時代劇作家と編集ギャル
【吉原の染暖簾を抜けると、男は眩い朝日に少しだけ目が眩む。往来の人目を気にも留めず、下駄を派手に鳴らしながら、大手を振り歩き始めた】
「うーむ……なんか違うな」
「そすか?」
それまでずっとソファでスマホをいじっていた女が、原稿を覗き込んできた。その長いつけ爪で器用にやるもんだと、少し感心をする。
「なーんか硬くねすか? もっとこう令和的にウェーイってなりません?」
「なんだねウェーイって……」
何処ぞの毛染めで染め上げたかは知らぬが、新しい編集者が信じられぬ程に金髪で、疑いたくなる程にギャルだった。
「新作なんすから、もっと気軽にドカーンとさ、テンションMAXでいいじゃん?」
「だから何なんだテンションMAXとは」
週刊【最近】に載せている時代劇小説の編集が変わって早数日、全く見慣れぬギャルに、私は少しだけ嫌気が差していた。
「しかし、君のその見た目はもっとこう、何とかならんのかね?」
「何とかってなんすか? 結構好評っすよ? 新鮮で良いって。地味な男より断然アリだって」
世の中は狂っている。
大体、なよなよした女に文学の編集が務まると思っているのか?
「あ、アタシT大文系卒なんで、とりま安心してちょっす」
「…………」
私よりも高学歴だった。
人は見た目によらないと言うか、学歴とやっていることが合致していないと言うか……。
「ちょっくら『吉原』はもう令和的に通じないんで『ソープランド』に直しますね」
「止めろぉぉ!!!!」
危うく原稿を指差した毒々しい八ツ橋みたいなつけ爪をへし折りそうになる。
「時代劇! これ時代劇だから!!」
「読む人は令和人なんで、現代仮名遣いでオンシャス」
「クッ……!!」
仕方なく吉原を『吉原』と直した。こんなダメ出し初めてだぞ……!!
「これなら良いだろ……」
「んー。微妙じゃね?」
「今度はなんだ!?」
「これだとソープ行って微妙な子がついて満足しきれなかった感じに見えね?」
「知るか!! 女を買うことに抵抗も無く、自分の生き様を晒すことも晒されることもいとわぬ、ありありとした人生を送ってるんだコイツは!!」
いくら説き伏せようが、女の顔色は渋いままだった。コイツ本当にT大卒なのか? てかそもそも本当に編集か? 全てが疑わしい。
「いっその事『吉原』は、どすか?」
「どすか、じゃないだろ!! もう時代劇感皆無だよ!! そもそも『気持ちよかった』は個人の感想!!」
この女、やはりどうかしている……!!
「あ、それとソープ出た後に嬢の感想とかいんじゃね? ぐへへ、中々に具合が良かったぜ……的な?」
「……買った女の仕草を振り返るのも、まあ、悪くは無いが! グヘヘ良かったぜには絶対しないからな!?」
「先生もソープ行ったら近くのカフェでしっぽり『あれは良きに候』とか、すかした顔で煙管ふかしながらお茶啜ったり?」
「するか!! なんで俺の方が時代劇っぽいんだ!! てか最近は行っとらんわい!!」
「最近?」
「な、ななな何でもないわいぃ!!」
いかん、ペースを女に握られ狼狽えるなぞ、男としてみっともない。落ち着くのだ、落ち着くのだ浅野平尾よ。
「そう言えば先生って独身?」
「……ああ」
「だよね」
なんだ急に。嫌みか? この歳で未婚なのを馬鹿にしとるのか!?
「アタシ、先生の書く話好きですよ?」
「……ありがとう」
なんだ? 落として上げる戦法か?
「先生のことも好きですよ?」
「お世辞でも嬉しいよ」
ギャルは御免だが。
「この前、友達が働くソープにグラサンとマスクの怪しい男が来たらしいんですよ。しかもグラサンとマスクは絶対外さないとか」
「ふーん……」
「しかもやたら身の上話とか、働いていてどうかとか、質問多いんすよ」
「変わった客だな」
「先生……先週アミちゃん指名しませんでした?」
「──ゴホッ!!」
「あ、当たった」
……確かに。
確かに新作を書くに当たり、参考資料として御ソーピングをなすった事に相違ない。それは認めよう。
しかし、しかしだ……。
大和撫子の再来を思わせる美しいアミちゃんとギャル編集の女に繋がりがあったんて……世の中はほんと狭いものだな。
「アミちゃん先生の事気に入ったらしくてずっと待ってたんすよ? またしたいって」
「まさかぁ」
谷間の所に小さなホクロのあるアミちゃん。思い出すだけで……こう。うん。
「今なら書けそうな気がする」
「先生ファイトッス」
女編集がそっと屈んでこっちを覗き込む。
と、おもむろに女編集の谷間が少しだけ見えた。
アミちゃんと同じ、小さなホクロがあった。
「……アミちゃん?」
「えっ?」
髪型や色は別人のようだが、よくよくと見れば似ているパーツが多いような…………。
「あ、バレちった。そッス。アミでーす」
「……」
大和撫子がギャル編集?
ギャル編集が大和撫子?
「する?」
「する」
した。