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日頃の恨み、ここで消化させてもらうっ!


 今現在の状況を整理しよう。

 ギルドからの正式な仕事の依頼を引き受けたこのパーティーに、ユナはヒーラーとしてではなく、後衛ポジションである魔女として参加していた。

 仕事内容は深層階の調査である。

 難易度もそれなりに高く、案の定、強者であるゴーレム三体に遭遇してしまい苦戦を強いられている。


 そして、一番の問題は目の前に広がるカオスな光景である。

 戦意が消失してしまい、どんより空気を纏っているポンコツ野郎二人。

 ただワンワンと泣き散らすだけの似非(エセ)ヒーラー。

 パニック状態で頼りないヒョロヒョロ。

 まさに絶望。


 怒り、戸惑い、呆れ、恐怖。

 様々な感情が渦を巻き、目が回ってしまいそうなユナである。

 しかし、こうしていつまでも頭を抱え、嘆いていても仕方がない。


(なぜこんなレベルの冒険者達に、この仕事を任せたんだよ!)


 この仕事を彼らに任せたギルドに文句を言わなければ、ユナの気が収まらない。

 クレームを入れる為にも、必ず生き残ってこのダンジョンから出なくてはならなかった。


(絶対生き残ってやるんだからぁぁぁぁっ!)


 もはや、ヤケクソである。

 怒りを糧にしたユナは、どうすればあのゴーレムを倒すことが出来るだろうかと考え始める。


 ゴーレムの体は、石の様に硬くなった土の塊だ。

 単純な魔法では歯が立たないだろう。

 実際問題、一番得意な氷魔法でも、少し足止めするのが精一杯だった。


 魔獣には大きく二つの種類があり、魔石を核に存在自体が保たれているものと、魔石を持つ事で魔力を得ているものがある。

 魔石自体が心臓である前者は魔石を破壊するか、取り除くかしない限り消滅しない。

 ゴーレムの存在がまさにそれである。

 

 つまり、ゴーレムを倒すには、体の中心部分にある核を破壊もしくは取り除くしかない。

 が、核に到達するには、あの硬い体をなんとかしなければならないのだ。

 ユナが習得した攻撃魔法では、正直全く歯が立たない。


(あんな硬い体を砕く方法なんて……)


 ふと、ユナの視界で何かが光って見えた。

 視線を向けると、そこにはダニスが持っていた剣が転がっている。

 偶然、ゴーレムの目の光が剣の刃に反射し、ユナの視野に写り込んだのだろう。ただそれだけだ。

 しかし、何故かユナはその剣から目が離せなくなってしまった。

 形は剣士が一般的に使うロングソードよりも少し大きく、小柄な体格で扱うには少し難しそうである。


『ユナに剣は似合わない』


 ユナの頭の中に一瞬、懐かしく苦い記憶の中の声が聞こえた。

 思い出したくないと、記憶から消し去ったはずのワンシーン。


(こんな時にっ!)


 思わず自分の下唇を噛む。

 しかし、一度溢れ出した記憶はまるでヒビの入った器から漏れ出す水のように、少しずつ流れ出す。


『私、……のパーティーに入りたい! 一緒に冒険がしたいの!』


『ユナに剣は似合わない』


『なんで…………』


 思い出す記憶はおぼろげで、所々にモヤがかかり不鮮明になる。


「クッソーっっっっっっ!」


 漏れ出す記憶に蓋をするように、ユナはひたすら攻撃魔法をゴーレムに向けて放った。

 しかし、そんなヤケクソの攻撃がゴーレムに効くわけもなく、ただ魔力と体力を消耗するだけだった。


(こんなことで動揺してどうするっ)


 ユナは一旦冷静になり、混乱している脳内を落ち着かせる。

 感情任せになっていた思考を理性で抑え込み、自分の置かれた状況をしっかり捉える。


「ふぅー…………」


 目を閉じて呼吸に気持ちを集中する。

 ゴーレムの巨体が空気を切り裂く鈍い音が、ユナ達がいるこの空間に反響し増幅していく。

 体全身にビシビシと伝わってくる、死が間近に迫った緊張感。

 精神を研ぎ澄ましていると、周囲の音や空気の振動が遅くなっていく気がした。

 まるで、時がゆっくりと過ぎていく感覚。

 死を覚悟したからだろうか。

 ゆったりとした時間の流れは、ユナの心にゆとりをもたらす。

 

