三本の矢と言うやつです!
ふと、メージエーラが外へと目を向けた。接近してくる第三者に気が付いたのだ。
だがすぐに唇に冷笑を浮かべる。
「自ら死地に飛び込む、愚か者がもう一人」
歌うように囁いた次の瞬間。
「創世記第六章三幕。温もりに引き寄せられ、流れ込む風が荒らし溶かして季節を告げる」
淡々と、物語の一節を紡ぐ美声。同時に暴力的なまでの強風が叩きつけられ、壁が盛大に壊れた。
瓦礫と化した元壁は、壊されたときの勢いのまま部屋を飛び交い、左右正面の壁にめり込んで止まる。
部屋の様相が一瞬で滅茶苦茶になったけど、そんなことを気にする人は誰もいなかった。
大穴が開いた壁から侵入してきたヘルゼクスさんは、真っ先にわたしに、というかお父様に目を留める。
「我が主――」
「ヘルゼクス……?」
お父様の声が懐疑的になった。ヘルゼクスさんを戦力に加えても、勝ち目はないって考えている声だ。
そこはね、わたしも同意する。だからもちろん、本命はそっちじゃないのよ。
お父様を押しのけ、体の主導権を取り戻す。
「わたしに、返して!」
「はッ!」
叫んだわたしに、ヘルゼクスさんは迷わず持っていた物を投げてくる。
大きさは一センチに満たない小石。お父様の肉片だ。
「!」
背後でメージエーラがうろたえた気配がする。つまり可能性があるってこと!
投げられた肉片を掴んで、握り込む。元々あった場所に収まるがごとく、すんなりとわたしの肉体に宿った。
同時に、全身から魔力が沸き上がる。二倍か三倍はあるな、これは。
う、うーん。この分だと、わたし自身を形作ってる肉片よりも二、三倍大きかったってこと? わたし、どれだけ小さな欠片からできてるんだろ……。
ま、それはともかく。
そのまま足を軸にして反転。さっきお父様がやったのと同じように、足にだけ魔力を集中させて加速を得る。
【ヒルデガルド、無理だ!】
中でお父様が焦った声を上げた。
わたしが突撃の体勢に切り替えたその一瞬で、メージエーラは動揺を鎮めてきっちり身構えて来てる。
今のわたしでも、ルーグゼオンを使ったメージエーラにはまだ届かないっぽい? でも肉体の力が近付いたからだろうか。メージエーラが高めた煌気を貫くのが難しそうなのは感じる。
……いや、でも。かなり無理してるっぽい?
ルーグゼオンの器は、扱いきれない力の流入に悲鳴を上げている。見る間に肌に内側から裂けた傷口が生まれて、血を流す。
メージエーラはわたしの一撃を凌いで、攻勢に転じるつもりだ。その一撃でわたしを仕留めようとしている。
そのためにルーグゼオンは今、使い捨てようとされてるんだ。
ルーグゼオンは敵だし、言葉だって一言二言交わした程度。こうして使い潰されたって、もしかしたら本望だって言うのかも。
――でもわたしは、めちゃめちゃ腹立たしい!
一個の存在を、物みたいに扱うな! しかも使い捨ての消耗品のように!
でもきっと、わたし以上にメージエーラの行いが癪に障った人がいるわよ。
わたし、ヘルゼクスさんと向き合う正面に多くの注意を割いたその後ろ。壁を壊すのに紛れさせて、ヘルゼクスさんがこっそり戒めを破壊していたのをわたしは見た。
立ち上がったアルディスが、鋭利な切っ先を作った瓦礫を手に背後から肉薄して。
ドッ!
走る勢いと自身の体重、すべてを乗せて。メージエーラに切っ先を突き刺した。
「あ……っ?」
アルディスが使うのは煌気。メージエーラと同属性。きっと魔属性よりは抵抗が少なかったと思う。後ろで練り上げてるのに気付かないぐらいは、集中はこっちに振ってたしね。
仰け反ったメージエーラの集中は大きく削げた。せっかく準備万端身構えて煌気の壁を構築したけど、残念だったわね!
すでに触れられるぐらい接近していたメージエーラへと、わたしはありったけ集めた魔力球を押し当てる。
躊躇はしない。これで殺す!
