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本当の気持ち

 人間の町に紛れ込むところまで成功すれば、ヴァルフオールからの追っ手に捕まる心配はほぼ潰えたと言っていい。

 首尾よく近隣の町に辿り着いたわたしは、早速情報収集。


 とはいえその方法は聞き耳を立てるオンリー。

 旅立ち際にアルディスが言っていたことは本当だった。人の領域は比較的治安がいい。魔力遮断のコートを頭からすっぽり被ったわたしに行き場がないぐらいには。


 隣人と朗らかに笑い合う彼らの姿は、平穏そのもの。そこには公開処刑のときに見た凶暴性は全く窺えない。


 けれど、わたしは彼らが他人への暴力で高揚する様をこの目で見た。だからだろうか。余計に薄ら寒いものを感じる。


 そんな訳で、わたしが入り込めたのは外壁に近い、町の外に近い部分だけ。危険に近いこの場所に住むのは、やっぱり立場の弱い人たちだ。


 中心部よりは若干薄暗い気配があるけど、スラムと呼ぶほどではなく、わたしが浮くのは変わらないんだけど、マシではある。

 そして幸いにして、欲しい情報は見咎められる前に耳に入ってきた。


「ねえ、聞いた? この前公開処刑で殺し損ねた元聖騎士、捕まったそうよ」

「まあ、それは良かったわねえ。処刑はどこでやるのかしら。近くだったら見に行かなくっちゃ」


 お祭りに参加したいな、ぐらいのノリで処刑の話をしている。

 いや、実際そうなんだろう。


 平穏を作り上げてるのは、異種族に対する優越性。

 わたしはそんなものが平穏だなんて認めない。煌神の作り上げたこの世界の常識を、嫌悪する。


「それがねえ、主都で行われるそうなのよ。ここから行くのは辛いわねえ」

「あらあ。それじゃあ難しいわね」

「一度逃げられているでしょう? だから確実に処刑するんだって。わざわざ聖都から煌使様がお越しになるそうよ」


 その煌使はきっと、アルディス本人というよりも、彼を助けに来た魔族を狙って派遣されるんだろう。

 それにしても……噂話に昇るぐらいだ。煌使は情報を隠してない。


 衝突を避けて逃げるなら、それでも構わない。来るなら迎え撃つってとこ? 迎え撃つ用の戦力を用意されているのだとしたら、正面から向かい合ったらやられそう。もちろん始めから正面から乗り込むつもりとかないけどね!


 ともかく、行き先は決まった。主都だ。


「そういえば、最近妙に神殿の入れ替わりが多い気がしない?」

「あら、やっぱりそう思う? 赴任してきた方の話だと、道中の町でも――」


 立ち話は別の内容に移ったので、わたしはそっとその場を離れる。長居はできない。何しろ目立つので。

 でも人員の入れ替わり、か。


 魔族が辺境に潜んでるのは分かってるだろうから、それの対策で守備強化に乗り出した……とか?

 まあとにかく、今はアルディスが優先。急ごう。




 誠に残念ながら、わたしは周辺地域の地理にすら疎い。主都を目指そう! となっても、主都ってどっち? ってなるぐらいには。


 そこで助けになってくれたのが、皮肉なことに煌神の引いた街道。少し迷っても道標が合ったり、一番きちんと整備されている路を通れば間違いなかった。国の主要街道ってことね。


 こういう所を見ても思う。

 煌神は支配者として、上手く世界を統制している、と。


 今よりもずっと前、まだお父様と煌神が対等であった頃、現在『領』と呼ばれているそこは『国』だった。当然、互いに行き来するこんなしっかりとした道なんかない。往来の遮断は国防に有効だから。

 国防を意識するぐらい、戦争をしていた、ということでもある。


 でも今は一つの巨大な存在によってまとめ上げられ、暮らしは豊かになっているはず。精神面でも安堵する部分が多いだろう。――魔族以外は。


 だからもちろん、わたしはふざけるなって言う。


 数日かけて辿り着いたその主都は、途中通ってきたどの町よりも大きくて立派で、華やかだった。

 アルディスが処刑されたって話はここに至るまで聞かなかったけど、どうだろう。間に合ったのかな……。


【――おい】

「うっ」


 ひゃあ!


