言い方は大切です
「で、何の話してああなってたの?」
「ヒルデガルド様は、どうにも聖刻印持ちの人間のことを気にかけていらっしゃるようでな。不必要だと申し上げたところだ」
「人間を? 何で?」
ああ、エスティアちゃんもきょとんとしてる。つまりそれだけでは納得してない。ヘルゼクスさんと同じ展開を繰り返さないためには、始めからの理論武装が必要だ。今度は二対一になってより分も悪いし!
「ええっと、だからね。人間だったら地上で動いてもらいやすいし、裏切られて行く所ないだろうから可哀想だし、だったら力になってもらうのも有りじゃない? って思ったの!」
これならわたしたちにも利益あるし! 彼の方は……分かんないけど。
「ふーん。いいんじゃない」
深く考えた様子はなく、エスティアちゃんは頷いてくれる。よかった! 言い訳って大切!
「利用するとしても、しかし人間など……」
ヘルゼクスさんはやっぱり渋い顔してる。
いっそここは、お父様に助けてもらおうかなー。……いやいや、でもお父様がヘルゼクスさんサイドだと、わたしに勝ち目ないからな……。
自分の首を絞めかねないので、お父様の助力は諦める。
「ヒルダがやりたいなら、僕は止めなーい。ねー、ヘルって鬱陶しいよねー」
「なっ、き、貴様!」
諌言してくれる人より、自分に甘い人の方を頼りたくなっちゃうのって人の常だもんねー。うーん、エスティアちゃん、なかなかやるな。
「でも、注意してくれる人が貴重なのも知ってるから。――ありがとう、ヘルゼクスさん、エスティアちゃん。というか、ヒルダって、わたしでいいのよね?」
「うん」
「おい、馴れ馴れしいぞ」
けろっと愛称呼びに切り替えたエスティアちゃんに、ヘルゼクスさんはやっぱり不愉快そうに彼女を諌める。
個人的には別に構わないんだけど……だ、駄目ですかね?
「呼び方で距離感も縮まるという話も聞いたことがあるし、わたしも二人ときちんと仲良くなりたいわ。……駄目?」
「うっ……」
至近距離から見つめ合うのって、苦手な男性が多いって聞いたことあるけど本当だったらしい。ものの数秒持たずにヘルゼクスさんはやや頬を赤らめて顔を逸らした。
「ヒルデガルド様がお望みであるのなら……よろしいかと」
「よかった! じゃあそういうことで!」
向こうも親しさへの努力をしてくれてるんだから、わたしも倣おう。ヘルゼクスさんは無理だけど、エスティアはいける。うん、いけた。
「で、さっきの話だけど、聖騎士さんとの交渉、許してくれる?」
「……益があるのは否定しません」
自分自身の感情を抑えるような表情で、ヘルゼクスさんは認めてくれた。ただし当然その声は苦い。
そして一拍。わたしがただ彼の答えを待っていると、諦めたように息をついた。
「ただし、利用するのはあくまでも向こうも望んだ場合のみです。敵を懐に入れるわけにはいきません」
「分かったわ」
それは理解できる。だってここは、魔族最後の安住の地だから。脅かさせるようなことしちゃいけない。
わたしが素直にうなずいたのに、ヘルゼクスさんはほっとした雰囲気を見せた。そ、そこまで聞き分けなくないよ、多分……。
「それで、えっと……。話を戻すけど、聖騎士さんは今どこにいるの?」
「右回りに都市を回り、最後に王都にて処刑となりますので……。今は大陸北端のサウリカかと」
「ってことは、ヴァルフオールから一番近いよね?」
「はい」
「だったら、すぐに行くべきじゃないかな!」
遠くなればなるほど大変になるのは分かってるし。……同じぐらい、近くで騒ぎ起こすのが怖いっていうのはあるけど……。
でも行動するのに、この怖さはきっとつきもの! だったら覚悟決めてやるしかない!
