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こんなはずじゃなかった


「んだぁーっ!」


 ユナ・マヨルカは自宅に帰った途端、叫びながら豪快にベッドへとダイブした。


 ギシっというベッドの軋む音が、夜の薄暗く静かな部屋に消えていく。

 ユナは頭に枕を押し付けたまま、ゴロゴロと体を動かし、足をバタつかせる。

 闇の様に真っ黒なショートカットが、擦れてボサボサになっていくが気にしない。

 そうして体が疲れてくると、今度はうつ伏せでピタリと止まり、枕に顔を埋めたまま意味を成さない声を叫び、悶え始めた。


「んぉぉぁぁあ! ぁぁああああ!」


 決して壊れてしまった訳でも、苦しみに踠いている訳でもない。

 側から見たらギョッとされそうな行動だが、これはユナなりのストレス発散方法であった。


 そうしてずいぶん経った後、ふと正気に戻りゴロンと仰向けになる。

 一日働き通しで疲れた体は、鉛の様に重く感じた。

 両手を真横に伸ばし静まったユナの体は、ただただ控えめな胸が沈んで膨らんでを繰り返している。


「こんなはずじゃなかった……」


 空の様に青い瞳で天井を眺めながら、ユナの口からは自然とそんな言葉が漏れていた。

 





 ユナが今の会社に勤め始めたのは、つい二ヶ月前のことだった。

 五年前に治癒魔法の才能が開花してから、冒険者として『最強のヒーラー』になることがユナの目標である。


 しかし、冒険者達の仕事は過酷だ。

 その日暮らしで、給料は安定しない。

 命の保証もない。

 怪我をして仕事が出来なくなったら、もちろんその分の給料は出ない。

 パーティー内での人間関係トラブルも日常茶飯事。


 そこでユナは考えた。

 自分の才能を冒険者として活かせて、給料が安定していて、休みもしっかり取れて、保険類も完備されている会社に、正社員として働けばいいと。

 そんな都合のいい仕事があるわけが……。

 いや、それがあったのだ。


『戦闘員派遣会社 ホワイトリング』


 常に自員不足である冒険者パーティーの補充要員として、戦闘員を派遣する会社。


 月給制。

 昇給あり。

 有給あり。

 社宅あり。

 保険完備。

 残業代あり。


 なんといい響きだろうか。

 ユナは日々不安定な生活を送る冒険者として暮らすことよりも、会社の正社員になり、大きな夢の実現を目指しながら、安定した生活を送る事を選んだ。

 だが……。


(騙されたーーーーーーっ!)


 気付けばこの一か月、ユナは毎日の様にそう心の中で叫んでいた。


 



 

 入社してから二週間の講習を受け、実務に変わり更に二週間。

 この一ヶ月を経て、ユナは『ホワイトリング』という企業に違和感を持ち始めていた。


 残業代は、どれだけ残業しようと一律で、気持ち程度に払われるだけ。

 有給休暇は、怪我などで休む場合にのみ許されるものであり、私用では申請が下りない。

 昇給は年に一回。

 毎回決まった額ではなく、その人がどのくらい成長し、仕事に貢献できるようになっているかを考慮して決まるらしい。

 つまり、成長できていないと評価されてしまったら、昇給は無い。

 同期の愚痴でその事実を知ったユナは「ってか、成長してるかどうかって、誰が決めんだよっ!」 と、思わず突っ込んでしまった。


 他にも言い出したらキリがないほど不満が出てくる。

 入社前にしっかりとした説明がなかった時点で怪しむべきだったが、働き出してからまもない田舎娘であったユナは、労働社会を知らず、無知であった。


 詐欺まがいのラインナップに、抗議したい気持ちは山々だが、ユナはまだこの会社で働きはじめて一か月しか経っておらず、下っ端の下っ端である。

 反抗的な態度と思われ反感を買ってしまい、居場所がなくなって職を失うことも避けたい。

 何よりも、そこまでする気力が、ただ日々の仕事をこなすことだけで精一杯なユナには無い。

 冒険者としてその日暮らしの日々を送るよりは、まだマシだと思ってしまう。


 月払いの安定した給料。

 三日働くと1日休みという、安定した休日。

 家賃の支払いがない社宅での生活。

 何よりも、『ヒーラー』として色々な経験を積む事が出来る環境。


(すべては最強のヒーラーになる為。七聖人に選ばれる為)


 ユナはそう自分に言い聞かせ、日々過ごしているのだった。


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