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お父様の部下と合流しました

 そう叫ぶなり、いきなり青年の服を引き裂いて大きく胸元を晒した――だけに飽き足らず、まだびりびりやってるんですけど!?


 わ、わ!


 いろんな意味でドキドキですよ!? 鍛えられてる男性の体ってやっぱり恰好いいよね――ではなくて!


【お、お、お父様! それは痴漢です!】


 いや、体は女性だから痴女? でも心は完全に男性だものな、お父様だから。やっぱり痴漢?


「娘であるお前が我を侮辱するな、馬鹿者! これを見ろ」

【進んでいませんね!? わたしが認識したところから進んでいませんよね!?】

「進むか!」


 本気で呆れた気配がする。

 う、うん。ならきっと大丈夫ね!

 思いきり逸らして回避していた意識を青年へと向けた。


 ――何、これ。


 青年の鳩尾の辺りに、青銀に輝く紋章のようなものがある。


(聖刻印だ)

【聖刻印?】


 呟いた途端、それがなんであるかを思い出した。お父様の肉から作られたって言ってたし、ほんのりお父様の知識が私の体に残っているのかも?


 聖刻印。それはお父様の対である煌神が、お父様を封じるため、幾百、幾千に砕いた肉体にかけた封印のこと。


(そうだ)


 心の中でおさらいしたわたしに、お父様は肯定する。


(こいつの体のこの場所に、我の肉体の一部が封じられている)


 肉体が、体に?


(まあ、見ていろ)


 機嫌よく言うと、お父様は身を屈め青年の肌に唇を寄せ――


「待って待って、駄目――!!」


 危うい予感に、わたしは叫ぶ。


「って、あれ?」


 ――戻ってる!

 試しに両手をわきわきと動かしてみると、スムーズに意思が伝わって動いた。体の主導権が戻ってる。


「……貴様……」


 ん?


 安堵したわたしの下から、震える低い声がした。震えているのはアレかな、怒りかな。

 見下ろすと、青年が顔を赤くして私を睨んでいる。


 ――あ、ハイ。


 気絶させられて、起きたら半裸にされてて、馬乗りになられてたら何してんだってなるよね。貞操の危機感じるよね。

 ええっと。こういうとき。こういうときは……。


「み、魅力的な体ですね?」


 しまった。つい本音が。


「ふざけるな!!」


 怒った! そりゃそうだ! でも仕方ないじゃない。わたしにこんな場合の対処方法の経験なんかない! ある人の方が珍しいと思う!


「きゃっ」


 払い除けられ、体に巻き付けているだけのマントが危うい所まで捲れ上がる。わたしもかなり危うい恰好だから、痴女感倍増。何も解決しない。


「!」


 青年の方もわたしの恰好はかなり気まずいらしく、ぎくりと体を震わせ一瞬硬直した。


「ええいこの、痴れ者どもが!!」


 わたしがあらゆる意味で隙だらけだったせいか、お父様が憤然と声を上げて体が再度乗っ取られる。青年が起きちゃった以上、お父様にお任せしちゃった方がいいよね。


 や、起こしたのわたしだけど。でも不可抗力だと思う!


 わたしが内心で言い訳している間に、お父様は再度魔力波を放った。まだうろたえてたっぽい青年は、必死に後退して難を逃れる。

 と、そこに周囲からがさがさと木の葉や草を揺らす人の気配が。


「アルディス様! どうなさいましたか!?」

「なにがあったのです!?」


 うわ、人多そう!


「ちィッ!」


 お父様をもってしてもこの数は無理と思ったのか、ためらいなく身を翻す。

 逃げる判断速いなー。


(こんな所で、この器を失うわけにはいかん)

【器って、お父様酷い】


 お父様の器かもしれないけど、わたしの体だし、命だよ!?


(……ん? アレ?)


 今なんか、大切なことが引っかかった気が――するけど、それどころじゃない!

 四方八方から人の気配がしてる。これ、逃げ切れるの……?


「ちっ」


 お父様の目が忙しなく周囲を探る。包囲網の、少しでも薄い所を探してるんだ。

 険しい表情だったお父様だが、ややあってはっと目を見開き、迷わず走り出す。その目の前に。


「創世記第一章六幕。契約はなされた。夜の安らぎを侵すことなかれ」


 朗と響く男性の美しい声。同時に周囲から急速に人の気配が遠のいていく。


 そんな中歩み寄ってきたのは、二十三、四ぐらいの青年。長い緑銀髪を背中の後ろで一つに束ね、自然に流している。切れ長の瞳は理知的で――冷ややかな印象を受ける。

 苦手なタイプだ。ちょっと怖い。


(恐れる必要はない。あれは我の――しいてはお前の僕だ)

【そんな感じ、全然しないんですけど……】


 わたしは内側でビクビクしてたけど、表に出ているのはお父様なので、実に堂々としている。


「お待たせいたしました、我が主。ご生誕の場に間に合わず、申し訳ありません」


 お父様の少し手前まで近付いた青年は、迷いなく膝を突き、恭しく頭を下げた。


「よい。この器は脆弱だ。我として魔力を感知するのは難しかったであろう。――だからこそ、煌神の目を欺けたとも言える。ご苦労だった」


 鷹揚にうなずき、お父様は労いの言葉をかける。


「ありがたきお言葉」

「聞け、ヘルゼクス。この肉体は、弱く脆い。我が我として復活するまで、慎重に扱い、導くのだ」

「はッ。この命に代えましても」

「期待している。――では、またいずれな」


 ――え?


