これがわたしの王の道!
「己を救わない相手に、義理立てする理由もあるまい? 答えろ。魔都はどこにある」
「さあ。記憶にないな」
迷いなく、アルディスは答えを拒んだ。
自分の身を救うためだけなら、アルディスはさっさと口を割ってしまった方がいい。
でも、貴方はそれを選ばないんだね。
「痛覚がないわけでもないだろうに、奇妙な人間だ。そろそろ貴様の相手をするのも疲れてきたな」
溜め息と共に、アルディスの押し殺した苦痛の声が上がる。何かしらの暴力を加えられた様子だ。
「次は、よく考えて答えろ。家族の身が大切ならばな。――魔都は、どこだ」
「っ……」
初めて、アルディスから動揺した気配が生まれた。
「言え」
己の脅しが効果を発したことを確信して、煌使の詰問の調子が強くなる。
「……どうした? 余裕がないな」
相手が見せた弱味を、いたぶるためでなく目的達成のためだけに使う様子にアルディスは疑問を覚えたようだった。
そこに違和感を覚えるって、本当、どこまで性格が悪いのか。
「飽きたのだよ。さっさと答えろ。それとも、家族の指でも眼前に並べられないと理解できない程頭が悪いのか?」
「……待て」
どうやら態度の変化を口にしたのは、気になったから以上に時間稼ぎだったっぽい。
煌使の気が逸らせないことが分かると、アルディスは迷いつつも――覚悟をした様子で引き留める言葉を発した。
アルディスのためらい、罪悪感が本物だから、煌使も身を入れた気配がある。
注意も大分そっちに行った。
(お父様。先にわたしが行きます)
【うむ】
油断を誘うためにも、ね。
「魔都の、場所は――」
よし、今!
手の平に魔力を集めて、一気に放つ!
装飾性の高い木製の扉が、砕けて吹っ飛ぶ。やり過ぎたかもしれない。でも壊れないよりはよかった、うん。
意思の床を跳ねる木片が響かせる乾いた音の中を、真っ直ぐ突っ切ってアルディスの元へ。
「貴様……!?」
「どいて」
その直線上に陣取っていた煌使を、立ち止まらずに勢いのまま回し蹴りでどかす。色々予想外だったせいだろうけど、綺麗に決まって吹っ飛んでくれた。
でも手応えはない。凄く硬いものを蹴ったときに感覚に似てる。ぶっちゃけわたしの方が痛かったんじゃないだろうか。
煌気も強いからヒリヒリする。見たら多分火傷っぽくなってるんじゃないかな。
「お前……」
「助けに来たわよ」
ようやく再会できたアルディスは、やっぱり酷い有様だった。身に着けているのは粗末なズボンだけで、上半身は裸。おかげで暴行の跡がはっきり分かる。
それでも、貴方は口を割らなかったんだね。自分のためには。
幸い、どこも取れてはいない。回復不能な怪我もなさそう。
間に合った、と言っていいと思う。
「っ……」
アルディスは見捨てられなかったことへの喜びと安堵、そして苦い後悔の両方を同時に抱いた表情をする。
性格ゆえかな。それはすぐに後者の感情が勝ったみたい。
「俺を殺して、すぐに逃げろ。俺に、お前に助けられるような価値はない」
「冗談でしょ。どうして助けに来た相手を殺さなきゃいけないの」
せっかく生きて再会できたのに。
「俺はお前たちを裏切った。家族の命惜しさに、お前たちを売ったんだ」
実際には口にしていない。その前に飛び込んだからね。
ついでに言うと、多分まだ口にもできなかった。ヘルゼクスさんが掛けた沈黙の魔法、まだ効いている気配がするから。
煌使が解こうと思う機会がなかったってことだ。アルディスがそもそも、自分の意思で口にしようとしなかったから。
けれど結果として、アルディスが家族の命を優先して、魔族を売ろうとしたのは事実。ヘルゼクスさんの懸念は正しかったと言える。
でも。
「それってそんなにいけないこと? 大切な相手を盾に取られれば、誰だって迷うでしょう?」
