真実の愛の次は、永遠の愛だそうです
「いい所に来た。いつものお茶を頼む」
今日も放課後、学園の生徒会長室に赴くと、殿下は一瞥もくれずにいつものように声を掛けてきた。
何で入って来たのが私だと分かるのかしらね。
屈託なく笑い合っていた幼少の時期を過ぎ、学園に入り未来を見据えてそれぞれの立場が重くなって行く中で、最近の殿下との関係は空気のようになってきていた。
いつものようにお茶を頼む殿下に安心すると共に、物足りなさを感じ始めている自分に戸惑っていた。
「分かりましたわ。ところで殿下、このケーキはどうなさったのですか?」
「ギルが置いていった」
ギルというのは殿下の側近で、現宰相であるロレーヌ侯爵の長男ギルバート様のことである。永遠の愛を見つけたとかで幼少の頃からの婚約を破棄し、隣国から留学に来ていた王女殿下と婚約し直されたのは有名な話である。
隣国で始まった真実の愛ブームにより婚約破棄する貴族が続出した騒動が、漸く沈静化を見せ始めた矢先の出来事だっただけに、王国の貴族社会には激震が走った。
揺るがなかった息子を例に真実の愛に批判的な立場を取り続けていたロレーヌ侯爵も、息子のせいで始まったともされる永遠の愛ブームで矢面に立たされるようになり、健康上の理由から領地に引き籠っているという。
本当にこんなこといつまで続くのかしら。
いつもの茶葉の香りを確認した私は、蒸らし時間を決めるとギルバート様が持っていらしたというケーキをお皿に取り分けた。
最近王都に出来た隣国でも最も有名なパティスリーの支店がある。既に予約でいっぱいであり、力のある貴族であっても手に入れるのは困難だと言われている。そのケーキが目の前にあった。ギルバート様の婚約者でいらっしゃる王女殿下がお口添えされたのだろう。
「お茶が入りましたわ」
「あぁ。ケーキは持って帰って構わないぞ」
「殿下は召し上がらないのですか。きっと殿下であっても手に入れるのは至難の業ですわよ」
「だからお前にやる」
殿下は私のためにケーキを食べないと言っているのだろうか。予想していなかった回答に、口をぽかりと開けたまま言葉を失った。
実は殿下は甘い物に目がない。
殿下の発言一つで店の存続に関わる事態を引き起こし兼ねないため、殿下がご自分の好物について公言されることはない。だが私と二人きりでいる時の殿下は好きな物を我慢する必要もないし、嫌いな物を我慢する必要もない。それなのに食べないと本気で言っているのだろうか。
そんな私の様子を見た殿下は、口元に手をやると少し俯いて肩を揺らした。
「何が可笑しいのですか」
「お前でもそんな顔をするんだな」
いつもはさも興味のなさそうな態度なのに、先ほどのように私のためを思って動かれる時がある。
殿下のお気持ちが分からなくなるのは、こういう時だった。
ずっと婚約していると二人の関係が曖昧になって良く分からなくなってくる。安定していると言えばそれまでなのかもしれないが、女性であれば甘くときめくような瞬間を夢見ることもあるものだ。殿下との関係はお互いの存在が溶け合っていて、そこにキラキラとしたものはない。
貴族社会に置いて婚約は政治的な意味合いが強く、だからこそ、その結びつきは強くもあり、また脆くもあった。真実の愛から始まった婚約破棄騒動で、その脆さが浮き彫りにされたことは確かだった。殿下との関係もある日突然終わりを向かえるかもしれない。
殿下にとって婚約者である私は、政治的な繋がりだけの存在なのか、それとも……。
きっと私は殿下のことをお慕いしているのだ。
だからこそ、普段の空気のようなやり取りに物足りなさを感じ、偶に殿下が見せる優しさに心を弾ませて、殿下にとっても自分が恋する存在であることを期待する。
だが期待すればするほど、突然関係が切れることを恐れて身動きが取れなくなって行く。
殿下が本当はどう思われているのか分からなくなるのだ。
「ほら、いつまでそこに立っているつもりだ。早くここに座れ」
珍しく長椅子に座った殿下は、隣をポンポンと叩いている。
今日は本当に何だと言うのだろうか。いつもの殿下とはかけ離れた行動に頭がついて行かない。
私は少し間を開けて隣に座った。
そんな私の瞳を覗き込むように見つめた殿下は、私の腰に手を回してぴったりと身を寄せきた。
殿下の使われている香水が鼻腔をくすぐる。
今までこんな近くで殿下を感じたことはなかった。
「あの殿下……」
「殿下じゃない。エドだ」
「エド殿下?」
次の瞬間私は、殿下の膝の上に横抱きされていた。
「!?」
「ったく仕方のない奴だな。エドと呼べと言ってるんだ」
「エド……様?」
「まぁ、今日のところは仕方ないか」
にこりと微笑んだ殿下の顔は、幼い頃に見た笑顔と一緒だった。そう言えば、昔はエドと呼んでいたんだったわ。
「リズ、学園を卒業したら王太子になることになった。合わせて結婚式を執り行う。覚悟しておけよ」
「え?」
殿下の腕の力が強くなって、ぎゅっと抱きしめられた。
「リズ。これが本当の永遠の愛だ」
私の目から突如溢れた涙が頬を伝った。その涙を指で拭ったエドの顔が近づいてきて、香水の香りが濃くなっていく。
私はそっと目を閉じた。
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亡国の元王子 アーチボルト・ギー・フリースラント
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