偽りの魔女になりまして
ユナが住むこのイレーネリア国には、広大な国土にいくつもの『ダンジョン』と呼ばれる建造物が存在する。
かつて魔法の技術が一番発展していたと言われる、旧イレーネリア時代。
その時生きていた古代人は、様々な魔道具を作り出し繁栄を築いていった。
が、その栄光の時代は謎の終わりを迎える。
ダンジョンは滅びた古代人が残した遺跡であり、今もなおその時代の魔法技術の高さを物語っている。
そして、奥深くまで続く巨大な構造の至るところには、古代人が作った貴重な魔道具が隠されているのだった。
なぜ、古代人は高度な技術を持ちながら消えてしまったのか。
なぜ、ダンジョンというものを創りあげたのか。
今となっては、その理由を知っている者はおらず、この国の最大の謎となっている。
ダンジョンに残っている魔道具には、現代の技術では再現できない様な品物も多く、その価値は計り知れない。
その為、誰もがその技術を求める。
が、そう簡単に手に入る訳ではない。
ダンジョンには数多くの魔獣が存在し、進入してきた者に無差別で襲いかかってくる。
無慈悲に命を狙ってくる奴らの強さは、普通の生身の人間には立ち向かうことは困難であった。
しかし、宝を前にして諦めきれなかった者達が、危険を承知でダンジョンに挑むようになる。
そして、少しでも生存率を上げる為に武装をし始め、戦闘能力を高め、いつの日か『冒険者』と言う職業が現れたのだった。
昔は無謀な夢追い人として『冒険者』という人達が蔑まれていた時もあったらしい。
その時代はダンジョンに入り、戻ってこれる者は一握りだったという。
今では冒険者という職業は国で認められ、資格や規定、ギルドと呼ばれる統率機関が作られたことにより、ある程度安全に仕事ができるようになった。
それは一重に、今まで貴重な魔道具を手に入れ、国をも認めさせる程、様々な功績を挙げてきた先輩冒険者達の苦労に他ならない。
が、ダンジョンが危険なことに変わりはない。
冒険者達は日々ダンジョンに潜り、死と隣り合わせの生活を送っている。
なぜそんな危険を覚悟でダンジョンに行くのか。
ただロマンだけを求めている者もいれば、生活のために仕方なくやっている者もいるだろう。
そして、ユナの場合は『最強のヒーラー』として七聖人に選ばれる為だった。
そう、『ヒーラー』である。
間違っても魔女や剣士、タンクでは無く、『ヒーラー』なのだ。
が、マウント先輩の衝撃発言を聞いた翌日、ユナは不安を抱きながらも仕方なく『魔法戦闘員』いわゆる後衛アタッカーのポジションでパーティーに参加する事となった。
待ち合わせ場所に指定されたとあるダンジョンの入り口にユナが着くと、依頼主らしきパーティーが既に集まっていた。
「お待たせしました。ホワイトリングから戦闘員として派遣されました、ユナ・マヨルカと申します。今日はよろしくお願いします」
決まり文句である自己紹介を済ませ、ユナはまじまじと他のメンバーを見渡した。
四人パーティーである依頼主は皆若く、ユナと同じ歳ぐらいに見える。
「やあ、ユナさんよろしくお願いします。僕はこのパーティーのリーダー、ダニスといます。ポジションは前衛アタッカーです」
銀色になびく髪の毛に、青みがかったグレーの瞳。
ダニスはその整った顔で爽やかな笑顔を作りながら、ユナに右手を差し伸べてきた。
冒険者パーティーのリーダーらしい風格。
彼の腰のベルトには、鞘に収まった立派な剣が携えられている。
(よーし、こいつを『爽やか剣士』と命名しよう)
名前を覚える気が全く無いユナは、心の中でそう呟いた。
派遣先の冒険者達にあだ名をつけるのが、仕事始めのルーティンである。
「よろしくお願いします」
ユナは握手を交わしながらそう答える。
スッとした手からは想像できないほど、ゴツゴツした感触が伝わってきた。日常的に剣を振るっている剣士は、まめが潰れ掌の皮膚が硬くなる。
ユナはその手の感触に嫌悪感を抱き、逃げるようにスッと手を離した。
元々剣士は苦手なのだ。が、今は仕事中である。
ユナは営業スマイルを浮かべ動揺を隠しながら、ダニスの隣へと視線を移した。
「俺はレオ。このパーティーのタンクだ。よろしくな」
体格のいい、いかにもタンクっぽい男性が、一歩前に出て体には似合わぬ子供っぽい笑みで手を差し伸べてきた。
茶色い髪の毛に人の良さそうな笑顔が、どこか大型犬のような雰囲気を出している。