大切なものが秤に掛けられて、二者択一を迫られたとき。どんなに心が悲鳴を上げても、選んではならない選択というものはあると思う。
アルディスが選んでしまったのもそちらであるというのは、否定しない。魔族の王として。
でも――でもね、気持ちは分かるの。
選べないわよ、そんなこと。だから今すぐ目の前にあった危機を避けようとしてしまったというだけ。
「同じことが起これば、俺は裏切ると証明されたんだ。そんな奴を抱えるな。弱点になるから。――そして俺は、お前を殺す要因になどなりたくない……ッ」
「大丈夫」
「何を……!」
「皆まとめて、護るから。わたしが選んだのはそういう道よ」
お父様の手を取らずに、自分の道を進むと決めた。アルディスの件だって同じ。
「貴方に裏切りの傷を与えてしまったのは、むしろ主であるわたしの咎なのよ。貴方は責めていい。わたしが至らないから、裏切りなんて意に沿わない行いをせざるを得なくなったんだって」
「な……」
きっと唖然としたんだと思う。意味を持たない呟きを一音発したアルディスを背に庇い、わたしは煌使と対峙する。
「良いな。小気味良い。俺は少しお前が気に入ったぞ、魔神の娘」
向かい合った煌使は何だか腹立たしいことに、容姿だけは抜群に綺麗だった。
人を暴行して、平然としている精神性の持ち主なのに。見た目も相応に醜悪なら分かりやすいのにな。世の中ってままならない。
室内の限られた明りの中でも輝く、太陽の光のような黄金の髪。緩く波打っているのは天然だろうか。
瞳は紅。生命そのものを表すかのような力強さを感じる。年は十八、九ってところかな。あくまで外見年齢だけど。
「それでこそ、我が半身に相応しい。名前を聞いてやろう。名乗れ」
「……半身?」
意地でも名乗りたくなくなるような、居丈高な聞き方はともかく。聞き逃せない部分があった。
「何だ、魔神から聞いていないのか? 魔族の父たる魔神と、我ら煌使の母である煌神は、元は一つ」
相手を殺したら自分も死ぬとは聞いてたけど、同一体だとは知らなかったかも。
「我らが母は、いずれお前のようなものが生じるのを見越しておられた。ゆえに自らの血を優れた眷属に与え、己に近しき器を作り上げたのだ」
え、待って。血? 血を飲ませたの? そして飲んだの!?
煌神、煌使、怖! そしてどれだけ警戒してるのよ!
「俺は母によって二番目に作り上げられた子どもだ。名を、ルーグゼオン。覚えておけ」
「……ヒルデガルド」
聞いたわけじゃないけど、相手が名乗ったので一応、名乗り返す。名前を知られてまずいことは、この世界ならそうないだろうし。
「同一体たる父と母が別れて、その血を分け与えられた俺とお前は、遠くはあれど半身と言って良いだろう。そのお前が相応の振る舞いをする者であったこと、安心したぞ」
同一体だったけど分離して、その血を受けて……兄弟? まあ、魔族も煌使も魔神、煌神の力で生まれている訳だから……。
更に直接血を与えられたってことで、間違っていない気はするけど。嫌だなあ。
「類似性のある、同格の存在と認めて慈悲を与えてやろう。ヒルデガルド、我らが母の前に膝を突け。そうすれば楽に殺してやる」
……煌使って、どうしてこう偉そうなんだろうね?
分かってますとも。自分たちの優位と、物理的な力を信じているからよね。
でも、思う。できる、できないの問題じゃない。実行しちゃう彼らの精神性に、わたしは恐怖を覚えずにいられないのだ。
だからそんな彼らの作るルールで生きたくないし、殺されるのなんてまっぴらごめん。
わたしの答えは決まってる。
「お断り」
にこりと笑って、撥ね付けた。
(お父様、お願いします)
【任せよ】
わたしは退き、お父様が前に出て、肉体の支配権を交代する。
わあ、スムーズに行った。もしかして、これまでで一番楽な交代だったんじゃないかな。
(お前が常に素直に明け渡せば、無駄な負荷など生じんのだ。さて)




