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私の家が乙女ゲームの舞台かもしれない

作者: 水瀬青

評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます!


異世界[恋愛]で上げるつもりで書き始めましたが、明後日な方向に飛んでいきました。


7/27 途中書き足しました。内容は変わりません。

 唐突に、思い出した。

 (わたくし)、前世の記憶がある。




 ― 私の家、やたら大きくない? 廊下長くない? 庭広すぎない?


 そんな疑問は前々からあった。でも、なんでそんなことを疑問に思うのか。それ自体も疑問だった。


 私の名前はオリビア・レイノルズ。肩書、公爵令嬢。

 王国の中でも五つしか存在しない公爵家。その一つがレイノルズ公爵家であり、私の生家だ。

 広大な領地を持ち、そこに城と称しても何の問題もないような巨大な邸を持つ。この王都に建てられた別邸はそこまでではないものの、両親と兄と私の四人で暮らすにはおかしすぎるくらい充分な広さを持っている。

 実際には暮らしているのは私たち家族四人だけではなく、邸の中には家族の生活エリアとは別に使用人たちが暮らすエリアがあり、さらに常駐している騎士たちが生活している別棟、庭師や鍛治師の工房もあるのだが、それにしたって広い。

 そうだ。自分の家が自分にとっては居住空間であり、同時に百人近い人間の勤め先でもあるということに愕然としたこともある。


 でも、そんな思いを持つと同時に何がおかしいのかと疑問に思っていた。

 公爵家なのだ。家の権威を示すためにも、邸が広いのは当たり前ではないか。

 そう思って納得はするものの、ふと、見慣れたはずの廊下の長さと広さに目を丸くしてしまったり、家の庭を「散歩」出来てしまうことに驚いてしまう自分がいるのだ。


 その謎が今日やっと解けた。

 今日は天気がいいですね、お庭の薔薇も見頃ですよと侍女に言われ、それならばとガゼボにお茶の準備をしてもらった。

 細かな細工が施された白いドーム状のガゼボから見える色とりどりの匂い立つ薔薇たち。このガゼボから綺麗に見えるのはもちろん、邸のテラス、公爵家の家族の私室からもそれぞれ違った印象にはなるが良く見えるよう計算されて植えられている。手入れが行き届いているのももちろんのこと。薔薇のアーチの先には小道がのびていて、視線を変えると私の家でもある巨大な白亜の洋館がそびえ立ち…。


 おう。

 おうおうおうおうおうおうおうおうおう!!


 どこだここは! 植物園? むしろテーマパーク? 行ったことないけど長崎にあるあのテーマパークってこんなかんじ!? それとも夢の国? いやうちだよ、我が家だよ! 従業員の数ならうちもちょっとしたテーマパーク並みにいるぞ! いやうちにテーマパーク並みの従業員いるってどういうことじゃーーーい!!


 …というツッコミが頭の中で爆発した結果、冒頭の「私、前世の記憶がある。」という結論に至った。


 ほらそこ!かわいそうなものを見る目で見ない!こんな残念な形で覚醒したくなかったとか私が一番思ってるから!

 覚醒といっても前世の記憶があることをしっかり自覚したというだけで、もともと前世の感覚がひょっこり出ていたので、これといった混乱とか、前世で読んだ転生ものの小説みたいに「急にたくさんの記憶を思い出して頭が…っ!」みたいなこともない。

 ほんと、なんて残念なんだろう。


 それにしても、転生。うん、転生なのよね、これ。しかもおそらく異世界転生。


 …なんの世界の?

 あいにく、私は乙女ゲームには手を出していなかった。貴族が登場するような漫画も読んでいない。唯一読んでたのは異世界転生ものの小説くらいなのだが、オリビア・レイノルズという自身の名前に覚えはない。

 一先ず自分のスペックを整理してみよう。


 名前、オリビア・レイノルズ。肩書、公爵令嬢。年齢、十七歳。

 見た目、金髪縦ロールに紫の瞳。吊り目。

 備考、第二王子エドワード・セス・エルムント殿下の婚約者(政略)。


 おう。

 ちょっと待て自分。どうした自分。

 悪役令嬢としてのスペックが高すぎやしないかい?


 いやいや、待って。待つのよ自分。

 焦ってはいけないわ。落ち着いて考えるのよ。

 まず公爵家は王族の次に高い家柄ではあるけど、あくまで家柄の一つよ。生まれてくる家は選べないっていうし、これは仕方がないわ。金髪に紫の瞳なんて鮮やかな色も高位貴族としてはそこまで珍しいものではないわよね。縦ロール…。ドレスが普段着なんだからドレスに負けない髪型としてありっちゃありよ! 吊り目?極端な話、人間皆たれ目か吊り目に分類される! 王子の婚約者?家柄が家柄なんだから仕方ないじゃない!


 よしセーフ!いまのところセーフ!


 そもそもこの世界が乙女ゲームか何かの世界だとして、その舞台はどこよ?


