もふもふは王道です
【何を考えているかと思えば! これしきの距離で、何を腑抜けたことを!】
(だって徒歩で行くにはちょっと遠いですって!)
見回してみれば、待ちゆく人もみんな徒歩。自転車とか、そういうのはなさそう。車やバイクはそもそも乗ったことないから、あっても乗れないけど。いや、でもこの状況なら免許取るの頑張るかも。
【――? 何だ、その器具は】
わたしが考えることはお父様に筒抜けなので、前世の文明の利器に突っ込みをもらった。
うーん。何だって聞かれると説明しにくいな。どういう仕組み化よく分からないし。
【仕組みはいい。どういう物かを聞いている】
(歩くより早くて楽な移動手段です)
【ふむ……?】
(あ、知識とかそういうのを利用しようとしても無理ですよ。だってわたし、作れないですから)
自転車の漕ぎ方は知ってるけど、作り方は知らない。火薬とか薬品とか、便利な物がたくさんあったけど、やっぱり作り方を知らない。というか、原材料から分からない。
意識したことなかったけど、勿体ないことしてたのかなあ。
【いや、それでよかったのかもしれん】
(どうしてです?)
便利な道具、いっぱいあったのに。多分こっちでも役に立つと思う。
【道具だからだ。今お前が考えた道具を使うに値する精神性を、今の世は持っておらぬ。過ぎた道具は身を滅ぼす】
ああ、うん。……そうかも。
今のこの世界の状況で火薬なんて作ったら、戦争にしか使われないよね。
【そうだ。何より恐ろしいのは、それが誰にでも扱える道具だという点だ】
(そこは平等になっていいと思うけど……)
お父様の言い様に引っ掛かりを感じて、かなり本気の不満を込めて反論した。
そりゃあ、特別な人はその方がいいでしょうよ。でも、不器用な人だっているのよ。そこで人生に差がつくとか、虚しいじゃない。
『道具』っていう、誰にでも平等に扱える物が普及して、何がいけないの?
【道具は、人に容易く使い方を誤らせる】
(そうかなあ)
【長き道を歩いたことのある者は、その行程の大変さを知る。楽になったことの素晴らしさを理解できる。だが始めから揃っていたら、知ることもなく傲慢に享受するのみだ】
(……)
納得できないわたしの不満に、お父様は鼻で笑った。
【昔、火は暖を取るためのものだった。糧となる肉を焼くものだった。しかし今は、町を滅ぼすために火を用いる】
(!)
いきなりたとえが凄惨になって、ぎくりとする。
【己の糧を得るために火を得た者は、生きるための技術が全く逆に使われたとき、どう思うだろうな】
(それは……)
【我は、違う、と叫ぶぞ】
……ああ、そうか。お父様は魔神で、魔力の源で、だから魔力の火はお父様が与えているものなんだ。
【子が誤ったとき、我は否と言える。しかし我の手を離れた火には何も出来ぬ】
それは結局、お父様一人の正義に左右されるってことだから、嫌だっていう人がいると思う。特に、魔力の低い人なんかは。
……自分たちだって同じようにできる手段がそこにあるのにって、思うもの。
でも意思の統一は……安全といえば安全なのかなあ。
うーん。わたしはもやっとする。利便性は認められるけど、反発したい。そんな感じ。
【それはお前が、期待をしているからだ】
(期待?)
【人の良心に】
(……)
ということは、お父様はしていない?
お父様と会話をし、途切れたあとぼんやりしつつも――わたしの足はヘルゼクスさんに付いて町中を進んでいた。
宮殿の前に立ってから、はっとする。
しまった。全然道覚えてない……!
