見付けました
「エスティア……」
「ヒルダはきっと、ずっとそうだったんだね。だからボクはヒルダに惹かれて、同時に腹立たしかった。ボクたちだけに向かってるわけじゃないのが、ちょっと悔しいから。……あ、そっか。だからヘルはヘソ曲げてるんだね」
「えーっと」
ヘソを曲げると言う表現は、正しいんだろうか……?
「じゃ、ちょっと行って騒ぎを起こしてくるよ。ヒルダも気を付けてね」
「全力で」
目立つエスティアも危ないけど、中核に潜入しようっていうわたしも十分危険ではあるのよね。
「うん。信じてるから。――またね」
迷いなく首を縦に振ってから、エスティアは町の外へ向けて走って行った。
またね、か。
……うん。必ずまた、すぐに会おうね。
エスティアが言ってくれた『またね』。信じてるからねっ。
しばらくして、町のすぐ近くで轟音が響いた。音がした方向に目を向けると、もくもくと煙が上がっている。
火の気はない。これは……あれだ。大きい建築物が倒壊したときに上がる土煙みたいな……。
【どうやら外壁を破壊したようだな】
めっちゃ力業での注意の引き方だった!
【エスティアは早々に始めたぞ】
(はい)
倒壊に巻き込まれた人がいないのを祈りつつ、わたしはヒドゥンコートを発動させて町の中央、城のある方向へ向かって走り出す。
道幅は結構広いんだけど、物騒な異変に慌てた人が右往左往しているから、余裕はない。しかも、何が起こったのかを確かめようと現場に向かおうとする人と、事態を把握して逃げようとする人とで流れはぐちゃぐちゃ。
その混沌具合が更なる混乱を引き起こすという悪循環。
こっちとしては、大いに混乱してくれた方がありがたいけどね。
途中でひらり、ひらりと白い羽が頭上から舞い落ちてきた。空を見上げると、煌使たちが城から飛び立って外へと向かうのが見える。
数は五人。領都にいる総数が分からないから、誘き出せたのが多いのか少ないのかは分からない。
でも間違いなく減ったわけだから、成功ってことにしとく!
……うん。城の方から感じる重圧も、間違いなく薄くなった。
後はアルディスを見付けるまで、煌使に見付からないことを祈るのみ。
城に辿り着き、不安そうな面持ちで警備を続けている人間の門衛二人の間をすり抜け、中へ。
存分に手を掛けられた綺麗なお庭を突っ切って、城内へと侵入。
アルディスはどこにいるだろう。上か、下か。
【上だ】
迷うわたしに、お父様から確信を持った指示が与えられる。
(分かるんですか?)
頼もしい。さすが魔神。
【いいや。ただ、我らと戦うことを想定しての罠であろうから、己に有利な場所を選ぶはずと考えただけだ】
(高い方が得意なんですか? 翼があるから?)
魔力で煌気でも、場所の高低には影響受けないよね? 属性値には影響受けるけど。
【そうだ。それに奴らは闇を嫌うしな】
(あー、それは想像できます)
光から遠ざかるの、すっごく嫌がりそう。
ともかく他に当てはないので、まずは上へと上っていく。その途中で気付いた。
煌気が動いていない場所がある。それは今わたしがいる中央の宮殿じゃなくて、このお城の敷地からするとやや外れた位置な気配。
手近な窓から顔を出して、方角を確認。
そこはどうやら、独立した塔っぽい。
あれだ。偉い人とかが罪を犯したときに収監されそうな、中で何が起こっても外からでは分からない、機密性の高い佇まいをしてる。
【そこだな】
(みたいですね)
城から出て行った煌使は、残念ながらやっぱり全員じゃないみたい。待ち構えて動かないってことは、そこがわたしにとって避けて通れない場所ってことでもある。
魔神を相手にするのを想定した、相応の実力者が残っていると考えられる。
……勝てるかな。どうかな。存在感は強くて突き刺さってくるんだけど、肝心の力量が量り切れない。
【今のお前では難しそうだな】
(やっぱり!)