 普通こういうゲームの舞台でまず思いつくのは学院よね。ヒロインは身分が高くないのが定番だし、学院なら様々な身分の人が同じ敷地内にいて、学生ということでそこまで身分にこだわらず交流ができる。乙女ゲームの舞台になりやすいのも納得。


 でも私は学院に通ってない。

 貴族は家庭教師から勉強やマナーを教わるのが一般的だから、絶対に学院に通わなければいけないわけではない。

 家庭教師を十分に付けられない下位貴族の子弟や商家の跡取りや同世代との交流や婚約者探し、社会勉強を目的とした上位貴族の子弟が通うのが一般的だ。あと王族の在学期間中は入学者が増えるらしい。

 しかし私の婚約者でもあるエドワード殿下は学院に通われなかったので、私も入学しなかったのだ。


 あと舞台になりそうな場所といえば王宮とか後宮なんだろうけど、私、王宮に常にいるわけじゃないしなぁ。王子妃教育のために通ってはいるけど、常に護衛と監視を兼ねた案内役が付いてくるし、たとえ王宮にヒロインがいたとしてもイジメるような余裕ないわよ。


 そうだ。ヒロイン。

 私がいくら悪役令嬢ぽくても、ヒロインがいないのなら悪役令嬢として成立しないのよね?

 なぁんだ。心配して損した! そうよそうよ、やっぱり私はただの公爵令嬢よ。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 私の侍女が心配そうに声をかけてくる。

 おっと、いけない。せっかくお茶を用意してもらったのに、ずっと考え事をしていて手を付けていなかったわ。

 なんでもないわ、大丈夫よ。そう言おうとして侍女の顔を見て固まった。


 私の侍女であるエミリー・コーラルは男爵家の出身だ。

 私と同い年で十歳のころに公爵家にやってきて侍女見習いとなり、二年前から正式に私の侍女となった。

 明るい青の瞳に年より幼く見える愛らしい顔立ち。華奢な身体。そしてしっかりまとめられている髪はおろすとフワリと軽やかで、色は赤みの強い見事な桃色。


 ヒロインおまえかーーーい!

 私が悪役令嬢としてのスペックが高いなら、エミリーはヒロインとしてのスペックが高すぎる。

 いや、でも!そうなると乙女ゲームの舞台が公爵家(うち)ってことになるんだけど、大丈夫?それ乙女ゲームとして成立するの!?攻略対象いる?


 そこまで考えて、はたと気付く。

 うちにはテーマパークスタッフ並みの使用人と騎士がいるのでした。


 まず私の兄であり次期公爵のルーク・レイノルズは十分攻略対象になり得る。お兄様の侍従のショーンもなかなかの美少年よね。ほかにも代替わりしたばかりのお父様の若い執事。レイノルズ騎士団の期待のホープ。最近来るようになった庭師の孫も平民にしては整った顔立ちで明るく人懐こい笑顔で若いメイドに人気だとか…。


 どうしよう。私の居住空間で乙女ゲームが成立してしまう。私はそんなところで寝食を過ごしていたのか。

 もうこうなってくると、たまにいらっしゃるエドワード殿下すら隠しキャラなんじゃないかと疑ってしまうわ。

 心配そうにこちらを見つめているエミリーにひきつった笑顔でなんとか「大丈夫よ」と告げる。

 内心まったく大丈夫じゃないです。この状況、このスペック、やっぱり私悪役令嬢じゃないか。


 エミリーは当初行儀見習いとして公爵家にやってきたが、私が彼女の可愛らしさと綺麗な髪に惚れ込んでお父様に無理を言って私の侍女見習いにしてもらった。侍女としての教育も施したし、小間使いとして働くよりも侍女見習いのほうが箔がつくとエミリー自身も彼女の家も喜んでくれた。

 エミリーは本人の努力もあり二年前に正式に私の侍女となった。私のことを常に気遣ってくれて、今も私がいろいろと衝撃に打たれたせいで冷めかけてしまった紅茶を適温のものに入れ替えてくれている。申し訳ない。いつも感謝しています。ありがとうエミリー。

 何が言いたいのかというと、私は決してエミリーをいじめていない。

 それでも物語の強制力とやらが働いてしまうと、私は悪役令嬢になってしまうのだろうか。


 回避! なんとか回避する手段を考えるのよ!


「ねえ、エミリー。私が今から学院に通うのってどう思う?」


 今からでも舞台を学院に移せないだろうか。私が学院に通うとなれば、侍女のエミリーも一緒に通っても不自然じゃないわよね?お父様に頼み込めばいける気がする!あと学院に行ったら私よりも悪役令嬢っぽい娘がいるかもしれない!むしろいてくれ!


 エミリーは不思議そうに瞬くと


「今からですか?可能ですが、あまり通われる意味はないかと。第二王子殿下もいらっしゃいませんし、お嬢様は王子妃教育もありますので、通う時間も限られるかと」


 的確すぎる答えをくれた。

 そうだ。学院に行っても王子がいないんだった。しかも王子が入学しなかったもんだから、攻略対象になりそうな王子の側近候補たちも通っていない。だめだ。これでは学院は乙女ゲームの舞台として成り立たない。


 それならせめて、私の悪役令嬢スペックをどうにかできないだろうか。


「ねえ、エミリー。明日から髪型を変えてみたいんだけど」


 髪色と瞳の色はどうしようもないけど、髪型をならどうにかなるはず!むしろこの縦ロールがなにより悪役令嬢っぽいし。


「さらさらのストレートとかどうかしら?」


 そう言うとエミリーは僅かに眉をひそめる。あれ、ダメだった?