一人で出かけたら迷子確実ね、これ。
「ヒルデガルド様。こちらが我らが宮殿、デュアベルク城です」
「綺麗なお城ですね……」
示された宮殿を見上げ、わたしは直球な感想を口にした。
ここは地下だから太陽光はないんだけど、代わりにもっと淡い光が天井に浮かんでいて、町を照らす光源になっている。魔力で作られたものだっていうのは、何となく分かった。
月の光みたいに、優しくて儚い光。でも、この閉ざされた空間ではこの方がいいのかも、とは思った。
そしてその銀光に照らされたお城の色は、磨き抜かれた黒銀。
やっぱり魔族は黒から離れられないんだろうか。いや、暗いイメージはないけどね。どっちかっていうと、神殿みたいな、静謐な荘厳さがある。
【うむ】
心なしかお父様が満足気だ。
「どうぞ、中へ。お疲れのところ申し訳ありませんが、あと一人、紹介しておきたい者がございます」
「あ、はい」
言われて気付いちゃったけど、確かにわたし、大分疲れてる。
そりゃそうか。起きたと思ったら殺されかけて、逃げて、散々だったもんね。
でももうちょっと頑張んなきゃいけないっぽい。下手に疲れましたな感じでダラダラすると、お父様に怒られそうな予感がする。
【分かってきたではないか】
ええ。そりゃまあ、ね。
ヘルゼクスさんの案内について、宮殿に入る。すれ違う人が皆こちらを見てはっとした表情になり、廊下の端によって頭を下げていく。
ヘルゼクスさんにかわたしになのかは、ちょっと分かんないな。
ややあって辿り着いたのは、宮殿の最奥に造られた大神殿。何で最奥なのかが分かるかっていうと、すぐそこに岩肌が見えてるから。ガチ行き止まり。
ヘルゼクスさんが入るのに続いて、わたしも神殿に入る。
(礼拝堂、かな?)
広く取られたスペースには、凄然と椅子が並べられていた。お祈りをしている人もちらほら。
部屋の奥には祭壇と、全体を見守るように設えられた美青年の像がある。
……えっと。あれって、もしかして。
【我だ】
やっぱり!
……うわあ。本当に崇められてるんだ。普通に会話してるから、不思議な感じ。
周囲に数人いる、黒と青の揃いの祭服を着た人たちは、多分神官だよね。
そうやって順番に目線を巡らせていくと、一人、この場で浮き上がっている存在に気が付いた。
まず、格好が違う。その子は桃色の髪を頭の両脇だけ伸ばすという、不思議な髪形をしていた。ツーサイドアップテールの、アップしてない感じ。
服も神官さんたちみたいな感じじゃない。印象としてはもっと硬くて、軍服みたい。
まだ結構距離があるのに、わたしの視線に気が付いたとでも言うように、確信を持った角度でその子はこちらを振り向いた。それでやっと分かったけど、この子、女の子だ。
彼女はわたしを見るなり、ぱぁっと顔を輝かせる。頭に生えた犬耳? がピクピクと動く。
「ヴレイスベルク様!」
そしてお父様の名前を呼び駆け寄って来て――
――わ、わっ!
わたしの胸に、イン。
「ああ……。この匂い。間違いない、ヴレイスベルク様だ! お帰りなさい……!」
いやあの、女の子だからセーフだけど、熱烈歓迎にしても胸に顔埋めて頬ずりはどうかと思うよ? そっちがそう来るなら、わたしも目の前でパッタパッタ誘惑してくる犬耳、断らないでもふもふしちゃうよ?
匂いどうこうって言うのが若干気になるんだけど、この子の嗅覚が優れているからわかるだけだって信じてる。
……お風呂。入りたいな。
「やめろエスティア。無礼な」
心の底から苦々しそうな声を出したヘルゼクスさんに反応し、彼女――エスティアちゃんはひょいとわたしの後ろへ顔を覗かせた。
「ふーんだ。本当は羨ましいだけのくせに。このむっつり」
「はァッ!?」
「女の人だったからちょっとびっくりしたけど、この匂いは間違いないもんね。ヴレイスベルク様が女性体なの、実は嬉しいくせにー」
「馬鹿も休み休み言え、馬鹿犬。俺の忠誠に性差など関与しない」
「犬じゃないもん狼だもーん。カビの生えた古本はインクも乗らなくなったんだ? 新しいこと覚えられないって駄目だよねぇ」
狼だったんだ。狼耳の触り心地……。未知の領域だ。うぅ。心惹かれる……。
「訂正しろ、馬鹿犬。俺の依代にカビなどない」
もふもふ……。ぱたぱた……。
「犬じゃないって言ってんだろ!」
ああ、逆立った毛も可愛いなあ。
【……お前は中々大物だな】
はい?