無茶な要求? でも、命は大事に!
とは言っても、民間に流れている話じゃわたしが知りたいことは何も分からないと思うのよね。
やっぱり、潜入は必要かと……。
【ふむ……】
同時に思考を読んでいるお父様からも、否定の気配はない。
やろうとしていることは、お父様的にも間違いとは考えていないってことね。
問題は手段。
【今のお前の力では、隠蔽の魔法を使ったところで多少力のある煌使には容易く見破られるだろう。城の中に到達するのさえ難しかろうよ】
じゃあ、もう一つ別の援護が必要なわけか。
【考えがあるのか?】
(こういう場合の王道だと、やっぱり騒ぎを起こしてその隙に、とか)
【城の警備が減る程の騒ぎか?】
必要なのはそのレベル。でも、改めて言われると難しそうだなーっていうのはよく分かる。
【……人手が足りんな】
騒ぎを大きくするには、そうかも。
……わたし一人じゃ、無理なのかな。
いやいや、弱気になるな。諦めるってことは、アルディスを見殺しにするってこと。何のためにヘルゼクスさんと相反してまで飛び出してきたのか分からないじゃない。
まずは、出来るだけ大きな騒ぎを起こす方法を考えよう。
【と、なると。火か】
(火)
お父様の呟きに、背筋がぞくりとした。
火が怖いものだっていうのは、よく分かってる。お父様もきっと。
大きく広がれば大勢の人を巻き込んで、狙い通りに大騒ぎになるだろう。それこそ、城まで巻き込めるかもしれない。
でもそれをするってことは、無関係な人を傷付けるってことだ。きっと、死者も出る。
アルディスを助けるために、今度は全然関係ない人を巻き込んで殺すの……?
「……」
わたしが否定的なのが分かるんだろう。お父様は一つ溜め息をついた。
【覚悟を決めよ。それか、諦めよ】
(嫌です)
反射的に。けれどだからこそ本当の意思を、わたしは即座に思い浮かべていた。
もう少し……。もう少しどうにか、上手い方法はないかな。
時間だっていつまであるか分からないんだから、納得する答えが出るまで延々考えるなんてできないのは分かってるんだけど。
外壁に近い辺りからでも尖塔が眺められる巨大な城を見詰め、迷うわたしに。
【む】
ふと、お父様が何かに気付いたような声を出した。
(お父様? どうし――)
ました、と続ける必要はなくなった。がっしと何者かに腕を掴まれたので。
「ヒルダ! 見付けた!」
「エスティア」
お父様が警告をしてこなかったので、危険じゃないのは分かってた。
ただ、今のわたしの状況的にエスティアは……どうなのかなー。
「初めに確認しておきたいんだけど。エスティアはどういうつもりでわたしを探してたの?」
ヘルゼクスさん側で、わたしを止めて肉の器を保護するためか。それとも別の理由か。
警戒したわたしの言いように、エスティアの耳がへにょんと萎れる。
うっ……! 何という罪悪感! 全てを投げ出して、謝ってしまいたい焦燥に駆られる。
【おい、待て。お前の決意はそんなものか】
(だって目の前でこんなにしょんぼりされちゃったら!)
心だってぐらぐらしますよ!
納得できなくて、反目してまで飛び出しては来ているけど。ヘルゼクスさんの言い分だって理解はしてるし。
あ、そうだ。そっちも確認しなきゃ。
「ヘルゼクスさんは?」
「ヘルは置いてきた。ヒルダとケンカ続けそうだったから」
ってことは。
「エスティアはわたしを連れ戻しに来たわけじゃないの?」
「……分かんない。でも、ヒルダのことは護らなくっちゃ。ヒルダが正しいのかヘルが正しいのかボクには分からないけど、ヒルダのことは、護る」
「……そっか」
エスティアにとって大事なのは、とにかく皆が――群れの仲間が無事でいることなんだね。
「ヒルダは、これからどうするの」
「どうにかして大きな騒ぎを起こして、城を手薄にできないかなあって考えてたところ」
しかもあんまり被害を出さないようにっていうのが希望。
無理かなあ。改めて考えてみると、結構無茶なこと考えてる気がするなあ。
「じゃあ、それはボクがやるよ」
「え!?」
「ボクはこれでも、煌使たちの間でも有名なんだから。ボクが領都に近付いたってなれば、きっと城の煌使も騒いでくれるよ」
エスティアはお父様が健在だった頃からの重鎮っぽいし、本人の言う通り大騒ぎになると思う。
けど、けどよ?