 ユナは目を開きもう一度周りを見渡した。

 何か、この危機を打破できる様な可能性を秘めた物はないだろうか。

 しかし、アレ以外は何も見当たらない。

 魔法で周囲の物質から大量の武器を作り出すことも考えたが、そもそもユナはそこまで高度な魔法をまだ使えない。

 それに、魔力量もここまでの戦闘でだいぶ消費してしまっていた。


 他の可能性を諦めながら、ユナはもう一度、ダニスの剣に視線を向ける。

 一番遠ざけていた武器。

 しかし、勝算があるとしたら今はこれに頼るしか道はない。


 ユナは冷静になった頭の中で考える。

 女性が持つには大きいロングソード。その分攻撃力はあるだろう。

 だが、仮にも一線で闘ってきたダニスの力でもっても、この剣でゴーレムに傷すらつけられなかった。

 ユナの力では倒す事はおろか、傷一つつける事もできないだろう。

 

(どうすれば……)


 一発の攻撃でダメなら、連発させるしか道はない。

 が、その全てがゴーレムに傷すらつけられないようじゃ意味はない。

 ユナは自分のできる最大限の可能性を必死に絞り出す。


(剣……、土の塊……、魔法……、切る……っ!)


 ユナの頭の中で、この危機的状況を打破する策が閃光のように走った。

 剣単体では刃が立たない。

 しかし、剣の強度を高め、更に威力も上げられれば、あの硬い体にダメージを与える事が出来るかもしれない。


(剣と魔法を組み合わせてなら……)


 ユナは剣のもとに走る。

 拾い上げた剣は女性であるユナにはやはり少し重たい。

 両手で剣の柄を持ち、(きっさき)を下に向けた。

 目を閉じて一呼吸し、全身の魔力に集中する。

 自分の体を血の様に巡る力を感じながら、それを手から剣の方に流すイメージをする。


水流(ウォーター)纏い(フォルン)!」


 魔法で集まった水が、ユナの持っている剣に纏い始める。

 水の動きが安定しだすと、今度はその流れを加速させる。

 水流が剣の刃に急激に巡り始めた。剣が青白い光を放ち、輝き始める。


(大丈夫、私ならやれる)


 ユナは十分な水の威力を纏わせた剣の鋒を上げ、攻撃を繰り出す為に構える。

 自分の体に染み込んだ、動きの記憶を呼び起こす。


 足が華麗に動き始めた。

 まるで、舞を踊るかのような軽やかなステップで勢いをつける。

 そして、一体のゴーレムに狙いを定めると、大声を上げて駆け出した。


「はあぁぁぁぁっ!」


 詐欺まがいの会社。

 増える仕事量。

 嫌いなマウント先輩。

 使えない冒険者達。 

 思い出したくない過去。

 怒りに満ちた感情が、柄を持つ手に力を入れる。


「日頃の恨み、ここで消化させてもらうっ!」


 そう、これは理不尽な世界に対するユナの戦いでもあった。

 喉が潰れそうなほど叫び声を上げながら、目に止まらぬ速さで向かっていく。

 ゴーレムもそんなユナに負けじと、大きな拳を落としてきた。

 が、その攻撃をひらりと軽やかなステップでよけ、標的を失い地面にめり込んだゴーレムの拳に、ユナはヒョイっと着地する。

 そのままゴーレムの腕を伝って、素早く駆け上がっていく。


「ふざけんなぁーーーーっ!」


 ゴーレムの腕から一気に飛び跳ね、巨体の肩に向かっていく。


「キーン!」


 ユナの体重と勢いが上乗せされた剣がゴーレムの肩に落とされ、金属音が鳴り響く。

 しかし、硬い体に剣が刺さる事はなく、むしろ衝撃の反動で吹き飛ばされそうになった。

 ユナは跳ね返りそうになった剣を負けじとゴーレムの体に押し付け、渾身の魔力で水流のスピードを更に上げた。


「うおぉりゃゃゃゃっ!」


 すると、剣は弾き返される事なく、むしろゴーレムの体を削り取るようにして、断ち切っていく。


(これならイケるっ!)