「そのつもりです。処刑は王都の予定ではありますが、煌神側からすればすぐにでも殺してしまいたいでしょうから、事故を装って始末されてしまうかもしれない。それはこちらとしても避けたいところです」
「バッチリぐっすり寝たから、準備万端だよん」
あ、だからエスティアは遅かったのか。種族的にこれぐらいが普通なのかな。
……だったらもしかして、毎朝結構無理してる?
ふと思い付いちゃったけど、言っても変わらないと思ったから、感謝を込めてエスティアの頭を撫でる。
びっくりした顔をしたけど、次に嬉しそうな顔で笑ってくれたから、良し。
「もしかの聖騎士が虫の息だった場合、ヒルデガルド様にはすぐに聖刻印を回収していただきたいのです。そのために、同行を願えますか」
「そうするべきよね」
実に理論的だ。わたしも同意する。
でも――でもね、理論とは別に不安なんだけど……。
――わたし絶対、足手まとい!
いや、体のスペックは高いはずなのよ。だって魔神であるお父様の娘だもん。ただ肝心の中身であるわたしが、機敏だなんて到底言えないってこと!
しかもさらに不安なのは、ヘルゼクスさんもエスティアも、わたしに準お父様級を期待してる気がする!
いや、二人は間違ってないよ? 逆の立場ならわたしも同じように思ってるって。
だ、大丈夫かな。わたしが行っても。足引っ張る予感しかしないよ?
……でも、まあ、いざとなったらお父様いるし……。
お父様に任せれば戦闘周りは安心できるし。何かあったら呼べって言ってたしね! 多分力になってくれるはず!
そういえば、呼べってどうするんだろ。頭で考えればいいのかな。お父様助けてー、みたいに?
【どうした】
うわ来た! 一瞬だったよ!
【何だ、その反応は。呼んだのはお前であろうに】
(あ、はい、呼びました。お試し的に)
【試しだと?】
あ、不機嫌。
(だ、だって本番、本当に危ないときにぶっつけとか、焦るじゃないですか。その前にこんな感じだよっていうのを確かめておきたくてですね……)
【……まあ、道理だな】
今思い付いた言い訳だけど、理にはかなってる。うん、問題なし。
【お前……】
……こーゆーとき筒抜けなのは、本当に面倒なんだけどねー。
【我も、できればお前の思考は知りたくない気がしてきた。言い訳に騙されていた方が平穏ということもあるのだな……】
お父様頑張って! わたしも読まれたくないから、プライベートが守られるようになったらとっても嬉しい。
【……他に用はないのだな? では、戻る】
(はーい)
大分疲れたため息を最後に、お父様の気配が消える。
「お話はお済ですか?」
「!」
ふっと方から力を抜いた途端、ヘルゼクスさんに言われてびっくりした。
「よ、よく分かりましたね」
端から見たら上の空で黙っているだけだもの。タイミングばっちりなのがすごい。集中しちゃってるわたしも、もう少し何とかした方がいいなって思わされたけど。
「何度目かのことですから。これぐらい気付けなくては、神官の地位を頂くに相応しくありません」
神官、条件きっつ! ヘルゼクスさん自身は確かに自分に課しそうなタイプではあるけれど。
優秀で、自分にも他人にも厳しい人ってやっぱり苦手なんだよね……。いや、尊敬はしてるんだけど。ほら、わたし自身があんまり優秀じゃないからさ……。求められる域に絶対達しないから……。
「主はなんと?」
「特には何も」
「……そうですか」
露骨に残念そうだ。否がなかったってことは、お父様的にもどっちでもいいって判断した――って思ったんだろうな。実際のとこ、お父様が聖騎士の処遇について話してた内容を知ってるかは分かんないけど。そのときいなかったから。
「じゃあ、えっと……行きますか?」
「ヒルデガルド様のお心が定まっていらっしゃるのであれば」
うっ。そう言われると定まってない……けど、どうせいつまでたっても定まったりしないと思う。だって怖い気持ちは消えないもの。
だから。
「よし、行こう!」
「頑張ろう、おー!!」
威勢のいいエスティアの掛け声に背中を押された感じがしてありがたかったのは、ノリに苦い顔をしたヘルゼクスさんには内緒にしておこう。
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実装されて初めていただきました誤字報告。最近のシステムはすごいですね。