期待って言葉が一番嫌いなんだよコノヤロー!
ユナ・マヨルカはヒーラーという役職の冒険者として、七聖人に選ばれる事が目標である。
ーー『七聖人』ーー
それは、この国に選ばれ頂点に君臨する、選ばれし七人の精鋭達である。
類まれな知識、才能によって、この国に恩恵をもたらした者達の中から選ばれる。
七聖人になるには、二つの条件をクリアしなければならない。
ひとつ、大きな功績を残し、国王から星を与えられる事。多ければ多いほど良いとされる。
そしてふたつ目は、現役七聖人三名以上からの推薦だ。
この二つさえクリアできれば、冒険者に限らず七聖人として選ばれる。
新たな魔法式を構築した天才魔術師や、ダンジョン研究で歴史に残る様な大発見をした研究者、はたまた、伝説級の武器を作る事に特化した凄腕の職人など、歴代の七聖人には色々な人が選ばれている。
もちろん、剣士やタンク、そしてヒーラーもかつて選ばれた前例があるらしい。
七聖人に選ばれたものは、国から様々な事が認められる。
生きていく為の食事にも困らず、謝礼金という名目で多額の給料が国から支払われる。
元々貴族でもなんでもないユナ達からしてみれば、七聖人に選ばれる事は裕福な生活を送れるチャンスでもある。
さらに、七聖人に選ばれれば一躍有名人の仲間入りだ。
街を歩けば、周りから尊敬の眼差しを一身に浴びる事になるだろう。
まさに、地位、名誉、富、全てを手に入れる彼らは、誰しもが憧れる理想の存在であった。
七聖人に選ばれる事を目標としているユナももちろん、安定した給料や圧倒的な知名度が欲しい。
そして何よりも、『七聖人=極めた人=最強』という認識が、ユナを掻き立てる。
何をもって最強なのか、それは人によって考え方が様々だ。
だが、少なくともユナにとって『最強のヒーラー』を指し示すものは、『ヒーラーとして七聖人に選ばれる事』であった。
だからこそ、ユナは日々ヒーラーとして修行を積まなければならない。
なのに、現実というものはどうしようもなく理不尽であった。
「ユナ、治癒魔法以外の魔法も覚えろ」
「へっ?」
ある日、職場の先輩に言われたその言葉に、ユナは自分の耳を疑った。
頭の中に何個もクエスチョンマークが浮かんでくる。
(いや、何の為に?)
が、目の前にいる、茶色い短髪で大柄のザ・タンクという風貌をした三十後半のおじさん。
通称『マウント先輩』は、至って真剣な顔をして言葉を続け始める。
「この会社に入った奴は早かれ遅かれ、戦闘魔法を習得してもらっているんだ。俺も専門外だが、この会社に入ってから苦労して勉強したよ。まぁー今じゃそこいらの魔術師冒険者よりも俺の方が使えるだろうな」
「そう……なんですね」
他人と比べながら自分を褒め始めた先輩に、ユナは若干顔を引きつらせながら相槌を打った。
これがただの嫌がらせ発言であれば、心の中で毒を吐きつつ表では適当にあしらうところである。
が、全く悪意がないどころか、さも当然の様な口ぶりで無茶振りをかましてくるので、逆に動揺してしまう。
結局のところ、真意は全くもって不明だ。
だが、これが仕事上での指示である事は、マウント先輩の様子から察するに明確であった。
ちなみに、あだ名の由来は言わずもながである。
(にしても、治癒魔法以外って……)
パーティーの中で治癒魔法のスペシャリスト、いわゆるヒーラーは戦闘時魔力を使いすぎないことが鉄則だ。
もし、メンバーの誰かが治癒魔法を必要とした際、万全に使えなければ意味がない。
いざという時の為に、ヒーラーは魔力を温存しておくべきなのだ。
しかし、まだ入社して一ヶ月しか経っていないペーペーのユナが言い返せるはずもない。
まして、これが上司からの指示であるなら、ユナに拒否の選択肢はない。
「はい、分かりました……」
これ以上、仕事でストレスを抱えたくない。
穏便に話が終わるならと、ユナは何も言い返す事なく、ただ先輩の指示に従うことを選んだのだった。
根が真面目であるユナは、心の片隅にモヤモヤを抱えたまま、言われるままに治癒魔法以外の魔法を勉強し始めた。
とにかく時間が無かったユナは、魔法構築の理論や細々しい基礎など、面倒なところは全部すっ飛ばし、戦闘魔法だけを片っ端から試していった。
最終的に筋の良かった水魔法と氷魔法を重点的に勉強し、戦闘で使えるレベルまで習得する事ができた。