「爆ぜろ!」
きゅ、と魔力球が一瞬収縮して、次に命じた通りに注いだ魔力の全てを使った大爆発を起こす。
「ヒルデガルド様!」
「ヒルダ!」
危うく爆発に巻き込まれそうになったわたしを、まずヘルゼクスさんが引き寄せて庇ってくれた。続いてアルディスがその手前に立って、煌気による防御魔法を発動。
「っ!!」
目を閉じた瞼の裏までもが、黒く染まる。
体が受ける爆発の余波と、辺りを破壊する衝撃音だけが情報の全てだ。
ヘルゼクスさんの腕の中で護られつつ、それらをやり過ごして――
風で暴れたい放題だった髪と服が大人しくなって、色々な破壊音が小さくなった。閉じていた目をそっと開く。と。
「うわぁ……」
部屋が跡形もない。残っているのは床だけという有様。
「素晴らしい威力の一撃でした。しかしヒルデガルド様。あれでは自爆です。御身を護ることも考えてください」
「絶対にこの一撃で倒さないとって思ってたから、つい。でも、ありがとう。助かりました」
「臣下として、当然のことをしたまでです」
そんなやり取りを交わして直前の動揺が去ると……。き、気まずい。
話しかけながらわたしは上を向いて、ヘルゼクスさんは下を見て。目が合ってしまってまた余計に気まずい。
何せ思いっきり反目しちゃったからね。
「……」
ほんの僅か、距離を惜しむようにわたしを抱く腕に力が入った……気がしたけど、多分気のせい。そういう間柄じゃないし、感情もない。お互い。うん。
ちょっとドキドキという心臓の鼓動が速くなったのは、異性に抱き締められている状況に慣れていないだけだから。誰であっても同じだと思うの、きっと。
実際、不要になってからの間は数秒で、安全確認に割いただけの時間にも感じられる。
ヘルゼクスさんの腕から解放されて、まずアルディスの所へ向かった。
「……ヒルダ」
「ああもう、また無茶をする。貴方はもっと、自分を大事にした方がいいと思う!」
ただでさえ暴行を受けていて、傷付いてるのに。わたしたちを庇うために前面で盾になったりするからまた怪我が増えてる。
「生きてて良かったけど、死んだらどうするつもりだったの。わたしに貴方を殺してしまったと後悔し続けて生きろってことよ、それは」
「すまない。だが、それは俺も同じだと分かってほしい」
分かるけど!
叱りつつ、治癒魔法を使う。アルディスは魔力への親和性が低いから、効果が出にくい。ああ、もどかしいッ。
「創世記一章五幕。主の恩寵は、あらゆる生命に与えられた。傷付き果てた世界は、再び命の輝きを取り戻したのだ」
見かねたのか、ついにヘルゼクスさんまで手を貸してくれた。
しかも効果覿面。
少し強くなって気付いたけど、ヘルゼクスさんが使ってる魔法、魔力じゃない。煌気でもないけど。魔力で発動させてるかつての事象の力なんだ。
いや、でも聞くのは後でいい。正直ヘルゼクスさんがアルディスを助けるのは意外で、呆けて彼を見上げてしまった。
意外に感じたのはわたしだけではないようで、アルディスも警戒と戸惑いを持ってヘルゼクスさんを見上げる。
癒された直後、敵の居城の中でも警戒が先立つのが、ギスギス感の証明と言えるでしょう。
そんな証明いらないけど……。
「どういうつもりだ?」
「ヒルデガルド様を護った功を認めてやっただけだ」
「それは、功績とは言えない。そもそも捕らえられたことが失態だろう」
あ。アルディス、まだヘルゼクスさんに仕組まれたの気付いてない?
さすがに気まずいのか、ヘルゼクスさんの眉もぴくりと動いた。
「失態ではあるが。仕向けたのは俺だ。だから礼を言っている」
言ってないけどね!
まあ、ヘルゼクスさん的には今物凄く頑張って言ったんだろうけど。
でも、ちょっとびっくりした。自分の謀だって隠さないんだね?
「そうか」
そして元からヘルゼクスさんが自分を殺そうとしていると分かっているアルディスの答えも、あっさりとしたものだった。
「俺はお前たちを裏切り、ヴァルフオールの情報を煌使に漏らそうとした」
「だから、今回はお互い様ということで! 手打ちにしましょ」
多分これは部外者であり、上位者でもあるわたししか言えないことだと思うので。各々の非を口にした二人の間に割って入って手を叩く。