「大変申し上げにくいのですが、お嬢様の御髪はもともとカールされています。伸ばすことは出来なくはないですが、時間もかかりますし毎日となると傷む可能性が高いです」


 なんと。私のこの縦ロールは地毛だったか。毎朝起きると寝惚けまなこで身だしなみを整えられていたから、自分のことなのに把握していなかった。気付いたときには見事な縦ロールが出来上がっていたのはそういうことか。


 ということは、私の悪役令嬢スペックはどうにもならないということではないか!

 たとえエミリーがヒロインで私が悪役令嬢だったとしてもエミリーの恋の邪魔をしたいわけじゃない。エミリーのことは好きだし幸せになってもらいたいと思っている。それでもどうか私の婚約者のエドワード殿下だけはそっとしておいてほしい。政略による婚約ではあるが、私達の関係は決して悪くないのだ。


「せめて、ストーリーがわかれば…」


 思わず呟く。もしくは攻略対象が誰かが知りたい。

 仕方ない。こうなったら最後の手段だわ。


「エミリー」


 緊張から呼び掛ける声が厳しいものになっている自覚はある。強張った顔はもともとの吊り目と合わさって余計にきつい印象になっているだろう。


「あなたに、聞きたいことがあるの」


 そう言って侍女に詰め寄る私は、端から見たらきっととても悪役令嬢らしいのだろう。



*****


 どうも、先日ツッコミと共に前世の記憶を思い出したオリビア・レイノルズです。

 またの名を、多分この世界がなんかの乙女ゲームだろうと当たりを付け、なんか聞いたことある乙女ゲームイベントをヒロインに仕掛けていますが、ことごとく上手くいかない推定悪役令嬢、オリビア・レイノルズです。ごきげんよう。

 ああもうっ! ストーリーわからないって本当に面倒!


 わからない以上無闇に動くのは悪手と思い、ヒロイン(だと推測される)エミリーを観察すること数日。

 わかったのは彼女が働き者の優秀な侍女だということだけだった。

 知ってた。もともと知ってた。本当にいつもありがとう。


 もう一つ。

 エミリーは私が想定した攻略対象の誰とも親密な関係になさそうだということ。

 お父様の執事のロバートとお兄様の侍従のショーンとは同僚ということもあって話しているところを何度か見かけたが、内容はほぼほぼ仕事のことだった。あとは天気の話。

 騎士団のホープと庭師の孫とは挨拶程度の仲。この二人はエミリーに興味ありそうなんだけど、エミリーの方は全くのようだ。

 お兄様に至っては話すらしていない。さりげなくエミリーに訊いてみると、「使用人の私が何の用もないのに話しかけるなど、とんでもないです」という至極真っ当なお返事が返ってきた。

 そうなんだが、そうなんだけど。よくある乙女ゲームのお花畑ヒロインなら、そんなこと考えずにガンガン行っちゃってるところやで。そうでもなければ話が転がっていかないからね。


 正直に言えば。

 私の一推しはお兄様である。なんとかくっついていただきたい。切実に。


 というのも、お兄様は公爵家の嫡男で次期公爵という立場にあるにも関わらず未だに婚約者がいない。

 希望者がいないわけではない。公爵家(うち)と繋がりたい家も将来公爵夫人になりたい令嬢もたくさんいる。それでもそんな方たちの誰かを選ぶことは難しい。

 主に、私のせいで。


 もともと公爵家という高い家柄に加えて私が第二王子であるエドワード殿下の婚約者となったことで、我が家の権力がさらに上がりつつある。そこにお兄様まで権力のある上位貴族のご令嬢を迎え入れてしまったら、なにか企んでると思われかねない。


 しかも王太子妃が隣国の伯爵家のご出身である。そして恋愛結婚である。御子様はまだいない。


 もうね、愛国心と特権階級プライドが間違った方向に育ってしまった一部の貴族が、エドワード殿下とうちを担ぎ上げようとしてる気配がすごい。そして、間違ってもそんな家のご令嬢をお兄様の婚約者にできない。

 そもそもエドワード殿下は王位狙ってないし。兄弟仲も悪くない。


 そんなわけで、エミリーである。

 男爵家の出身で彼女の家は派閥に属していない。そしてエミリー自身は幼少の頃からレイノルズ公爵家に仕えており、私の両親からの評価も高い。その両親は貴族内の混乱を避けるためにも、お兄様の婚約者に高い家格を望んでいない。貴族であれば構わないとさえ口にしている。

 つまり、これでお兄様と恋仲にでもなればほぼ決まりである。

 むしろ決まってくれ!という思いから、ありがちな乙女ゲーム的イベントを起こしてみた。


 二人を密室に閉じ込めてみた。


 念のため言っておくが、邸内のしばらく使われていない、物置と化した普通の部屋である。そこの扉の建付けをちょーっとだけ悪くして適当な理由を付けて二人を(おび)きだし、急に扉が閉まったように見せかけて閉じ込めてみた。

 決して、前世のネタでよくあった「励まなければ出られない部屋」なんかじゃない。少し力仕事にはなるが、ちゃんと普通に脱出できる。


 実際、すぐに出てきたし。


 こっちとしては密室で急に二人きりになって、ちょっとお互いを意識するくらいのことが起きればいいな~とか思っていたのだけど、瞬殺でしたよ。

 容赦なく二人で金具壊したっぽい。なんていう物騒な共同作業。


 この二人、美少女と美少年なんですが。二人きりで部屋に閉じ込められて多少ときめいたりしないの!? ヒロインと攻略対象なら、まずは「どうしよう…」「大丈夫だよ、安心して」みたいな会話するもんじゃないの!? なんで扉破壊することを即決しちゃうの!?


