そりゃ、愚痴りたくなりますよ
ユナの姿は、冒険者達で賑わう街の酒場にあった。
話に花を咲かせているむさ苦しい男達が、酒を片手に濃い味付けの料理を下品に喰らっている。
冒険者が多いこの街の酒場には、よくある光景だ。
命懸けの仕事を終えた後は、食欲を満たして生きて帰れた事を実感し、酒で日頃の鬱憤を紛らわすに限る。
「ゴクゴクゴク、ップハァー!」
ユナは豪快に喉を鳴らしながらエールを飲み込むと、威勢の良い声を上げた。
「ダンッ!」
大きな音を立てて、持っていたジョッキを机に置く。
目の前には同じ大きさのジョッキが三つ置いてあり、どれも中身は空になっていた。
泡のついた唇を、まるで子供の様にゴシゴシと手の甲で擦るユナは、顔が赤らみ、目尻がとろんと下がっている。
そして、控えめな胸を大きく膨らませ、ありったけの空気を吸うと
「もう最悪なんだかんらぁ!」
と、目の前で一緒にお酒を飲んでいる親友、マリア・アルブレヒトに、舌ったらずな口調で愚痴を漏らした。
ユナは今日起きた「ゴーレム事件」を誰かと共有したくて、仕事の処理が終わった後に、マリアを誘って飲みに来ていた。
運よく明日は休日。ユナを縛るものは何もない。
鬱憤を晴らす様に思いっきりお酒を飲んだ為、大変気分が良くなっていた。
そして、今日起きた出来事を最初から全て話し終わったところである。
「んふふふ。それはお疲れ様だったね、ユナ」
完全にお酒で出来上がってしまったユナを愛おしそうに見つめながら、マリアはお人形の様に整った顔を緩ませ、小鳥の様な綺麗な声でそう答えた。
笑いを堪えているのか、華奢な肩を小刻みに震わし、ふわっとした銀色のセミロングが一緒に動く。
彼女はその愛らしい顔に加え、容姿に似合わない豊満な胸と、クリッとした淡いピンク色の瞳で男性を虜にする。
この町一番のアイドル的存在だ。
酒場の店内をぐるっと見渡せば、彼女の姿を目にして鼻の下を伸ばしている男どもが数え切れないほどいるに違いない。
が、ユナにとってそんな事はどうでもいい。
「笑い事じゃないってぇ、ほんとぉ! 私ぃ死にかけたんだからぁ!」
ユナの必死な訴えにマリアが「ごめんごめん」と言いながら謝るが、全く心がこもっていない。
むしろ、ユナの壮絶な体験談とそれを必死に説明しているこの状況を楽しんでいる様だった。
まったく、天使の様な容姿をして、意地が悪い小悪魔である。
ユナはマリアに不満げな視線を送ってから、一つため息を溢した。
「そもそも、身の丈に合わない仕事引き受けるなってのぉ……」
あの後、ゴーレム三体をなんとか一人で倒したユナと冒険者ご一行は、足早にダンジョンを抜け出した。
ダンジョンを出てもなお、青い顔をした二人と泣きじゃくる一人。
この三人に話を聞いても無駄だと思い、ユナは文句を言いながらも唯一働いてくれたメガネ召喚士テオに、このパーティーについて根掘り葉掘り聞いた。
疲れ切っていた彼も三人への怒りがあるらしく、イラつき気味にユナに話し始めた。
なんでも、このパーティーは元々リーダーであるダニスがレオと、他の仲間と結成したものらしい。
深層にも二回ほど、他のパーティーと共に行った経歴があるようだった。
確かに、ゴーレムに遭遇し心が折れる前までの二人は、若いなりに腕の立つ冒険者達の様にユナには見えた。
だが、深層に単独パーティーで行くにはまだ未熟すぎたらしい。
ここまでの説明では不満は募るが、生きて帰れた今となっては、まぁ自分のレベルを見間違って自惚れたのだなと納得できる話ではあった。
しかし、その後にとんでもない話が続く。
一年ほど前から仲間がパーティーを抜け始め、その後に入ったのがテオだったらしい。
「僕はまだこのパーティーに入ってから一年も経ってないんですっ! エミリーなんてつい最近なんですよ!」
その言葉にユナは驚く。
「最近って……。じゃーエミリーは一緒に深層に行った経験がないのっ?」
「エミリーどころか、僕もありませんよっ! と言うか、深層に行く事自体が初めてなんです!」
「なんでそんな状況でこの仕事を請け負ったのよ!」
「この二人が見栄張ったんですよ! エミリーにいいところ見せたいって言って聞かなくて! 自分達は深層にも行った経験があるから、俺らなら大丈夫。なんかあった時は俺らがなんとかするって言って!」
その言葉にユナは絶句した。
自惚れも通り越して、ただの自殺行為である。
女の子の前でいいところを見せたいと言う不純な動機のせいで、ユナは命を落としていたかもしれないのだ。
(ふっざけんじゃねーぞ、このクソ野郎ども!)
心がそう叫ぶ。
「僕はやめた方がいいって何回も言ったんですよ! 信じてください!」
テオは他にも相当不満が溜まっていたらしく、次々と自分の言い分を訴えてきた。
が、もはやそんな訴えは、全くユナの耳に入っていなかった。
「ってかぁー、ギルドもどうなってんのよぉ!」
ユナが責任の風向きを、仕事を任せたギルドに変える。
何せ、目の前にいるマリアは、ギルドで人気ナンバーワンの受付嬢なのだ。
「それに関しては、私も申し訳ないと思っているよ。ギルトの一職員として。ほんと、ごめん」
「べつにぃマリアに謝って欲しいわけじゃないんだよぉ。大量の仕事依頼を振り分けるのが大変だぁってのはぁ、私だって分かってるし……」
ギルドで働くマリアの仕事も、また多忙である。
国の依頼から、個人の依頼まで幅広く取り扱い、そのレベルに合わせてギルドに登録している冒険者達に仕事を振り分けなくてはならない。
特に、深層ボス退治に向けて本格的に動き出した今、そちらに人員を取られて普通の依頼を賄えなくなってきている。
依頼に対して冒険者の数が足りず、定員割れしているのが現状だ。
更に、ボス討伐に関する依頼自体、今回ユナが経験した様に危険度が高い。
なかなかそのレベルに適した人材がいないというのも、問題視されていた。
「そうなんだよね。今忙しくって……。今回の件も後輩が話してたの小耳に挟んだけど、どうやら妥協してユナの派遣先のパーティーを選ばざるをえなかったらしい。深層に行った経験がある人がそもそもそんなにいないから、二人も経験者がいるならって担当が軽く考えたんだと思う」
苦笑いを見せて申し訳なさそうにマリアがそう話す。
「もうっ! 誰か早くボス討伐してくれぇっ!」
そもそもこんな状況になったのは『深層ボス討伐』が最大の原因であると言っても過言ではない。
今思えば、深層ボス討伐作戦が進められる様になる前は、依頼のレベルにまだ余裕があった気がする。
今回の依頼を担当したギルド職員も、通常ならレベルをしっかり見極め、それに見合った冒険者に任せたはずだ。
それにユナは元々、ボスと言われる魔獣の存在が心底嫌いだった。
「私もそうして欲しい……」
マリアもボス討伐作戦のせいで残業が増えている。
そのせいか、どこか遠い目をしながら、疲れた声でユナの意見に同意した。
やり場のない怒りとストレスを、深層ボスモンスターの存在に向ける。
そうする事で、ユナは今抱えている悶々としたこの想いが、少し軽くなる様な気がするのだった。