「グァァァァ!」


 手応えを感じた瞬間、ゴーレムが凄まじい叫び声を放ち、体を動かしてユナを振り落とそうとする。

 いくら動きは遅くても、その巨体の動きに遠心力が相まって、ユナはゴーレムの肩から引き剥がされた。

 

 ユナは空中でひらりと後転し、難なく地面に着地する。

 攻撃を受け、苛立ちを露わにするゴーレムの姿に、思わずニヤリと笑みを浮かべた。

 間髪入れずまた地面を蹴り、そのままもう一度同じゴーレムに向かっていく。

 一つ一つの動作の動きが命取りになるこの状況で、ユナはもはや考えてではなく、本能的に体を動かしていた。


「うりぁぁぁぁああああああっ!」


 危機的状況が、逆にユナの体のリミッターを外し、体にいつも以上の力を与える。

 いわゆる、火事場の馬鹿力というやつである。


 ユナによって削り取られたゴーレムの肩は、腕の重さに耐えかねヒビが入り始め、半分ほどしかくっついていない。もはや腕が落ちるのは時間の問題だった。


 ゴーレムは、その腕をだらんと地面に垂らし、嘆きの様な雄叫びを上げている。

 ユナはそんな腕にひらりと飛び乗り、肩めがけてまた走り始めた。

 外れかけた肩を思いっきり蹴り、ゴーレムの頭上にひらりと飛び上がる。

 ユナが踏み台に使った反動で、ゴーレムの腕が凄まじい音を立てながら遂に崩れ落ちる。


「私は、絶対に死ねないんだよぉぉぉぉっ! おらぁぁぁぁっ!」


 ユナは体を空中でひらりと回転させ、勢いをつけてゴーレムの脳天に剣を思いっきり叩きつけた。

 魔法で強化された剣が、ゴーレムの頭を削り取りながらめり込んでいく。


「まだまだまだぁぁぁぁ!」


 攻撃を嫌がったゴーレムが体を揺さぶる。

 しかし、ユナは何回引き剥がされようとも、ゴーレムの体に目にも留まらぬスピードで攻撃を繰り出していく。

 その姿はまるで舞を踊っているかのようだった。

 動きの鈍いゴーレムはもはやタコ殴り状態となり、みるみるうちに崩れ、ついに核である魔石が姿を現す。


「すぉーこぉーかぁーっ!」


 軽やかに崩れかけのゴーレムの体を駆け巡りながら、ユナは魔石に狙いを定め、体をくるっと捻らせると、剣を豪快にスイングさせる。


「まずは一体目! 死ねぇぇぇぇ!」


「グオぉぉぉぉぉぉっ!」


 ゴーレムが苦しげに叫び、その体は魔石の破損とともに、砂となって崩れ落ちる。

 そして、朽ちたゴーレムの体は光に包まれ、全てが消滅した。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」


 一体片付けるのにこのしんどさ。

 ユナは恐怖の感情を超え、いつの間にか笑いが止まらなくなっていた。


 周りで戦闘を固唾を飲んで見守っている冒険者ご一行は、ユナの凄まじい姿に口をあんぐりと開け、頭の整理が追いついていない様子だ。

 冒険者一人。それも、小柄な女性がゴーレムを倒してしまったという事実が、まだ現実に起きた事として受け入れられないのだろう。


 しかし、そんな周りの視線なんて今のユナからは全く見えていない。

 ユナは笑いながら剣の柄を握り直し、構えた。


「あはははっ! あと二体……やってやろうじゃないのっ!」


 青い瞳を猛獣のように鋭く光らせながら、また地面を蹴る。

 そうして、ユナは残っている二体のゴーレムに向かっていくのだった。


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