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諦めませんよ?

「では……参ります」


 律儀に声をかけてから、ヘルゼクスさんは大きく手を振った。間合いはまだ外のはずだったけど――刃の結合部分が伸びてる! 伸縮性アリか!


 予想外に伸びてきた多節鞭は、わたしの腕に絡みつく。刃ではなく、腹の方でというのが露骨な手加減の証。


「このまま、眠っていただく」


 ヘルゼクスさんの戦闘スタイルからして、これが魔力を通しやすい武器なのは自明。再現魔法に頼るまでもなく、電気に変質した魔力がわたしの全身を這う。


「――っ!」


 びりっときたあーっ。


 痛かったけど、痛いだけ! 気合いを入れて体を覆う魔力の膜をさらに厚くする。

 阻まれている感覚が分かるのか、ヘルゼクスさんから送られてくる魔力量が増えた。


「っ……」


 こ、これはあれかな。どちらの魔力が高いかで決まる感じなのかな。

 わたしの体は優秀なはずだけど、どうだろうか。


 煌使を殺したわたしではあるけど、味方に攻撃するのはまた話が別。取り返しのつかないようなことになったら立ち直れない。


 だからもし、これでわたしの魔力がヘルゼクスさんを上回っていて、彼が諦めてくれれば……と思ったのは、甘かった。


「史記第六章二幕」


 ヘルゼクスさんの左手に、彼の依代にして最大の武器である魔本が現れる。


「暗き夜の深さを思い出した人々に、聖女は告げた。恐れるなかれ。今宵は優しき夢で眠れ。明日の陽が再び昇り、其方たちを温めるまで」

「――……」


 その一節が語られた途端、わたしの体から力が抜ける。

 あ……、これ……本当に、ダメな、やつ……。


 ――眠、い……。




 ゆるゆると、意識が浮上する。

 ああ。待って。もう少し。


 とても優しいところだった。あんまりよく覚えてないけど、皆が幸せで、もちろんわたしもその中にいて、目指すもののすべてが形になったところを見たような……。


「――!!」


 じゃ、ないっ!!


 思考が戻ってくると同時に、状況を思い出して跳ね起きる。

 ここ、どこ!? 今はいつ!?


 辺りを見回して――時間は分からなかったけど、場所は分かった。わたしの部屋だ。


 体は……何ともない。転がっていたのもベッドの上で、普通に寝かされていただけっぽい。

 現状、わたしが唯一の器だから手荒にできなかったんだろうけど、ほっとした。


 それにしても、お父様が言っていた「単純な力ならエスティアが上、戦えば勝者はヘルゼクス」を実体験で教えられてしまった。


 魔力だけならわたしも負けてないと思うんだけど、ヘルゼクスさんの――というか、戦闘の怖いところってそれだけじゃないんだね。


「さて、と」


 気合いを入れるため、わたしは声を出してベッドから降り立つ。


 服が寝間着に変わっているのが気になるっちゃなるけど、エスティアか侍女の皆さんがやってくれたって信じてる。


 今がいつかは分からない。でも、やることは決まってる。


 旅装束とまでは言えないけれど、比較的動きやすい服に着替え、換金できそうな宝飾品をちょっと失敬する。わ、わたしに与えられた物だからセーフだと思う、多分!


 魔族の多くは、わたしとヘルゼクスさんならきっとヘルゼクスさんの言うことを聞くだろう。信頼の差で。

 だから堂々と通路を歩いていたら、すぐに見つかって再びここに戻されてしまう恐れがある。


 なので、身を隠しつつ行くとする。


「ヒドゥンコート」


 薄皮一枚分、わたしの気配を遮断する魔力を形成して、身を包む。


 部屋に鍵は……かかってない。まあ元々お父様のための部屋だもんね。外鍵を付けるとか、そんな不躾なことをするわけもない。


 ほっと息をついたら、甘かった。

 シャン、シャン、シャシャン、と鈴の音のような警報が耳元で鳴る。


 くっ。閉じ込めはしないけど外には出さないつもりね。結果どっちも同じだけど。

 でも、これは朗報。つまりはまだ閉じ込めておく必要があるってことだもの。――間に合うかもしれない。


 相応の、というかトップレベルの魔力を持っていないと、わたしの隠蔽はまず見破れない。人が集まってくる中、ぶつからないように注意してコソコソと擦り抜けていく。


 みんなわたしの部屋に集まっていくから、一定距離を超えると途端に人が少なくなった。

 よし。行ける。


 王宮を出て、一直線に町の出入り口へと向かう。王宮を脱出できた今、最難関はあそこだ。

 何しろたった一つの出入り口だから。固められたら突破が困難なのは目に見えている。


 見張りに立っている人数は、いつもより少し多いかなってぐらい。ヘルゼクスさんはいない。

 浮遊魔法を使って、そっと水面に入り込む。姿を消していようと、質量がなくなるわけではないので、波紋がどうしても広がってしまう。


 けれど門の警備をしている人たちが上を見上げる様子はなかった。運も良いみたい。

 水を抜ける直前、王宮方面から人が走ってくるのが見えた。これは門を抜けた後も、のんびりしてはいられなさそう。


「ふ、はっ」


 水面から顔を出して、小さく息継ぎ。あー、やっぱり表面はピリピリする。早く上がろう。

 湖から上がったわたしが真っ先に目指したのは、森。


 なにせ全身が濡れてるからね。このまま人間の町に向かうのはなし。足跡ですぐ見つかっちゃうだろうし。


 まずは森に入って隠れつつ、全身を乾かす。人の町に足を向けるのはそれからだ。さらにその先は、人の町で得た情報次第。


 衣服を乾燥させるために温風を自分に向かって吹かせながら、なるべく跡を残さないように気を付けて森を進む。

 意外とコレができるんですよ。肉体にこの知識があるってことは、お父様も隠れて進む必要性に迫られたことがあるってことよね。


 ああ、それにしても。懐かしいな。

 わたしの足は何とはなしに、この世界で目覚めた場所へと向かった。


 場所は間違っていないけど、そこにもう繭はない。地面に火を使った跡が残ってるから、燃やされたんだと思われる。


「ここで起きてから、怒涛だったなあ……」


 落ち着けるときがなかったんじゃないだろうか。

 対して時間は経っていないはずなのに、すごく昔のように感じるのはその証拠だろう。


「……ねえ、わたし、魔神の娘に生まれたいとか、思ったことないよ?」


 この世に生まれた大概の人がそうだと思うんだけど、一番欲しいのは『平穏』。衣食住に困らず、命や尊厳が脅かされないこと。夢とか希望とかはその後だ。


 どうして、基本にすぎないそれを得るためにさえ、こんなに苦しまなくてはいけないのだろうか。

 理不尽だ。まったくもって理不尽だ。ふてくされてもいいと思う。


 ――でも、同時に分かってもいる。ふてくされていても変わらない。というか、事態は悪くなっていくばっかりだ。


 だから、もう少し頑張る。

 幸いにしてわたしには力があって、不運にして立場があるので。


「よっし!」


 両頬を平手で包むように叩いて、気合いを入れる。


 自分の境遇を嘆くのは、賞味な話時間の無駄。とはいえ無駄と分かっていても打ちひしがれるときは打ちひしがれるし、むしろそれは無駄ですらない。

 次に立ち上がるときのために自分に泣くのを許してあげるのは、必要なことだと思ってる。


 でも、今のわたしは歩き出したい気持ちになれたから、進もう。

 わたしは今の世界の在り方が嫌。だから。


「待ってなさい」


 変えるために、足掻いてやるんだ。

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