 悪役令嬢(推定)とヒロイン(推定)と攻略対象(推定)が揃ってるのに何故なにも起きない!?やっぱり(推定)だから?


 念のため、ロバートとショーンでも部屋を変えて同じことをしてみた。出来ればお兄様とくっついてほしいけど、そこは私が決められることでもないので。

 騎士と庭師の孫にはやっていない。あの二人はエミリーに興味があるようなので、エミリーの身の安全上やめといた方がいいだろう。間違いがあってはいけない。

 その結果。


 脱出時間が短くなった。


 なんなら扉が閉まったと同時に金具壊し始めてない?私のせいかもしれないけど、手慣れてきてない?

 なにこれ、タイムアタック?そういうミニゲーム?

 はっ! もしかしてゲームの強制力で悪役令嬢の私が無意識にミニゲーム仕掛けてるとか!? ヤダこわい!


 ええと、あと他に乙女ゲーム的イベントって何があったかしら?

 階段落ちは危険すぎるしエミリーに嫌われたくないからやりたくない。

 ロマンチックに星空観賞。…使用人であるエミリーに夜間に邸を抜け出させるのはリスクが高い。そもそも、その状況を作り出すのに私一人では不可能。

 エミリーに嫌がらせ…。無理。あとそんなことしたらエミリーが私の侍女辞めて出ていきかねない。本末転倒。


 …脱出ゲーム、二周目の準備でもしようかしら。



*****


 レイノルズ公爵邸の一室。

 黒と茶を基調としたシックな調度品で揃えられた部屋の中、華美ではないものの一目で質の良さがわかる艶やかなテーブルに突っ伏す男女が二人。


 一人は深みのあるアンティークゴールドの髪の若い男。もう一人は赤みの強い見事な桃色の髪の若い女だった。女の方は侍女服を着ている。

 最初に言っておくが、事件性はない。その証拠に彼らの傍らでは侍従服を着た黒髪の青年が慣れた手つきで紅茶を淹れている。

 彼は三つのカップに紅茶を注ぐとテーブルに突っ伏す二人の前にそれぞれカップを置き、残ったカップを手に金髪の男の隣に腰掛けた。


「ルーク様、起きてください。ほら、エミリーも。お茶入れましたから。冷めないうちに飲んでください」

「うう…。ありがとう」

「うう…。すみません、ショーンさん」


 金髪の男と桃色の髪の女がのろのろと顔を上げ、侍従の青年に礼を言い紅茶に口を付ける。そして揃って両手で顔を覆うと盛大な溜息をついた。


「なんでまたルーク様と閉じ込められるんですか。私個人なら四回目ですよ!」

「おつかれー」

「ショーン、他人事じゃないぞ。お前にもそのうち来るぞ」

「えー、どうですかね?」

「一応、邸内の部屋をチェックして建付けの悪い扉を直すよう職人たちに指示は出しているが…」

「そもそも、なんで公爵邸に建付けの悪い扉がいくつも存在してるんですか?」

「広い屋敷だし歴史もありますからね。使用人しか行かないような場所の扉は多少建付け悪くてもそのままになってたんでしょうね」

「…なんでそんな場所をオリビアお嬢様が把握してるんですか」

「…探し回ったんだろうな」

「やりますねー。お嬢様」

「そんなことにやる気を出すんじゃない!」


 そう言ってセットされた髪をガシガシと搔きむしる金髪の男。もとい、レイノルズ公爵家嫡男であり、この部屋の主、ルーク・レイノルズ。

 髪型を崩したついでに首もとまできっちり留められていたシャツのボタンもいくつか外して眼鏡も外し、疲れたように目元を揉む。

 掻きむしる前はしっかりとセットされた髪に切れ長の紫の瞳、そして銀縁眼鏡と知的で神経質そうな外見と比べると、その言動はどうにも軽い。というかゆるい。


 それは侍女服と侍従服を着た他の二人にも言える。

 使用人の立場である二人が、この邸の嫡男の部屋でテーブルを共にするなど本来は有り得ない。しかも、ショーンはルークの侍従である。それなのに主の横に座り軽口を叩きながらお茶を飲んでいる。

 向かいに座るエミリーはショーンよりは大人しくしているものの、先ほどまでは公爵家嫡男と共にテーブルに突っ伏していたのだ。普通ではない。普段はもう少し取り繕っているが、同じ相手と二回も閉じ込められたせいでタガが外れてしまったようだ。