 と不思議に思う間もなく表面に押し出されて、酷い眩暈が襲って来た。とても耐えられないやつ。


「我が主!」


 倒れかけたわたしの体は、目の前の青年――ヘルゼクスさん? に抱きとめられた。良かったけど、それどころじゃない。


「頭痛い。気持ち悪い……」


 お父様、酷い。体調が悪くなったからってわたしに押しつけるなんて。


【馬鹿者、違う。我が表面に出続ければ、その体は疲弊しかしない】


 ……つまり、お父様に体を使われると、毎回こうなるってこと?


【そうだ】


 うん。二度と出てこないでほしい。


【ならば我の手を煩わせずに済むよう、強くなれ。我とて、その窮屈な器で動くのは疲れる】


 お互いいいことないんかい。うん。頑張ろう。


「ああ、魔力が枯渇しているのですね。――どうぞ、我が主。お納めください」


 言ってヘルゼクスさんは右手の手の平の上に、黒い水晶を作り出した。透明度が高くて、内側に紫銀の炎が揺れている、綺麗な水晶。


 ――欲しい。


 乾いた喉が水を欲するかの如く、わたしは手を伸ばしためらいなく水晶に触れた。すると水晶はわたしの指先からするりと体内に入り込み、魔力となって体中へ行き渡る。


「あ、ぁ……っ。美味しい……!」

「光栄です」


 うっかり零れ出た感想に、薄く笑みつつヘルゼクスさんから応じる言葉が返ってきた。


「貴女は、女性、なのですか?」

「そうです」


 見た通りに。


 まあ、ちょっと戸惑う気持ちは分かる。お父様の欠片から生まれたのなら、男性になるのが普通だと思うもの。

 ただまあ、そこをわたしに突っ込まれても答えられない。この世界の常識だってまだ覚束ないもの。

 だって生まれたばかりですからね!


 ――あ、そうだ。それより。


「先程は、助けていただいてありがとうございます」

「とんでもない! 貴女を危険な状況に陥らせたことこそ、罰を受けるべきなのですから。お望みであれば、いかようにも制裁をお与えください」

「いえ。制裁とかはいいです」


 ……妙な力が入っている気がしたのは……気のせいだ。きっと気のせいだ。うん。


「……そうですか」


 そこ! がっかりしないで!? 気のせいにさせて、お願いだから!


「とにかく――ええ、と、ここから離れましょう!」


 ヘルゼクスさんの黒い霧は、完全に外部をシャットアウトしてくれてる感じがするけど、この近くにわたしを殺そうとして来ている人たちがいるのに違いはないもの。


「そうですね。参りましょう」


 うなずいたヘルゼクスさんの先導について、森を歩く。そう遠くない場所に、角を二本生やした馬がスタンバイしてた。


「二角獣……。へえ、初めて見たかも」

【何だ。二角獣の記憶は抜け落ちているのか?】

(そういうわけじゃないんですけど、記憶の中では、一角獣の方がメジャーだったかなーって)


 でもユニコーンって聖なる生き物だもんね。魔神の娘のわたしじゃ乗れないか。


【そうだな。煌属性の生物だ。お前を乗せるのは嫌がるだろう】


 やっぱり。


【しかし聖なる、というのは語弊がある。煌気と魔力は、ただの属性の違いだ】


 そうだった。お父様は魔神だし、わたしは魔神の娘だけど、別に邪悪ってわけじゃないもんね。

 ……まあ、煌使たちにとっては違うみたいだけど。


【……。そうなったのも、すべては……】

(お父様?)

【いや、何でもない。ほら、さっさと行け】

(はーい)


 目の前では、丁度ヘルゼクスさんが二角獣に乗って、わたしに手を差し伸べた所だった。


「どうぞ、姫」


 あ、そうだ。名乗ってなかった。


「ヒルデガルドです。これからよろしくお願いします」


 ついさっき名付けられた名前を口にする。うん、意外と馴染むな。だって容姿が名前に負けてないもの。

 やっぱり、高貴な人(お父様)の一部分から作られてるからかしら。


「失礼いたしました。その名は、我が主が?」

「はい」

「大変よくお似合いです。では、ヒルデガルド様。お手をどうぞ」

「よろしくお願いします」


 ヘルゼクスさんの手を取り、ちょっと引っ張ってもらいつつ馬の背に乗った。せっかく手を貸してもらってなんだけど、補助されなくても何とかなったかも。これもお父様の肉の記憶があるからなのかな。


「さすがです。ヒルデガルド様には、差し出た行いでしたでしょうか」

「いいえ。心許なかったから助かりました」


 だってわたし自身は馬に乗った経験なんてなかったもの。できたってだけで。


「そうですか……」


 ……ちょっと待って。何で残念そう? まさかわたしが怒るの期待してないよね?

 いや、ここは突っ込むべきではないと、わたしの第六感が告げている!


「それならばよかった。――では、参りましょう。我らが都、ヴァルフオールへ」

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