珍しいことではない。

 例え探し出したところで、支払えるかどうかも分からないので、探すだけ骨折り損だ。



「先生も苦労しとるねえ」


 そう言ったのは、これも今日初めてきた『ばばあ』のあやかしだった。小汚い風貌なこと以外、これといった特徴のない妖だ。そこら辺にいる人間の婆さんとなんら変わらない。


「まぁ、こんなもんですよ。ところで今日はどうされましたか?」


「最近腰が痛くてね。どうにか少しでも痛みを和らげられないかと思って、寄せてもらったんですよ」


「それじゃ、温熱療法をして腰をほぐしてもらいましょうか。あと家で使える痛み止めの護符も出しておこう」


「そりゃ、ありがたい」


 そう言って『婆』の妖は歯のない口でニカっと笑った。


「お婆さんこっちにどうぞ。腰温めて、ほぐしますからね」


 最近は楓も妖の診察に慣れて来たので、患者の案内や俺の手伝いだけでなく、簡単なものなら治療も任せるようになっていた。

『婆』の妖には隣の処置室に移ってもらい、楓の治療を受けてもらった。楓の温熱療法とマッサージはなかなかに好評で、最近はそれを目当てにやってくる患者もちらほら増えてきていた。


「次の方、どうぞー」


 お次は、まだ幼い『妖狐』が診察室に入ってきた。見かけはほとんど人間のように見えるが、大きな耳としっぽが隠せていない。一般的に未熟な妖は完全に人間の姿をとることができず、この狐のように半妖の姿になっているものが多いのだ。


「こんにちは。今日はどうしたのかな」


「じ、実は僕…最近、お揚げが食べられないんです。大好物だったのに。お揚げだけじゃない、なにを食べてもおいしくないんです」


「そうかぁ。なにか他に痛い所や違和感のあるところはある?」


「特にありません。ご飯があんまり食べられないこと以外なにも」


 俺は一通り、この幼い『妖狐』の身体を調べてみたが、特に悪そうなところはなさそうだった。


「最近、なにか嫌なことや気になることはないかな?辛い経験をしたとかね」


 幼い『妖狐』はしばらく黙り込んだ。そして、ぼそぼそと小さな声で話し始めた。


「僕、実は化けるのが苦手なんです。狐なのに。周りの狐はみんな、何にだって化けられます。でも僕は石ころに化けることも出来ないんです。それで…その、狐の妖として失格なんじゃないかって…。もう何をやってもダメな気がしちゃうんですよ。最近は気持ちがふさぎ込んじゃって。どうしたらいいんでしょう先生」


「君、何か好きなことは?」


「好きなこと?そんなのないですよ!僕なにをやっても上手くできないし」


 幼い狐はブンブンと首を横に振った。かなり激しいので首がもげないか心配になるほどだった。


「得意なことじゃなくて、好きなことだよ」


「えぇ、好きなことって言われても。まぁ、しいて言うなら歌うのは好き、かな…。人間に歌を聞かせて、怖い夢を見させるのは楽しいかも、しれないです」


「それなら歌をやりな。無理して化ける必要なんてないさ。“狐だから化けなきゃいけない”っていうのは、君がそう決めつけているだけだよ」


「だけど、周りの狐にもいろいろ言われるんです。お前はそんなことも出来ないのかって。親だって化けられない僕のこと、きっと残念な子だって思ってるんだ」


「あのな、そんなんじゃ他の奴の好きなことをやらされてるだけだろう?君の好きなこをやったらいいの。歌が好きならそれでいいんだよ。他の奴は好きに化けさせておけばいいさ」


 俺はこの迷える狐に、気を静める効果のある『啼々夜草ててやそう』を処方してやろうと薬棚の引き出しを開けた。

 そこに『婆』のマッサージを終えて診察室に戻って来た楓が、いそいそと若い狐の傍らまで行って、狐の耳元でコソコソと内緒話を始めた。どうやら楓は隣で話を聞いていたらしい。


「え、そうなの?」


 幼い狐は、楓から何やら聞いた後、目を輝かせてこちらを見てきた。


「先生ってそうだったんだね!僕、ちょっと勇気もらいました。先生みたいなすごいひとにも、出来ないことがあるなんて思わなかった!」


「おーい。楓くん。なにを言ったのかな?」


「別に大したことは言ってませんよ、先生」


「いや絶対良からぬこと吹き込んだだろ、この子に」


「先生、この河童さんのこと怒らないであげて。僕、なんか元気出て来たし、もう帰るね!ありがと先生、河童さん」


 そう言って、幼い狐は来た時よりずいぶん生気が戻ってきた様子で診察室から出て行った。


「ほんとに何言ったんだよ?」


 楓はしばらくごまかそうと、もじもじしていたが、


「瑞穂は『稲の神様』なのにお酒飲めないのよって教えてあげただけよ。別にいいじゃない減るもんじゃなし。患者さんも元気になったんだし」


 と白状した。


「あー、やっぱ瑞穂って酒飲めないんだ。だからかあ。おまえん家、全然酒ないなーって思ってたんだよ」


 ゴンが壁代の間から顔をのぞかせた。


「いいか俺はな、『酒の神様』の領分を侵犯しないようにしているのだよ。君たちには分からないことかもしれないけど、神様というのは…」


「下戸なんだよな。良いと思うよ俺は別に。酒なんか飲めなくてもさ」


「うぅ…」


 ゴンに慰められるなんて…。

 でも確かに、ゴンが言うように別に酒が飲めなくてもそれがどうだと言うのだ。変に言い訳がましいことを言う方が余計に恥ずかしい。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。それで良いのだ。誰に言い訳する必要もない。

 俺も先ほどの狐に偉そうに言えた口ではないな、と思うと自分の事ながらちょっと笑えた。


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