 ― この世界は何かの乙女ゲームの世界で、エミリーがヒロイン、オリビアが悪役令嬢。舞台はレイノルズ公爵家。攻略対象は公爵子息ルークの他レイノルズ公爵家で働く見目のいい男性達。


 オリビアのその予想は、半分当たっていて半分は外れていた。

 エミリーがヒロイン。オリビアが悪役令嬢。攻略対象の一人がレイノルズ公爵子息ルーク。そこまでは正解。


 しかし、ゲームの舞台となるのはレイノルズ公爵家ではなく王立クローバー学院。

 貴族の子弟のほか商家や豪農などの裕福な平民の子供も通う学院。また歴代の王族にもこの学院の卒業生が多くいる。

 そして攻略対象はオリビアの婚約者である第二王子と彼の友人たち。ルークはその一人。また、オリビアが攻略対象と推定したルーク以外の面々はゲームにほぼ登場しない。


 現在、この邸には転生者が三人いる。

 一人は言う迄もなくオリビア・レイノルズ。前世の記憶を思い出して以来、乙女ゲームイベントを起こそうと奮闘、もしくは爆走している彼女。

 そして残る二人がルーク・レイノルズとエミリー・コーラルだ。


 エミリーが前世の記憶を思い出したのは、まだ5歳にも満たない頃だった。

 男爵令嬢であったエミリーは焦りに焦った。ヒロインになることを全く望んでいなかったからだ。どんなに本人が避けようとしても、ゲームの強制力とやらでヒロインに担ぎ上げられてしまうかもしれない。

 嫌だ。というより無理だ。だってそんなことになったら良くて上位貴族夫人、最悪の場合王族になるかもしれないんでしょ!? 無理無理無理、できる気しない!

 裕福な平民とそんなに変わりない教育しか受けていない男爵令嬢に務まるはずがない! しかも攻略対象のほとんどが婚約者持ちじゃない!その婚約者も上位貴族のご令嬢たちでしょ? ヤダよ!そんな家を巻き込んだ修羅場に突っ込んでいくの!

 ゲームのヒロインは、身分なんて関係ないわ、お友達になりたいんです!と言って同性ではなく上位貴族令息のお友達ばかり作る「無邪気」で「天真爛漫」な修羅場製造機だったが、前世持ちのエミリーはきちんと身分というものを弁えていた。


 一方で同じ頃に前世の記憶を思い出したルーク。

 自分が乙女ゲームの攻略対象で妹が悪役令嬢という役どころに絶望した。

 というのも、妹はどのルートでもヒロインに嫌がらせを繰り返したことが原因で第二王子から婚約破棄を言い渡される。処刑されることはないが王家の不興を買い戒律の厳しい修道院に送られ、公爵である父は娘を止められなかった責任を取って領地に隠居。息子に爵位を譲りルークが若き公爵になってめでたしめでたし、というのが共通の展開だ。


 ちょっと待て。何もめでたくない。

 妹が問題起こして王族から婚約破棄されるとか、家として大ダメージだわ。そんな状況で代替わりした若輩者の公爵なんて周囲から舐められるし、なによりスタートから王家の不興買ってるじゃん。

 一番最悪なのがヒロインが第二王子ルートに進んだ場合。妹がヒロインいじめて、そのヒロインは第二王子のお気に入りで、将来的にヒロインは王弟妃になり自分はその王弟妃をいじめた奴の兄の公爵で…。

 身分的にも立場的にもアウト! 絶対に二人から無茶なこと頼まれるじゃん! 下手すれば汚れ仕事やらされるわ! 絶対にいやだ!

 ちなみにこちらはゲームでは真面目クールキャラだったが、前世の記憶のせいでその性格は跡形もなくなった。ただ見た目がそういう感じに育ってしまい地の性格を出すと残念がられるため、表ではゲームのキャラに寄せている。


 乙女ゲームを阻止せねば!


 エミリーはどうすれば乙女ゲームに関わらずに済むのか考えた。舞台となる学院に通わないのが一番だが、下位貴族である自分は十中八九、入学させられる。

 そんなときにやってきた公爵家の行儀見習いの話に一も二もなく飛び付いた。

 公爵家の行儀見習い。上手くいけばその後使用人として正式に採用されるかもしれない。公爵家の使用人ならば十分箔が付く。学院入学も阻止出来るはず。


 その奉公先が悪役令嬢と攻略対象の家だと気付いたときには愕然としたが、別にかまわない。自分がヒロインポジションにならなければなんでもいい!悪役令嬢の我儘くらい、使用人としてきいてやるわ!