この間たった一ヶ月。
通常であれば魔法学校などに入学し、基礎から時間をかけて学習していくものである。
が、働いているユナには学校に入学している暇もなければ、学費を払える様なお金もない。
当然、独学でどうにかするしかなかった。
普通の人であれば、音をあげて諦めるだろう。
が、持ち前のセンスと器用さ、そして気合だけでそれをやり遂げてしまった。
(頑張った、うん、自分えらい)
通常の仕事をこなしながら、睡眠時間を削って勉強する生活を続けていた成果である。
自画自賛くらいしても良いだろう。
しかし、この努力がユナを更に苦しめる事となる。
昔から器用なユナは、なんでもそこそこ出来ちゃうタイプの人間だった。
それは仕事面でも発揮され、言われた事はすぐに覚えて実践できてしまう。
根は真面目なタイプであり、負けず嫌いな性格。
それらの特性が、周りの人間に「彼女ならなんでもできる」「言えばやってくれる」と思われることも多々あり、昔から面倒事に巻き込まれやすかった。
能力的には優れているはずなのに、本人が得をすることはほとんどない。
そう、ユナは生まれながらの『器用貧乏』であった。
「もう治癒魔法以外の魔法も習得したのか?」
ある日の朝、出勤したユナにマウント先輩が声をかけてきた。
(いや、お前が言ったからだろが……)
ユナは心の中でそう毒を吐きながら、薄っぺらい笑顔貼り付ける。
とりあえずこの顔を作って適当に相槌を打っておけば、大抵の事は何事もなく過ぎて行くのだ。
ホワイトリングに入社してから学んだ中で一番使える技術が、このスルー技術であった。
「はい。魔法を覚えるのは結構楽しかったです」
ユナは文句の言葉を飲み込み、マウント先輩の言葉に愛想よく答えた。
実際、魔法の勉強は案外面白かったので、嘘は言っていない。
ただ、仕事と勉強の両立が大変だった為、何回か参考書を破りたい衝動に駆られた。
「ユナは覚えるのが速いな。それに、派遣先のパーティーの方々からも評判がいいぞ。まー俺に比べたらまだまだだがな」
いつもの様にマウントを取ってくる先輩に、笑みを浮かべながら『早く立ち去れ』と念をこめる。
ユナはこのマウント先輩がどうにも苦手である。
口を開けば自分がいかに苦労して今の地位を築き上げたのか。
他の人に比べ自分がいかに有能であるか。
そればかりでうんざりである。
そう思っているのはユナだけではないという事は、周りの反応を見れば明らかだった。
だが、そんな苦手な人からでも、褒められるとやはり嬉しいものである。
「そう言って頂けて嬉しいです」
ユナはペコペコと頭を下げながら、歯に噛んだ笑顔でお礼を言う。
しかし、そんな一瞬のほんわかした気持ちも、次の瞬間凍りつく。
「じゃー早速、魔法戦闘員として次の現場に行ってくれ。頑張れよ。期待しているからな」
ユナの体がピタリと動きを止め、取り繕った笑顔がまるで静止画の様にフリーズする。
かろうじて起動していた脳内で、先輩に言われた言葉の情報を整理していく。
(魔法戦闘員……? それってつまり魔女……ヒーラー以外のポジションってこと? ヒーラーとして入社したのにっ?)
状況を理解し始めるにつれ、ユナの表情が徐々に変わり始める。
目が大きく見開き、空色の瞳が揺れ動く。
上がっていた口角は下がり始め、口の閉まる力が緩んでいった。
開いた口が塞がらないとはこういう事を言うのだろう。
しかし、そんなユナの明らかな変化に、マウント先輩は全く気付く気配がない。
それどころか、もう要は済んだとでも言いたげに満足した顔でユナの肩をポンと叩くと、何も言わずに横を通り過ぎ去って行った。
爆弾発言を落とされたまま放置されたユナは、その場に立ち尽くす。
褒められた事で、この一か月の努力が少しは報われた気がしていた。
そんな晴れ間が見え始めたユナの心に、またしてもグレーの雲がもくもくと増え、光を遮っていく。
『期待しているからな』
マウント先輩が放ったその言葉が、ユナの頭の中で何度も何度も繰り返される。
きっと、他の人にとってはその言葉は嬉しいものなのだろう。
が、器用貧乏であるユナにとって、それは不快でしかない。
鎖に縛り付けられる様な呪いの言葉だ。
(期待って言葉が一番嫌いなんだよコノヤロー!)
ユナは心の中で絶叫するのだった。