「でもそれって、危ないわよね?」
「煌使にケンカ売るのに、危なくないことなんかないよ」
当然、という様子で返されてしまった。
「でも、ヒルダはそれがボクたちに必要だって思ってるから、やろうとしてるんだよね?」
「……そうよ」
改めて他の人の口から問われても、わたしは肯定をすることができた。
出る被害は気になるけど、やろうとしていることに迷いはない。
「だったら、ボクはやるよ」
エスティアの言葉にも表情にも、一切の躊躇いがなかった。
だから余計に、わたしは怖さを覚える。
わたしの意思が、エスティアに命を懸けさせようとしている。魔王であるわたしが何かを決めるっていうのは……そういう事なんだ。
わたしに従う命の全てが、判断の対価を受け取る。良い方にも、悪い方にも。
【それでも、やらねばならぬ。それとも我の器であることを選ぶか? それもまた良い】
自分では決めずに、他の誰かの考えに従う。
――ああ、きっと、楽ではあるよね。だってわたしは、責任を負わなくてよくなるもの。
でもそれでは、わたしが望む方向には行かない。わたしの意思じゃないんだから当然だ。
わたしは、できる限り被害者を出したくない。誰であっても傷付いてほしくない。悲しみと恨み、怒り、憎しみの先に幸福なんかないって思ってるから。
長い時間戦い続けた皆は、もう疲れ果ててしまっている。そして諦めてもいる。
だから、わたしが決断するの。わたしがやらなきゃいけない。
魔神の娘として生を受けて、声を上げて響かせることができる立場なんだから。
――わたしは、逃げない。
「エスティア」
「うん」
「正式に、お願いするわ。わたしの目的のために、煌使を誘き寄せる囮になって」
エスティアと正面から向き合って、告げる。
互いの瞳の中に、相手の顔を映して数秒。彼女ははっきりとうなずいた。
「うん、分かった」
飾られていないあっさりとした返事は、まるで些細な頼みごとを引き受けただけのよう。
でもそこに宿る覚悟は、言葉の装飾になんか左右されない。
重い答えだった。命を賭してでもわたしの命令を遂行すると決めた、武人の覚悟。
「ヒルダ。正直に言うけど、ボクにとってヒルダはヴレイスベルク様なんだ」
「ええ、分かるわ」
「でも今、ヒルダはヒルダとして、ボクに命令したよね?」
「そうよ」
これはお父様の意思じゃない。わたしだけの望み。
「ヴレイスベルク様じゃないヒルダの事、どう考えればいいか分かんないけど。でも、ヒルダのためでもいいのかもしれない」
「……エスティア」
「どうしてだろうね? そんな気がしたんだ」
こてりと首を傾げて、自分でも不思議そうにそんなことを言ってくれる。
エスティアにとって、わたしがどんな位置付けになったかは推し量るのが難しい言い方ではあったけど。
命を懸けるに値するとは、思ってくれたんだよね。
「危険だって分かってて命令するわたしが言うのも変だけど。無理はしないで。本当に危険だったら、絶対に逃げて」
「んー。分かった。本当に危険だったら、そうするね」
一瞬、否を言いそうな間の後で、わたしの言葉を受け入れる答えを口にしてはくれたけど。
不安だ。本っ当のギリギリまで粘っちゃう気がする。
「いい? 絶対よ? 命を落としちゃ駄目ってことだからね」
「危ないことをするのに、ヒルダって結構無茶苦茶言うよね」
うぅ。居たい所を突かれてしまう。
「でも、それだけボクに死んでほしくないってことだよね? ――へへっ」
嬉しいのと照れ臭いのとが両方同じぐらいで混ざったような、くすぐったい感じの笑い方をする。
「群れのための役割なら、命を懸けても果たす価値はあると思うんだ。そうするべきだとも思ってる」
「……ええ」
そういう面はあると思う。絶対に違うとは言えない。
認めたくはないけど。
「でも、自分を護っていいって言ってくれたこと。嬉しかった」