 そんな決意を持ってレイノルズ公爵家にやってきたエミリー。一方で突然ヒロイン(修羅場製造機)が家にやってきたルークは心臓が握り潰されたかと思うほど驚いたという。

 しばらくした後、お互いの言動から前世の記憶持ち、しかもゲーム知識があることに気付いた二人は協力関係となった。


 そんな二人の協力者がもう一人。

 ルークの侍従であるショーン・ロイド。子爵家の三男で幼い頃からレイノルズ公爵家に仕えエミリーにとっては先輩にあたる。

 彼に前世の記憶といったものはない。ゲームにも「ルークの侍従」として登場するだけだ。名前も出てこない。

 そんな彼がゲームや前世といったことを知っているのは、幼い頃にルークが話したからだ。


 正確には、前世の記憶を思い出して自分一人では抱えきれないと判断したルークが、その場にいた友人兼侍従見習いのショーンに洗いざらい話した。

 ショーンとしてはその話を信じたわけではなかった。信じたわけではなかったが、「ヤバイ。俺の主の頭がおかしい。こんなことがバレたら俺の安定した勤め先がなくなる!他の人間にバレてたまるか!俺のとこで止める!」という思いからルークの理解者になった。うわべだけは。

 前世庶民の記憶のせいであからさまな主従関係にルークが苦手意識を持ったため、ルークの私室ではショーンは砕けた態度をとっている。

 その後、ルークの話すゲームの登場人物の詳細が現実と一致し、もう一人エミリーという転生者が現れたことで、どうやら事実らしいと受け入れた。


 三人はゲームの展開から遠のくような行動を開始した。

 まず、さり気なくオリビアに同年代の侍女見習いを付けることをルークが提案し二人を引き合わせた。幸いにもオリビアがエミリーをとても気に入り自ら父に自分の侍女にしたいと直談判してくれたことで、エミリーの学院入学はほぼなくなった。下位貴族が学院に通うのが珍しくない一方で、下位貴族の子弟が子供の頃から上位貴族の家に仕え箔を付けるのも珍しくないからだ。


 さらにルークは第二王子の友人という立場を利用して、王子の学院入学を阻止すべく、やんわりと説得することに成功。学院に王族が入学することは珍しいことではないが、同じくらい入学しない王族もいる。だから第二王子が入学しない選択をしても誰も不審には思わなかった。

 これによって同じく第二王子の友人である他の攻略対象、攻略対象の婚約者たちの学院入学もなくなった。学院で学ぶような内容は家庭教師から得られるため、将来の上司となり得る第二王子、もしくは婚約者のいない学院にわざわざ通う意味はない。その中にはもちろんオリビアも含まれる。


 こうして、本来の舞台に役者が誰一人揃わないという、乙女ゲームボイコットに成功してしまった。


 このまま何事もなければ、オリビアと婚約者の第二王子の結婚を以てゲームセットとなるはずだった。

 それなのにここにきて突然オリビアがおかしな行動をとり始めた。


「はい、質問です」


 先生に質問する生徒のようにピンと手を挙げるショーン。


「はい、ショーン」


 侍従のその行動に慣れた様子で返事をするルーク。


「ルーク様とエミリーが婚約すればいいと思います」

『却下』


 ショーンの提案に間髪入れずルークとエミリーから否定が入るが、ショーンはまあまあと二人をなだめながらニコニコしている。全く気にしていない。


「考えてもみてください。お嬢様はエミリーと誰かをくっつけるためにこんなことしてるんですよね?それならエミリーが誰かとくっついてしまえばいいんですよ」

「よしエミリー。今すぐ誰かとくっつけ」

「出来るならそうしますが、無理です。相手がいません」

「まあまあ。ところでルーク様。エミリーが誰かとくっつくとルーク様が困ることはご存じですか?」

「は?」


 侍従の言葉に眉を寄せるルーク。はっきり言って心当たりがない。

 そんな主に侍従は思いっきり顔をしかめた。せめて自分の置かれた状況はわかっていてほしい。


「エミリーが誰かとくっつくと、ルーク様の婚約者はブレジナ侯爵家のご令嬢に決まりです」

「は!?」


 ブレジナ侯爵家はルークとの婚約を望むご令嬢の中で一番権力のある家だ。そしてオリビアの言うところの、愛国心と特権階級プライドが間違った方向に育ってしまった貴族の代表のような家でもある。

 しかもそこのご令嬢、フローラは「お花畑」と比喩されている。愛らしい顔立ちに、蜂蜜色のフワフワの髪。鼻にかかった甘ったるい声に、何を寄せ付けたいのかわからない甘い香り。あと頭の中。フカフカの脳ミソを養分に花が咲き乱れているに違いない。

 ルークが忌避してきた、「愛されて当然!だって私だもん!」タイプのヒロインのようなご令嬢。


 主の反応にショーンは苦笑して続ける。意外とお嬢様の方がわかっていたな。


「お嬢様が第二王子殿下の婚約者であるため、ルーク様の婚約者選びが難航しているのはご存じでしょう?旦那様と奥様の考える最有力候補はエミリーなんですよ」

「なんで私なんですか!?」

「旦那様は第二王子派を名乗る家のものを次期公爵夫人として迎え入れるつもりはありません。いっそのこと、爵位は低い方が都合がいいと思っていらっしゃるくらいです。そこでエミリーです。こいつは男爵家の令嬢で家は中立派。後ろ暗いものも出てこないし、本人は幼いころから公爵家に仕えていて現在はお嬢様の侍女。人となりはわかっているし優秀。ルーク様とも年が近い」