分からないわけだからね。負けてるんだと思った。
【だが、我なら問題ない】
おぉ……。頼もしいお言葉。
【ただし、力は使い果たすことになるだろう。おそらく我が抜けた後、お前の身体は酷く疲弊する。数日は満足に動くまい】
(問題ないですね!)
回復するなら、それまで耐えればいいだけだし!
【ふっ】
即答したわたしに、お父様は小気味よさそうに笑う。
【結構。では、乗り込むぞ】
(はい!)
まずは、上る用のなくなったこの宮殿から脱出する。人気のない手近な部屋を見繕って、バルコニーへ。そこから空にダイブ。
目覚めてすぐ、ヴァルフオールに飛び込んだときとは違う。今のわたしは魔力を操って、緩やかに着地するぐらい訳ないのだ。ふふん。
草に着地の音を吸収させて地面に降り立ち、立ち上がる。そして真っ直ぐ塔へと向かった。
ヒドゥンコートは継続してるけど、見破れる人がいてもおかしくないとは思ってる。なので一刻も早く、目的地に到達するべし!
入り口の扉は当然のように鍵が掛かっていたので、熱で焼き切った。少しだけ開いて中へ入り、扉は閉めておく。
壊した鍵は戻せないから、誰かに確認されたら異常がバレるけど。遠目からでも一発で異変が分かるよりは、悪足搔きでもしておいた方がいいよね?
塔の中は、これでもかってぐらい人気が無い。石造りの冷ややかな壁や床は、気を付けないと足音を響かせてしまいそう。
そのために、中の人を少なくしてるのかな?
速さは犠牲にして、慎重に螺旋階段を上っていく。そして突き当り、頂上付近にたった一つだけ部屋があった。
より慎重に気配を殺して、中の様子を窺う。塔そのものが牢獄だからか、部屋の扉はあんまり厚くないみたい。
装飾性も高いし、身分が高い人が使う説、有力になってきた気がする。
そっと耳を近付けた。と。
ゴッ!
「!」
中で響いた重い音に慄いて、体を大きく離してしまう。声を出さずに済んだのは奇跡だ。
続いて、人が咳き込む声が聞こえる。
【いるな。風を使え】
(はい)
音は、空気の振動によって伝えられるもの。発生したときの波長そのままを維持して持ってくれば、聞き取れるはずなのだ。
魔力を使って、周囲の風に少しだけ干渉する。
「しぶとい事だ。そんなに溺れる程、魔神の娘は良かったか」
「……それは、貴様らが勝手に流したでたらめだろう。口にしているうちに、真実だと錯覚してしまったのか? 自分の言に惑わされるとは、底が知れるな。――ぐッ」
嘲笑と共に相手を挑発した言葉は、そのまま怒りを買ったらしい。再び、人を殴る鈍い音が響く。
捕らえられて、多分身動きも取れないんだと思うのに。それでも挑発するんだね……っ!?
前々から思ってたけど。アルディス、実はプライド高いよね。反骨精神が強靭と言うか。
「しかし、残念だな? お前はそんなにも献身的なのに、魔族連中はお前を救いには来ないようだ」
「……当たり前だ。来るわけがない」
一瞬だけ、アルディスが揺らいだのが分かった。すぐに理性で抑え込んだけど。
自分の存在が魔族に歓迎されていないことを、アルディスは知ってる。その上で断言を迷ってくれたのは。
【お前があいつを本気で助けようとしたことを、信じているからだな】
(……はい)
それでも、来れるはずがないって飲み込んだけど。実はここまで来ちゃったんだな。
貴方が迷ってくれたなら、わたしはここに来た甲斐があった。
そのことだけには自信を貰ったよ。
「まあ、いい」
アルディスの否定に煌使はまた何事かを言おうとしたけど、修正した。
アルディスには伝わっていないだろうけど、煌使にはエスティアが――魔族が領都に姿を見せたことを知っているはず。
ここで魔族が来ているのだと察されるのを嫌がった感じがある。