 久し振りに頭の中にいきなり声をかけられたわたしは、驚きに妙な悲鳴を上げてしまった。慌てて口を塞いで続きは飲み込むよう頑張ったけど、一音めは無理だった。


 あー、びっくりしたー。


(どうしたんです、お父様。いきなり)

【どうした、ではない。ここは……主都か? 久し振りに様子を見に来てみれば、なぜこのような所にいる。一体何をしているのだ、お前は】

(アルディスを助けに来ました)


 わたしの答えに、お父様は数秒沈黙。ここまで何があったのか、記憶を読んでいるんだと思う。

 と言っても、大したことは起こってない。旅の道程は安全でした。基本的には隠れて進んできたし、お金も持ってきたしね。


【一人でか】

(そうですよ)


 ヘルゼクスさんが反対派で、エスティアが中立だもの。一人で来るしかないでしょう。


【主都まで。しかも本国から煌使が派遣されているらしいと】

(らしいですね)

【お前は、状況を考えるということをしないのか?】

(一応、考えた上でではあるんですけど)


 お父様、大分呆れていらっしゃる。


【お前の感情は理解できる。我としても、一度迎え入れた者を裏切るのは喜ばしくない】


 やはりそこは神ゆえなのか、お父様は理屈と感情をうまく切り離した答え方をした。

 わたしとヘルゼクスさんが感情主体で対立しちゃった後だと、ますます違いを感じてしまう。


(正直な所、お父様はどう考えているんですか?)

【構わんと思っていた。ヘルゼクスがああも恐れるとは思っていなかったという部分もある。だが今、状況を鑑みれば――我はお前に諦めよと言う】

(……)


 気に入らないから、というだけではないお父様からの忠告は、重みがあった。感情と勢いでここまで来てしまったわたしを戒めるには、十分な重みが。


【命は失われていないかもしれん。しかし、手遅れなのだ】


 だってその命は、わたしを誘き寄せるためだけに維持されているもの。


 今わたしがやろうとしているのは、万全に待ち構えられた罠の中に自分から飛び込もうとしている愚行。勝算がない戦いなんてするものじゃない。


 分かってる。わたしだって、怖い気持ちがないわけじゃない。

 でも。


(わたしは自分のために。そして魔族のために、頑張ると決めたんです、お父様)

【危険を冒して一人を救うことが、魔族のためと言い切れるのか】

(言えます)


 その問いには、断言を返すことができた。


(わたしは、迎えた相手を裏切らない。そして護り抜きます。だってそれが、王に期待されることだと思うから)


 わたしは所詮、ただの器。魔族の皆から見たら、きっと。

 でも人間から見たら、それでもわたしが魔王なのだ。


 ううん。それだけじゃない。


「助けたいの」


 顔も名前も知っている一人の友人を、助けたい。本当の本心はそれだけかも。

 でも、それっておかしいことでも特別なことでもないんじゃないかな。


【……】


 お父様はしばし、黙考した。


【震えながら虚勢を張るか】


 どんなに必死になって考えを逸らしても、お父様にはやっぱりバレバレ。

 自分だって分かってるけど、必要なんですよ、お父様。怖いことばっかり考えてたら、足が竦んで動いてくれないもの。


【まあ、そうなのだろうな】

(でしょう?)


 ただ、ちょっと意外。神であるお父様にも、恐怖って感情が理解できるんだ? とか。


【……ふむ。そうだな。お前には教えておこう。正確に言えば、我は神ではない】

「ええ!?」


 いや、ちょっと待って。今そんなことを言われても!


【我はあくまで、魔を司り、生み出す者なのだ。この地上で生を受け、世の理の中にあるという意味では、世界に生きる生物と何ら変わりはしない】


 違い、ないのかなー……?


 当人が言うまま変わりないとは思えないけど、納得した部分もある。

 感情からは少し離れていて理性の方が勝つけど、理解してくれない訳じゃない。どちらかというより、やっぱり生き物って感じがするから。お父様も。


【しかし我も煌神も、我らに属する者にとっては神なのだ。それも忘れるな】

(はい)


 唯一で、絶対。導であり、拠り所。それも肌で感じてはいる。


【さて。それでお前は、ここからどうするつもりだ。無策で突っ込んでも殺されるだけであるし、さすがに止めるぞ】

(とりあえずは、情報収集ですね)


 今の状態が、一体どうなっているのか。

 あんまり考えたくないけど、最悪、アルディスが手遅れになっていたらもう引き返すべきだし。


 悔しいけど、意味はないから、ね。

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