ユナはそんな彼とも握手を交わす。
先ほどより大きく厚みのある手は、ユナの手をがっしりと掴み大きく揺さぶってくる。
(こいつは『犬タンク』だな)
容赦ない握手に若干顔を引きつらせながら、心の中でまたあだ名をつけ始める。
やっと解放されたユナの手は痺れ、腕全体が先ほどよりも重くなっている様に感じた。
「僕はテオ。召喚士で風の妖精シルフと契約しています」
次にそう名乗った青年は、律儀にペコリとお辞儀をした。
黒髪に、メガネをかけ、ひょろっとした体格が、あまり強そうでは無いなと思っていたが、やはり格闘戦闘員ではなかった。
そんな青年にユナもつられて軽く会釈を返す。
(こいつは『メガネ召喚士』)
「私はエミリーです。このパーティーでヒーラーを担当しています。よろしくお願いします」
最後の一人、このパーティー唯一の女性がそう自己紹介をして頭を下げる。
清楚系女子という出立で、艶やかなグレーのストレートロングに、可愛らしく整った顔。
メイクもナチュラルで好印象だ。
(この人は『清楚系ヒーラー』だな)
全員の自己紹介を聞いたところで、ユナは毎度言っているセリフを伝える。
「すみません、私名前を覚えるのが苦手でして……。せっかくお名前聞かせていただところ大変申し訳ないのですが、皆さんのことポジションで呼ばせて頂いてもよろしいですか? 私の事はユナでも魔女でも何でも呼んでいただいて構いませんので」
ユナの言葉を聞き、四人は顔を見合わせた後、少し残念そうに笑いながら視線を戻す。
「毎回違うパーティーに派遣されるんですもんね。一人一人覚えていたらキリないですよね」
爽やか剣士ダニスが何かを察したような声色でそう言う。
間違いでは無いが、正しくも無い。
大前提として、ユナは必要以上に人と交友関係を築くことが苦手である。
その為、派遣先ではもちろん、職場の人すらも誰一人として名前を新たに覚える気はない。
かと言ってダニスの言葉を訂正する気もないので、ユナは作り笑いに「察して頂けて感謝します」と言う意味を込める。
「俺はユナって呼ぶぞ。名前覚えてもらえないのは少し寂しいが、こればかりはしょうがないよな」
「僕はユナさんと呼ばせていただきます」
ダニスに続き、犬タンクのレオと、メガネ召喚士のテオがそう話した。
今まで仕事で何組かのパーティーに参加してきたが、ユナの話を聞いた人達は大体同じ反応をする。
今回も不必要に突っ込んでくる人がいない事に、面倒が省けたと内心ほっとしていた。
そんな中、目を輝かせながら清楚系ヒーラー、エミリーが口を開いた。
「私もユナさんで。ユナさんは魔法戦闘員だとダニス……リーダーから聞きました。私、女性一人で心細かったのですが、ユナさんに来ていただけて本当に嬉しいです」
そう言いながら、透き通るほど綺麗な頬が少し赤らむ。
計算された可愛さではなく、自然と現れた女の子らしい振る舞いに、守ってあげたくなる様な気持ちが芽生える。
(かっ可愛い!)
同性ながらもそう思わずにはいられなかった。
だが、魔法戦闘員という言葉にユナは引っ掛かりを覚える。
(私、本職違うんですよねぇ〜……)
心の中で囁く。
ヒーラーという本職にプライドを持っているユナは、つい否定したい気持ちになる。
本当のことを言ってしまおうかとも思ったが、ふと、ここに来る前にマウント先輩に言われた言葉を思い出した。
「いいか、うちのモットーは『プロを派遣する』だ。本職がヒーラーだろうが、魔法戦闘員として派遣されたら、魔法戦闘員としての仕事を推敲しろ。くれぐれも本職では無いなどとクライアントに言わないように。うちのブランドに傷がつくからな。うちはクライアントの信頼があってこそなのだから」
(へいへい……)
ユナは頭の中に浮かんできたむかつくマウント先輩の姿に、渋々返事をして現実に意識を戻した。
本職以外をやるのはこれっきりだと信じながら、今回は仕事だと割り切り魔女役に徹する。
「私も女性の方がいらっしゃって良かったです」
ユナはあくまで冷静に仕事をこなそうと思考を巡らせ、至って平凡にそう答えた。
「俺らも嬉しいよな、ダニス」
笑いながらレオがダニスに肩を組む。
「そうだね」
爽やかな笑顔でダニスがそう答えた。
(うん、雰囲気は悪くないかな)
ユナはこのパーティーにそんな第一印象を抱いた。
が、ダンジョン深層に入った途端、その印象はガラッと覆されるのだった……。