「でも、それだけじゃ…」

「はい、それだけじゃ駄目です。ブレジナ侯爵家が黙ってません。だから旦那様たちは二人が恋仲になることを願っているんですよー」

『恋仲!?』

「お嬢様の結婚で王家と繋がりが出来るので、これ以上の政略結婚は必要ありませんからね。ルーク様が、そういうわけだからエミリーと婚約したい、と言えば旦那様も、そういうわけだから息子の望みを叶えてやりたい、とブレジナ侯爵家に言えるんです。爵位はこちらが上なんで、それでどうにかなります」


 ショーンの話を聞きながら、恋仲、と呟き微妙な顔をする二人。

 互いのことを嫌がっていないのは勿論なのだが、その可能性は考えていなかったのだろう。好感はあるものの、互いは協力者であって、これ以上でも以下でもない。

 あえて言うなら、無くはないけどそうなる状況に心当たりがない、だろうか。


「お気に召しませんか?」

「そう言われてもなぁ…」


 ルークとしてもショーンの言い分は理解できる。理解はできるが自分だけでなくエミリーの人生までかかってくる。

 しかも自分は公爵家、エミリーは男爵家の人間だ。公爵家嫡男として下した決定にエミリーやコーラル男爵家は否とは言えないだろう。

 自分の人生とエミリーの人生。頭の中でその二つが天秤に掛けられて揺れている。そう簡単に決断は出来ない。


「お気に召さないなら、ブレジナ侯爵令嬢…」

「エミリー!今すぐ俺と恋仲になって婚約しろ!」


 天秤はあっさり傾いた。

 エミリーの手を取って告白なのか命令なのかよくわからない言葉を告げるルークに、「えー…」と思いっきり呆れた顔をするエミリー。主とか関係ない。


「なんだ、俺じゃ不満か!?」

「ルーク様が、というか、この展開が不満です」


 エミリーだってこの世界で十七年間貴族令嬢として生きてきた。

 よく知りもしない人間と突然結婚することには抵抗があるが、だからと言って領地や家を発展させるための政略結婚がおかしなことだとは思わない。

 むしろ幼い頃からずっと家にいて両親に甘えて、ぬくぬくと男爵令嬢としての恩恵を受けるだけ受けておいて、「愛のない結婚なんておかしいわ!政略結婚なら彼と別れて!」なんて攻略対象の婚約者に言っちゃうゲームのヒロインの方が気持ち悪い。家を潰す気か。


 エミリーにとってルークはよく知る相手だ。もう何年も共に同じ目標に向かって協力してきた仲でもある。

 恋愛感情こそ沸くことはなかったが、信頼はしている。家族としてやっていけそうかと聞かれれば、多分大丈夫だと答えられる。


 エミリーにとっても、ルークは悪い相手ではない。悪い相手ではないのだが…。

 この展開からのルークのプロポーズ(?)にイエスと答えるのは人としてどうなんだろう、とは思ってしまう。


「ルーク様」


 スッとショーンがルークの背後に回り、何かを耳打ちした。なにやら言葉を聞いた後、ルークはとてもイイ笑顔をしてエミリーに向き直った。

 嫌な予感しかしない。警戒したエミリーは慌てて握られたままの手を引き抜こうとしたが、ルークは逃がさないとばかりに力を入れて、より笑みを深める。怖い。


「エミリー」

「な、なんでしょうか?ルーク様」


 応える声が上ずってしまう。最悪の場合はこの手を力いっぱい振り切ってでも逃げよう、そうしよう。

 そんな決意を静かに固めていたエミリーだったが、次の言葉ですべてが吹っ飛んだ。


「先日、うちの領地から炭酸水の湧き水が見つかった」

「な!?」


 炭酸水。炭酸ガスを含む水。飲み物に清涼感を与え、ソフトドリンクやアルコールにも広く使われる、それ。

 前世では当たり前のように飲んでいたそれが、この世界では存在そのものがとてもあやふやなものだった。前世のような製法はわかっておらず、天然のものがあるらしいのだがエミリーも、そしてルークも目にしたことがない。

 変に前世の記憶がハッキリしているだけに、時々、脳が無性に求めてしまう、あの刺激。前世で当たり前に飲んでいたそれが、この世界では味わうことが出来ない。そのことにどうしようもない喪失感を覚えては溜息を飲み込んできた日々。


 きっと、そういうものなのだ。異世界に生まれ変わるということは。転生なんて貴重な体験が出来た代わりに、何かを失ってしまうのだ。

 そんなふうに諦めていたというのに。


「安全性は確認してある。間違いなく、俺たちの知っている炭酸水だ」

「炭酸水が、この、世界に…?」


 わなわなと、体だけでなく心が震えるのを感じた。こんな感情は人生二回目にして初めてのこと。


「俺と婚約すれば、エミリーも自由に使うことが出来るぞ」


 な ん だ と !!


「コーラの再現はすぐには難しいだろうが、サイダーならシロップと果汁で近いものが出来るかも…」

「なります。」


 ルークの言葉を遮り、一言、宣言するエミリー。

 目がキラキラしている。


「私、ルーク様の婚約者になります!」


 満面の笑顔に加え、目がキラッキラである。それはもう、乙女ゲームのパッケージのヒロインなみにキラキラである。あ、ヒロインだった。


 こいつコレで釣られるのかー、とビミョーな気分になりつつも、自分も人のことを言えないルークは「似た者同士、ちょうどいいかもな」と苦笑を浮かべる。

 エミリーと将来夫婦として生きていくことに不思議と不安はなかった。


 (はた)から見れば。

 「ヒロイン」と「攻略対象」が手を取り合い、キラキラ眩しい笑顔を浮かべる可愛いヒロインを麗しの攻略対象が穏やかに見守っている、まさに乙女ゲームの一場面のような光景。


 そんな二人と空間をともにしていたゲームでは名前も出てこない侍従は、よかったですねー、とパチパチと拍手を送っていた。

 一応、「悪役令嬢」の望み通りになったなぁ、と思いながら。



*****


「お嬢様、うまくいきましたよ」

「ショーン!」


 ルークの部屋で三人による「話し合い」が行われた数日後。

 今日エミリーは急遽休みをとっている。今頃、ルークと共に公爵夫妻に婚約の許しを得ているのだろう。

 そして、あの日と同じようにガゼボでお茶を飲むオリビアにショーンが持ってきた「上手くいった」という報告。


「お父様たちがお許しになったのね?」

「はい。お二人とも喜んでおりましたよ」


 もともと、密かにエミリーがルークの婚約者になることを望んでいた公爵夫妻が許さないわけがない。

 だから、それは予想通りだった。予想外だったのは。


「まさか、こんなにすぐに上手くいくなんて!あなたに協力してもらって本当によかったわ」


 オリビアがにっこりと微笑んだ。


 「悪役令嬢」として何をしたらいいのか策が尽き、密室脱出ゲーム二周目の準備をしていたオリビアは、建付けの悪い扉のチェックのため巡回していたショーンにあっさり見つかってしまった。

 そして兄同様、洗いざらい話したのである。前世の記憶のことも含めて。

 兄とエミリーをどうにかくっつけたいこと、エミリーの気持ちを知るために兄をはじめとした目ぼしい男性陣と共に閉じ込めたことを打ち明けると、ショーンはあっさりと「協力しますよ」と優しく微笑んだのだ。

 話している途中で、両親か兄に報告されて気が触れたと隔離されるかもしれない可能性に気付いて怯えていたオリビアからしてみたら、まさに神のようだった。


 ショーンはオリビアの「二周目」の準備を手伝うと、エミリーと共にルークを閉じ込めるようオリビアに指示した。「そうしたら、あとは自分がどうにかします」と言って。


「でも、正直意外だったわ。エミリー、お兄様にあまり興味がないような様子だったから」

「お嬢様の作戦が、二人の距離を縮めたのですよ」


 嘘ではない。実際に「二周目」に見事に引っかかったことでダメージを受けた二人は、揃って机に遠慮なく突っ伏すほど距離が縮まった。

 実際にはエミリーの侍女としてのタガが一時的に外れただけだが、縮まったことは縮まった。


「どうやら、お互いの中に背中を押すような思いがあったようですよ」

「まあ!」


 嘘ではない。その「思い」が決して相手に対しての「想い」ではなく、片や「お花畑令嬢との婚約阻止」であり、もう片や「炭酸!炭酸飲料飲ませろ!」だったとしても。

 目をきらめかせて感動したように口元を手でおさえたオリビアが想像するような展開ではなかったが、「二人の中に背中を押す思い」があったことに間違いはない。ないったらない。


 こんな成り行きで将来を共にすることとなった二人だが、こうなるとは思っていなかったものの互いを好意的に見ていたようだ。婚約を決めた日以降、二人の距離は確実に縮まっていた。

 本当に恋仲となる日も近いかもしれない。


「私も、ルーク様の婚約が決まって本当に喜ばしく思っております。そのお相手がエミリーなら安心です」


 ルークの前とは打って変わって、主人を思いやる侍従の顔でショーンは言った。

 嘘ではない。本心は「ルーク様の婚約者が決まったことで俺の立ち位置が安定したぜ、未来の公爵の側近ゲット!イエー!」なのだが。これ以上ないくらいに、大変喜ばしく思っている。それはもう、ええ、はい。


「やっぱりこの家は乙女ゲームの舞台だったのね」


 キラキラとした瞳でそう呟いた上機嫌のオリビア。

 断罪されることもなく、大好きなエミリーが義姉となる「最高のエンディング」に満足しているのだろう。


 もちろんそれはオリビアの勘違い。

 この邸は乙女ゲームの舞台ではなく、本来の舞台は別にある。だからここでなにが起きてもオリビアの思うところの「最高のエンディング」ではないはずだった。

 でも一方で、本当の舞台である学院には主要キャラクターが一人もおらず、なにかが起きることも始まることも、エンディングが迎えられることもない。


 悪役令嬢の家は乙女ゲームの舞台ではない。

 でも、ヒロインにとって思いもよらないことが起こって「何か」が始まったのなら、そこは立派な舞台だろう。


 そういう意味では。

 悪役令嬢の家は乙女ゲームの舞台ではなかったけど、それ以上の舞台となった


…かもしれない。

お読みいただきありがとうございました!

これ、最初は普通にルークにエミリーを口説き落とさせるつもりだったんですよ…(;゜∇゜)

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